こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、武井壮さんの投稿を拝見しました。
この15年くらいで日本の人口は500万人近く減っているんだなあ
どうやったら減少を止められるのかを議論してる事が多いけど、人口が少なかった昭和30年から50年までの20年間にどうやって2300万人も増えたのかを考えてみたらいいんじゃないかと思う— 武井壮 (@sosotakei) November 17, 2025
これに対して「変な意見」もあるようでして笑。
と、 全くの的外れな意見が飛んできて、
と思う一方で、
と、ふと思い直しました。
これに対して細川バレンタインさんも意見を出しています。
この話題に関しては、もうみなさん決着がついているようなのであえて言うことはありませんが、改めて「意見を言ってはいけないのか」ということについて書いていきます。
基本的に誰でも語っていい

以前にも書いたことがありますが、
という論理は、もはや議論の価値すらありません。
なぜなら、
という話になるからです。
後述しますが「何も知らない/何も知ろうとしない」ような人がパッと発する意見には、確かにあまり説得力はないのかもしれません。
それでも、
と意見することは、誰にだってある権利ですよね。
僕だってここでいろいろと好き勝手書いていますが笑、以下のようなことだって言えます。
と。
しかし、果たして “そういうこと” なのでしょうか。
そんなこと言われたら、「そりゃ違うだろ!」と言いたくなりますよね。
もちろん、的外れな意見やただの誹謗中傷、議論する気のない意見を放り投げることは論外ですが、
と建設的な意見を言うことは、その人の権利でもあります。
武井さんに対しての「的外れな意見」は完全にブーメランでして、
と言われてしまいます笑。(実際にそのような突っ込みコメントも散見されました)
- そこら辺の馬の骨だろうが
- 何十年のベテランだろうが
何か議論する時には、自由に意見をぶつけていい。
それこそが議論というものですからね。
ただし専門的にやっているかも大事

こうした「何も考えないで、ただ言いたいだけの人」とは、よくSNSで散見されます。
バレンタインさんも動画でおっしゃっていました。
みんな「議論」が何かもわかっておらず、ただ脊髄反射的に反応しているだけだ、と。
一方で、
- 専門的にやってきた人
- 長く特定の分野に関わってきた人
など、経験や知識から説得力のある人がいることもまた事実です。
例えば僕は、
- 教育現場に9年いたり
- ダンスを15年以上続けてきたり
- 英語の勉強を20年以上続けていたり
しましたので、それらに対して、
と、他から「浅い」意見が出てきたとすれば、「それは違うと思うんですよね」と反論することができます。
決してディスっているわけではなく、先述したように「誰もが意見していいことだ」とは当然思っています。
ただ、逆の立場に立った時に、
とは思ってしまいますよね。
だから、ある程度の専門性もまた大事だということ。
そういう意味では、少子化問題に対して、
- 世の中のお父さんお母さん
- 少子化に関する研究をされた方々
などに意見を請うことは、やはり大事なことですから。
ただ、さらに付け加えていうのであれば、
ということもまた事実だということです。
テレビのコメンテーターも、
ということは多々ありますからね笑。
- 誰にでも発言する権利はある
- でも専門的に学んでいる人には敵わない
- 一方で、専門家が全員正しいわけでもない
これは発言や流れを見ることが大事ですが、今回の武井さんに対するコメントに関して言えば、明らかに的外れ、かつブーメランでしたね。
「議論」をしてゆくこと

この手の話でよく例に上がるものは、
という例ですよね。
もちろん、そんなことはありません。
ただ先述した通り、ケースバイケースでもあります。
大切なことは、
- 素人でも
- 専門家でも
一緒になって問題解決に向かってゆくことなのだと思っています。
例えば今回の件に関しては「少子化」という問題に関して、多くの人が議論することがいいことなのであるはずなのに、
と言ってしまったら、あまりにも乱暴すぎますし議論は進みません。
僕も英語を長くやっていますが、もちろん英語ネイティブではありません。
教員もそこそこやりましたが、大ベテランと比べたらそこそこかもしれません。
それでも、
- そこにニーズがあったり
- その人だからこそ言える意見があったり
- いろんな視点があるからこそ議論が活発化したり
すると思うから、自信を持って言うこともありますし、素人からの意見も真摯に受け止めます。
自分で偉そうなことを言っておいて、的外れな意見を言う人に関しては、
と言われても仕方ないとは思いますが笑。
いろんなケースはあるにせよ、その問題を解決するためには「この人しかいない!」ということはありえませんし、いろんな人のいろんな意見をぶつけ合って、
と議論してゆくことが大事ですよね。
議論の出鼻を挫(くじ)くように、
は、「議論をする気のない人」だと思われてしまいます。
特に建設的な意見を交換しようとしている人に対して、全く別の角度、それも関係のないことを言うのは、あまりにも議論に慣れてなさすぎます。
要は「そういう言い方」でしか、相手を攻撃(口撃)することができないんですよね。
こういう人が、SNS上にいかに多いことか。
- 何も考えていない人や
- 議論を進めようとしない人は
こうした発言に偏りがちです。
こういう考え方では、まともな議論は始まりません。
大事なことは、
- 議論して
- よりよくしていくこと
です。
ここを間違えないことですね。
おわりに
何においても、正解や不正解があるとは思いません。
ただ、
- 少子化に対して意見をしたら
- 子どもを持ってないやつは語るな
という構造は、書いてきた通り「じゃあ誰なら語っていいのか?」ということになってしまいます笑。
こうした発言は議論の妨げとなります。
建設的で前向きな議論をしていきたいですね。
それではまた!
