クリスマスも年末年始も関係なく過ごす【いつも通り淡々とできるか】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

僕は以前から書いている通り、

  • 年末年始も
  • クリスマスも

ガン無視して、普通に過ごしています笑。

今年はたまたま友人たちに誘われて(というより毎年恒例で笑)、東京で会うことになっていますが、別にクリスマスにこだわらずに会ったってなんの問題もありません。

日本に限らず、こうしたイベントとは国民性も出ますし、

気にしているやつはしょーもない

なんて思いません笑。

それぞれが「特別」に思えばいいだけであって、僕にとってはあまり関係がないというだけのこと。

もはや今年(2025年)なんて、ハロウィンがあったかさえ覚えていません笑。

今日は休日や連休に対して、僕の見解を述べていきます。

クリスマスだろうが年の瀬だろうが、淡々と続けてゆくのだ。休んでいる暇はない。

年末年始の意味

とはいえ、少し保守的になった僕からしますと、

年末年始に実家に帰ることは、神道的に意味があるのではないだろうか?

と思い、Googleで調べてみました。

  • 12月28日頃まで:門松、しめ縄、鏡餅などを飾り付け、年神様を迎える準備
  • 大晦日(除夜):神社では「除夜祭」が行われる
  • 元旦(初詣):家族で初めて神社に参拝し、新年の感謝と祈願
  • 三が日:神様と食事を共にする「神人共食」の考えからお屠蘇を飲んだりおせちを頂いたりする

などなど、どうやらたくさん意味があるそうです。

だからどうこうするというわけではありませんし、淡々と過ごしていきますが、年末年始を “神道の観点から” 大事にすることは良いことです。

無理してこうした行事をすることもありませんが、

日本人の年末年始と言えば…

と頭に思い浮かべ、これらの伝統行事を蔑(ないがし)ろにしないことですね。

僕はちょっと前までは、

伝統とか文化とかになんて囚われたくない

と言っていたものですが笑、今では、

それらもまぁ、伝統や文化という点においては大事なんだよな

と、わずかばかり気持ちを寄せるようにはしています。

日本のいいところは、これらの文化を押し付けることはなくとも、淡々とお寺や神社でその儀式が行われているという点ですよね。

若者たちが離れてゆくのは残念ですけど、一方で若い人たちも、

  • 大晦日
  • 元旦
  • 初詣

などに特別な意味を感じているのですから、やはり神道とは日本人の精神に自然と根付いている思想なのだと言うことができますね。

年末年始を気にしないとは言え、やはり大晦日や元旦は日本人にとって大事な時期だ。伝統や文化も大切にしていこう。

特別な意味は見出さない

年末年始は家族と一緒に…

という考え方も否定はしませんし、少しでもゆっくりできたらなとは思っています。

しかし今の僕の状況を見てみますと、

そんなこと言ってられない

というのが現実です笑。(笑えない)

やらなければならないことは山積しており、いつも通り(あるいはそれ以上に)過ごさなければなりません。

もちろん、“特別感” みたいなものはある程度感じていますが、だからと言って「休んでいい理由」にはなりません。

これは別に、

せいじってすごいんだなぁ

と思わせたいわけではありません。

年末年始に働いている人なんて、ごまんといるということを、ここでお伝えしなければならないということ。

その人たちが偉いとかなんとか、そういうことを言いたいわけでもなくて、

自分の思うように働けることがいいことなのでは?

ということです。

何を特別と思うかは、人それぞれです。

年末年始に「書き入れ時だー!」と言って、働きたい人だって一定数いるわけですから。

例えば僕が、休みの日にリゾートに行かない理由は、

その時間がもったいない

と「思ってしまう」価値観だからであって、「それが特別だ」と思っていないからです。

お金があってもリゾートに行かないのは、そこに価値を見出せないからです。

だったら、ちょっと贅沢な外食をするほうがいいし、なんなら高配当株を買う資金に充てたい

と思ってすらいます笑。(個人の意見です)

要は、自分にとっての「特別」を見つければいいだけのこと。

僕にとっては、たまにする旅行や友人との会食が “特別” なのであって、それが「ど平日」でもそういう位置付けになります。

  • 正月だから
  • 盆暮れだから
  • クリスマスだから

とか、そういうことはどうでもいいこと。

既存の伝統や文化を大事にしつつも、それぞれのペースで仕事をしたり勉強をしたりすることですね。

僕にとっては、年末年始はそこまで特別視してダラダラする時間ではない

年間のスケジュールに惑わされるのではなく、自分なりの価値観を大事にしながら、文化や時代の流れも大事にしようと思っています。

スケジュール的な部分から特別感を持たなくてもいい。自分の価値観を大事にしたらいいのだ。

淡々と過ごせるか

さて、

  • 8月に靖國神社
  • 10月に原爆ドーム/資料館

を訪れた僕は、

だったら年始も、どこか地元の神社にお参りしに行くか

と思っております。

それでも、それ以外の日程では、

朝からお笑いでも見よーっと

なんて思っていませんし、いつも通り過ごすと思います。

  • ストイックだから
  • 休んでいる暇はないから

と、カッコつけて言っているのではありません。

単に、

今の自分の状況で、淡々と過ごすことができるだろうか?

と、去年も今年も自問自答しているだけなのです。

今年も365日、旅行や飲み会以外の時間は、勉強や仕事に充てることができました。

妥協してしまう時はありますし、特番なんかの動画をYouTubeで探してしまうこともあります。

しかしそれでも、いつものペースを崩さないこと。

学校の先生をしていた時は、

月曜がダルい

とか、

長期休み明けがツラい

とか、御託を並べていたものでした笑。

しかし “そういう姿勢” でいますと、

  • ペースは乱れるし
  • 非生産的な休暇になるし
  • 世間の「軸」に流されてしまう

という、悲惨な結果になってしまいます。

「ON/OFF」をはっきりと分ける方もいますし、それもまた個人の価値観に基づいてやればいいだけですけどね。

ただ、僕の経験上、

休みだしゆっくりするぜー!

と思って過ごした休暇は、何か得られたわけではなかったというのは事実。

一方で、教員時代の後半では、

  1. 土日も朝早くに起きて
  2. カフェに行ってブログを書いたり
  3. 遠出をしては新しい場所を訪問する

と、土日や長期休暇を最大限に利用したところ、休み明けもリフレッシュして仕事に向かうことができたのです。

これだ!ペースを崩さないことだ!

発想を変えたことで、幸福度が爆上がりしましたし、毎週経験を積めたことが話のネタになったり、いいインプットの時間になったりもしました。

だからこそ、

去年も今年も、そして来年も再来年も、淡々と過ごしていこう

と思うのです。

淡々と続けること。

これは日本人特有の性質だと思っています。

日本の歴史とは長いわけですし、職人気質の人が多いのです。

僕もそうありたい。

「隙を見せない」は言い過ぎですが、やはり常日頃から鍛えたり仕事したり、あるいは勉強したりして、自分を維持しておきたいのです。

ここをブラさないことですね。

クリスマスも年末年始も、カレンダー通りに動くのではなくて、やるべきことを淡々とできる人間でいたいのだ。

おわりに

毎年のことながら、僕はいつも通りの年末年始を送ると思っています。

よく「特別」を求めたり、

来年こそは!

と意気込む人がいますが、それだったら「なぜ今年やらなかったのか?」と突っ込まれてしまいます笑。

目標を定めることは悪いことではありませんが、まるで “取ってつけたように” 頑張ろうというのは筋違いです。

普段から積み上げるのです。

僕も言い訳せず、頑張りますから。

それではまた!

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