ゆるくストイックにいく矛盾した生活【0か100かで考えない生活】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

以前にも、『ゆるストイック』という本を読んでそれを記事にしました。

僕の生活は、意外にもそこまでストイックではありません。

まぁこれだけ稼げれば生きていけるか

と思って仕事をしているために、

これはもしかして、ある一種のFIREなのでは?!

と思っていたところ、先日見た動画でまさにそんなことが言われていました。

ストイックなのにゆるく生きる矛盾。

今日はここのところを明らかにしていこうと思います。

僕はとてもストイックになったと思う。一方でもともと持ち合わせていた適当さも共存しているため、矛盾した存在なのかもしれない。

もともと適当な人間

僕は勉強ばかりしていたものでしたが、

  • 完璧主義
  • 適当な感覚

の両方を持ち合わせていました。

なんとも矛盾した存在ですが笑、何が言いたいかと言いますと「ほどよい適当感」を持っていたということです。

テストではいつも100点を目指していましたが、

それで70〜90点の間に入ればいいか

くらいに思っていた時もありました。

結構なキレイ好きですが、ちょっとゴミが溜まってから掃除をしたりもしますし、

完璧に見えるんだけど、実はそうでもない

というのが本音です。

しっかり着実にやる」という気持ちは常にありますが、「ちょっと休みたいなぁ…」と感じたら、サボったりゆったりしたりします。

現在では、

  • たまにサウナに行く
  • 週一回のレストラン
  • 友人に会いに遠出する

などが入りますかね。

要は、「そもそも適当」なんです笑。

こうなってきますと、2021年ごろから、

ストイックに、後悔せずに生きてゆく

という気持ちを持って生きてきたものの、実はそこまでストイックではありません笑。

やっているように見せかけてはいますが、まだまだ頑張れる伸び代は大いにあります。

もともとあった “適当さ” がうまくストイックさと融合し、「ゆるく、だけどストイックに」という感覚が出てきたのでしょうね。

もともと僕はゆるく適当に生きているほうだった。学生の時はよく勉強していたものだったが、今思えば結構「抜き」も多かったのだ。

一日や一週間の中に適当さを入れる

僕のモットーとして、

やはり人生は楽しくなければならない!

というものがあります。

だから週一回のレストラン(300円で飲み放題笑)はとても楽しみですし、人と一緒にいる時間も幸せを感じます。

オススメなのは、

  • 一週間に一度
  • あるいは一ヶ月に一度

これくらいの頻度で、“そういう時間” を作ることですね。

あまり自分を追い込みすぎますと、どうしても「頑張らなければ!」という気持ちが強く出てしまいますから。

例えば短い時間でも、

  • ちょっと読書をする
  • 家族との時間を作る
  • 少しYouTubeを見る
  • コーヒーでも飲んで散歩する

などは、むしろ生産性を上げると言ってもいいでしょう。

一分一秒もムダにしていない!
せいじはいつも自分を追い込んでいる!

違います笑。

完全に過大評価していますね。

学校の教員をしていた時も、僕はお茶室で先生たちと駄弁っていましたし笑。

ただし、

  • 何時間も動画を見ている
  • 「浪費する」と割り切っていない

など、明らかに自分の中で「ムダだ」と思えることは、やらないようにしています。

人との話も、

  • ただのグチ大会
  • 生産性を感じないムダな話し合い

などはシンプルにキラいです。

ここが以前の僕と、大きな違いなのかなと。

  • ただただ無為にダラつくだけのこと
  • リラックスすることで生産性を上げること

これらの間に、明らかな違いを感じるようになったということですね。

適度に “休憩っぽいこと” を入れることは、とても大事なことです。

それが「ガチのダラつき」であったとしても笑、

これは自分のために必要なんだ

と本人が思えていれば、それはそれでいいのです。

いずれにせよ、パンクしてしまったら元も子もありません。

9年間公務員ができたのも、僕自身にどこかで「抜き」の時間があったからなのかなと。

むしろ長く何かを続けてゆくのであれば、追い込みすぎると逆に潰れてしまうこともありますからね。

みなさんの行動なんて、誰も見ていませんし気にしてすらいません。

自分のフリーな時間をどう使いたいのか。

そこを考えていきましょう。

たまに休む時間を取り入れていこう。それができないと結局破滅してしまうのだ。

追い込むけど追い込まない

こんな矛盾にとらわれた男ですが笑、僕は数年前から「追い込むこと」を意識するようになりました。

もちろんしんどいこともありましたが、やはり一番に「自分にとって気持ち良いこと」を優先しているような、そんな生活をしていたのかなと思っています。

例えば毎週ランニングをしたり、ダンスの練習をしたりしてずっと運動をしていますが、

誰かに見られているからやっている

というわけではありません。

「自分が必要だ/やりたい」と思うことをやっているだけであって、無理をしているわけではないということ。

これが側(はた)から見れば、

なんでそんなに追い込めるのだ?

と見えてしまうらしいのですが、実際はそうではないんですよね。

毎日の、

  • 言語学習
  • 政治の勉強
  • 経済や税金の勉強

も、楽しいからやっているだけなのです。

どこかでやめてしまうと、これ以降続かなくなる

という、”追い込まれている感” も多少はありますが笑、ものすごく追われてやっているわけではありませんね。

僕も他人の行動なんて見ていませんから、僕とはまた違った形で追い込んでいる人たちもたくさんいます。

その人たちに負けるわけにはいかない!

と思いつつも、たまにリラックスして調整する。

この「なんとも言えないバランス感覚」が僕には必要でしたし、追い込み過ぎている人はたぶん逆効果だと思います。

よく僕が言うのは、

勉強は量も大事だけど、「〇〇時間やりました!」が正義ではない

ということ。

結果が全てではありませんが、数字ばかり追い求めておきながら、結局のところ結果が出なければ意味はありません。

  1. 一見ストイックに見えるけど
  2. でもどこかでゆるく抜くところもある

だから、追い込んでいるようで追い込んでいないですし、追い込んでいないようで追い込んでいるのです笑。

もっと乱暴に言えば、

自分なりのバランス感覚さえ持っていれば、それでいい

ということ。

そこに成長が伴っているか。

あるいは、自分の人生において満足のいく毎日になっているか。

これらの点について自問自答して、自分なりの答えを導き出すことですね。

僕は毎日、毎週、あるいは毎月のように、このバランス感覚を微調整していますね。

ストイックに見える僕も、実はいいところで「抜き」が入ることもある。そこに「好き」があるか、バランスが取れているかが大事なのだ。

おわりに

周りには、

なんかうまくバランスが取れない。不器用だ

という人も見かけます。

時間の使い方や、やるべきことなどテクニカルな話よりも、多少なりとも自分なりの主観を交えたほうがいいのかなと。

人と比べること(=競争すること)もいいですが、自分を破滅させてしまったら意味がないですからね。

うまい按配でやっていきましょう。

それではまた!

タイトルとURLをコピーしました