柔軟性と堅さの両方を持っている人間になる【様々な経験を経て】

雑談

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

僕は生徒さんから、

あまりせいじさんみたいな人は見たことがない

と言われることが多いです笑。

嬉しいことですね。

唯一無二の存在になることが、日本社会では大事なことです。

それは「インフルエンサーになる」という意味ではありません。

画一化された群衆に、埋もれてはいけないということですね。

僕らは一人一人個性がありますから。

今日はそんな僕の「柔軟性と堅さ」について書いていきます。

僕は元々堅い人間だった。しかしそれでは広く意見を受け止めきれないと悟り、柔軟性を持つようになった。そのためには勉強や経験が必要だった。

元々は生真面目な人間

僕は根っからの「真面目人間」でした。

勉強ばかりしていた僕は、

  • 論理的でありながらも
  • 筋の通っていないことには感情的

でした。

そういった意味では、多くの人と縁を切ってきた人間でもあります。

多分に僕の「未熟さ」ゆえでもありましたし、かと言って後悔しているわけではありません。

自分を正当化しているわけではなくて、

あの時の自分はまだ未熟だった

と思っているだけであり、それは誰にでも起こり得ることだから仕方のないことだと思っているのです。(今さら何かできるわけでもないですしね)

それから反省し、

正論がいつも正義だとは限らない

という言葉を胸に、人とよく会話をするようになりました。

真面目な人間であるがゆえに、曲がったことには激昂していたのです。

よくも悪くも、こんな性格でした笑。

でもこの「堅さ」とは、公務員や英語教育で生きることとなります。

  • きちっと説明する
  • 身の回りを整理する
  • 文法を正しく理解する

などなど。

あまりにも「フリーダム」でい続けますと、それをよく思わない人もいますし、無秩序な状態となってしまうからです。

自分の身の回りもそうですし、仕事や私生活においても、ですね。

特に僕はルーティン化の鬼ですから笑。

ただあまりにも堅すぎますと、今度は柔軟性がなくなり、身動きが取れなくなってしまいます。

この按配が大事なのですが、僕はどうやってその後「柔軟性」を身につけようと奮闘したのでしょうか。

僕のスタートは真面目さだった。日本人らしい気質ではあるが、一方で筋の通っていないことには感情的にもなっていたものだ。

教員の時の柔軟性

教員の時は、実に様々な、

  • 教員
  • 保護者
  • 生徒さん

と会ってきました。

誰が良いとか悪いとかではなく、

へー。こんな考え方の人もいるのか

と、チームのあり方や組織の現状を目の当たりにし、そこにあるメリットやデメリットも肌で感じていました。

それがゆえに、

  • 教員ではありながらも
  • 狭い現場ではありながらも
  • 地域の様々な人たちと交流する

という経験が生まれました。

会社員の方々も、会社での経験は何にも代え難いものだと思います。

お客さんとか取引先、上司や後輩など。

こうした経験によって、僕は日本にいながらもいろんな経験をすることに成功しました。

特に先生ですと、

  • 教育
  • 進学
  • 子育て
  • 家庭の事情
  • 大人の組織の現実

などに関わることができます。

海外経験をしたり、違った国籍の人との交流があったりしたわけではありません。

ただ、日本人同士ですら考え方がここまで違うのですから、”そうした別の世界の人たち” との交流はとても勉強になったのです。

若かりし頃に、人間関係で色々と失敗したこともありましたから、

なるほど。こうやっていろんな人と知り合って、知見を広げたり忖度しないように生きてゆくのだなぁ

と学び直せましたね。

教育とは、みなさんがイメージしている通りとても「堅い」職業です。

ただ、今の若い教員たちはとても柔軟ですし、そもそも世代が違うわけですから、考え方も違います。

時には舐めているやつもいますが笑、それは若さから出てしまうものですからね。

上司や先輩たちの責任でもありますし。

だから僕は、意外にも、

  1. 堅い職業だったのに
  2. ちょっと柔軟性を身につける

ことができました。

先生たちも、みんながみんな堅いわけではないのです。

会社員さんもフリーランスも、個人事業主もそれぞれで得られる「柔軟性」は確かにあります。

自分の柔軟性のなさを、仕事のせいにするのではなくて、

この仕事で経験したことが、今の自分に繋がっている

と思うことですね。

教員とは堅い仕事ではあるものの、関われる年代層や組織はまた特殊だし狭すぎるわけでもない。その職業ごとで、自分なりの柔軟性を高めていこう。

大切なのは勉強や経験

教員の経験も柔軟性を養うために必要でしたが、やはり積極的なインプットも欠かせません。

例えば、

  • 読書
  • 旅行
  • 人と会う

などでしょうか。

オンラインコミュニティで出会った人たちに教えてもらうこともあれば、先人たちが書いた本から学ぶこともありました。

また、世界を旅して出会った海外の人からもいろんなことを教わりました。

こればっかりは、職場にいるだけでできることではありませんでした。

柔軟性を身に付けたい。視野を広げたい

そう思った僕だからこそ、教員を辞めて世界に飛び出し、個人事業主になることに決めたのです。

会社や学校で学べることももちろんありましたが、自らが積極的に情報を取りにいくこともまた、大事なことなのですね。

これは特に、「柔軟性を身に付けよう」とする心意気から生まれます。

このままでいい
別に勉強なんかしなくても柔軟だ

と言い切る人は、僕は信用していません。

例えば海外経験のない人が、

そんなことをしなくても、多文化共生は大事なんだからやっておけ

と言ったら、

どの口が言うねん!

と総ツッコミを喰らうことでしょう笑。

別に、

経験をしていない人は意見を言うな!

ということではありません。

人生でできる経験は、それぞれ限られていますからね。

ただ、それをしようともせずに偉そうに語るのであれば、それはちょっと無理があります。

勉強をしてデータを読み解き、客観的に意見を述べられるのならば話は別ですが。

仮にそうだとしても、やはり実地経験に勝るものはありませんからね。

できるのであれば、経験は多く積んでおいたほうがいい

これは真理です。

だから僕は今、日本各地を周り、行ったことのない場所へと行くようにしているのかなと。

そうするほうがいろんな視点が生まれますし、それはつまり「柔軟になる」ということでもあります。

勉強や経験を積極的にしていなければ、柔軟性は生まれない。

僕もまだまだ勉強が必要で、今は必死に歴史や文化、政治を勉強中です。

ごめん、歴史わからない

と言えば、みんな嬉々として教えてくれますしね笑。

“積極的に” 情報や経験を取りにいきましょう。

そうすれば視野が広がり、考え方も柔軟になると思います。

積極的に勉強をするようにした。経験もするようになった。それが自分の柔軟性へと繋がっていったのだ。

おわりに

ハイブリッド型」になる前は、必ず人間とは「どちらか」に属しています。

僕はたまたま、「真面目人間」のほうでした。

ただ、そこから「自分にないもの」を理解し積極的に勉強をするようにしたことは事実です。

まだまだ足りないことばかりですが、このブログを通して、みなさんと一緒に勉強ができればなと思っています。

それではまた!

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