僕らは生まれる場所を選ぶことができない【生き抜く強さ】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

インドには思ったよりも長く滞在することとなり、本当に多くのことを感じる毎日となりました。

インドに行くと人生観が変わる

よく聞かされるお話ですが、まさにそうだと思っています。

特に僕が目についたのは、

  • 街の汚さ
  • 人の暮らし

でした。

(食事中の方は読まないことをオススメします)

先進国「日本」と比べてしまいますと、街は汚く、臭いもひどいです。

大通りならまだしも、路地裏に入ればその汚さはより深刻さを増します。

下手をすれば、ちょっと郊外の街や村の方がキレイなのかもしれません。

都市化に伴う弊害」と言ってもいいでしょう。

今日は「生まれた場所」について書いていきます。

生まれる場所は選べない。その上で自分の人生について考えてみよう。

貧困とは?

僕は昔、発展途上の国や貧困の人々の写真を見ては、悲しんでいました。

しかしそれは、「偽りの悲しみ」と言ってもいいのかもしれません。

  • 写真で
  • 動画で

見ているだけでは、全くわからないことでした。

現地に来るとわかるのは、とにかくその臭い

動画や写真に映り込まないゴミや虫たち。

汚い野犬と牛たちのフンや尿。

こんなところで暮らしている人なんているのか?

と思うほど、

  1. 一体何の仕事をして
  2. どうやって生活を成り立たせているのか

わからないような人々が、道のそこかしこにいました。

その昔、僕は3人兄妹の次男として日本に生まれました。

部活も勉強も好きなようにさせてもらい、

せめてお金だけでも

と思って国立大学に行って、良い成績を取ることで授業料免除をゲットしました。

自分では「貧しかったほう」だと自称していますが、そんなこと非にならないくらい、インドの生活は困難を極めていました。

ベトナムなどの中東でもその「汚さや臭い」に驚きましたが、インドの貧困さは群を抜いていました。

まだ見ぬ土地であれば、

  • アフリカ
  • 中南米諸国

でも、その現実と向き合わなければならないのだと思っています。

僕の生活は、いかに恵まれていたのだろうか…

家に帰ればご飯があり、洗濯をしてくれる母。

なんでも知っていて、遅くまで稼いできてくれる父。

そして優しくて柔軟な兄と、世界的な経験をしている妹。

明日の暮らしをどうしよう?

と思ったことは、今までありませんでした。

そうです。

明日があるかわからないところに生きている人たちが、今僕の目の前の道端で、灼熱の中寝ているのです。

僕は旅行ではなく、バックパッカーとして旅に出ました。

すると街の汚さ、人が必死に生き抜く貪欲さなど、いわゆる「旅行」では見ることのできないものを感じることができました。

これが「貧しい」ということ…

僕は溢れ出てくる気持ちを、グッと飲み込みました。

インドの貧困さは群を抜いていた。自分が思っていた貧困とは、机上のものでしかなかった。

日本に生まれたこと

外から見る日本は違って見える

海外に住む人や、旅行あるいはバックパッカーから必ず言われる言葉。

月並みな表現ですが、

行った人だからこそわかることなのだ

と、僕は改めて感じました。

いかに日本の衛生面やサービスが素晴らしく、生きることにそこまでの努力を必要としないのかがわかります。

僕は元先生として、

  • 優秀な生徒の家庭も
  • 生活が厳しい家庭も

両方を見てきました。

それでも、

「本当の意味での貧困」には到底及ばないくらい、日本は豊かな暮らしをしている

そう断言できます。

それくらい、

  • 東南アジアで
  • インドで

衝撃を受けたのでした。

ひとたび外に出てみれば、日本では決して見ることのできない世界が、そこには広がっていました。

少しでも現地に滞在していれば、

あぁ日本はよかった

とか、

日本のご飯が恋しいなぁ

とか、まるで日本が「外国」のように感じられてきます笑。

それと同時に、僕は「日本人であること」に改めて気づきます。

  • 高度な教育が受けられて
  • 交通機関は発展していて
  • 身なりもきちんと整えられて

生活に困ることなんてほとんどありませんでした。

僕はそんな「日本人」だったのです。

それは、日本で頑張ってきてくれた先代の人々がいるから。

その恩恵の上に、僕の生活が成り立っていたのだと改めて思い知らされました。

僕は知らない間に日本に生まれ、気がつけば30年以上も日本にいました。

世界の旅をしなければ、こんなこと知らないまま一生が終わっていたでしょう。

もちろん、それはそれでまた1つの人生です。

視野に広いも狭いもありませんが、僕としては、

知っておいてよかった…

そう思いました。

日本人として、日本に生まれたこと。

それがいかに幸運なことだったのか、日に日に感じるインドの旅となりました。

日本に生まれたことはすごいことだった。それに気づけたのは、日本から飛び出した後だった。

それぞれの幸せ

そんな複雑な思いで薄汚れた市内を歩いていますと、子どもたちが駆け寄ってきます。

ハロー!どこ出身ですか?

結局はお金が欲しい子もいれば、単なる興味本位で近づいてくる子もいました。

なんとも言えない苦笑いを浮かべながら歩いていますと、女の子たちが家の前で楽しそうに縄跳びをしていました。

その時僕は、急に涙が出てきました。

こんな生活の中でも、笑顔で毎日を過ごしているんだな

先進国にいる人たちが旅行に来て無意識のうちにやってしまうことの1つは、このような「上から目線」なのかもしれません。

僕も自分の「日本での暮らし」を勝手に上位に置き、どこかで彼らに「可哀そうな人たち」というレッテルを貼っていたのでした。

暮らしに違いはあれど、人は幸せや豊かさを求めて、必死に毎日を生きている

本当は誰だって、幸せになりたくて生きているのです。

僕が旅人として四苦八苦していることもそうですし、同じように苦しみもがきながら生きている人たちがいます。

例え日本にいたとしても、深刻な悩みを抱えている人さえいます。

一方でこうしてインドでも、笑顔で毎日を送っていきたいと願っている人がいます。

僕は…僕はなんて甘えていたのだろう

当然のように与えられていた「豊かさ」。

今までそれに気づかずに生きていたのだなと、改めて思いました。

彼らが笑顔で必死に生きているのだから、僕はなんでもできるはずだ

なぜか逆に、彼らから元気をもらう34歳男性笑。

それは僕が「教育者」だからなのかもしれません。

若者たちのキラキラしたその瞳に、僕は胸を貫かれたのでした。

僕は僕なりに、これからも豊かな人生を求めて歩んでいくことでしょう。

ただ彼らだって、生きることを諦めているわけではありません。

その熱い執念を感じたのに、ヘラヘラと生きていたらこの旅がウソになります。

もっとタフに、貪欲に、幸せを求めていい。

彼らに対して、

僕も一所懸命生きてるよ

と、いつか来る未来でちゃんと言えるように。

インドでも必死に生き抜いて、幸せを求めている子どもたちがいる。僕のこれからの人生も、彼らに胸を張れるような、そんな人生にしていこう。

おわりに

インドについては、過去一で衝撃を受けています。

東南アジアを経験したし…

と思っていたのに、全然でした。

でもそのギャップの1つ1つが、僕の人生に深く刻まれています。

  • 日本に生まれたこと
  • 日本人として日本で暮らしていたこと

これがいかにすごいことなのか。

僕の人生観が、大きく変わりつつあります。

これからも彼らに負けまいと、強くたくましく生き抜いていきましょう。

それではまた!

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