こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
最近は文化祭シーズンということで、学校のほうもかなり立て込んできています。
ただそんな中でも、
- 定期的に運動をし、
- ブログを書いては、
- 夜活(文法や雑談)をする。
というルーティンを守っています。
だいたい半年くらい経とうというところですが、特に変わり映えもなく、淡々と毎日を過ごしている僕です。
すると多くの人から、
というお便りが届きます笑。
今日は時間の使い方というよりも、集中の仕方について書いていきます。
終わる時間を決めてしまおう
自慢ではありませんが、僕は教員生活で「仕事を持ち帰ったこと」がありません。
必ず学校で終わらせることにしているからです。
少し昔であれば、「答案を家に持って帰って採点する」といった時代もあったかと思いますが、現代はそうもいきません。
個人情報の持ち出しは固く禁止されており、必要な場合は許可をとります。
したがって、学校では、
- 空き時間
- 放課後の時間
などに全精力を費やして、仕事を終わらせるようにしています。
- 試験問題作成
- 次の授業のパワポ作り
- 次の授業のプリント作り
- 3年生の進路関係の書類
など、「雑務オールスターズ」をテキパキとこなしていかないと、机上がプリントの山となり、いずれは雪崩が発生します笑。
なぜ終わらせるように努めているかといえば、定時に上がりたいからです。
定時に上がって家に帰っては、
- ブログを書いたり
- 文法授業の準備をしたり
- もう1つのブログを執筆したり
したいのです。
そのように、
という気持ちがありますと、ものすごい集中力が発揮できます。
実は家に帰ってからも、夜21時からZoomミーティングがあるとすれば、ご飯を食べた後の19時から2時間しかありません。
すると、
- できる限り定時であがる。
- 普段の授業準備時間に全集中ができる。
- 空いた時間でブログの執筆ができる。
- 夜活が終わった後に、さらに1時間勉強ができる。
と、素晴らしい好循環が回ることとなりました。
1日がルーティン化されていて、若干気持ち悪いですが笑、こうしないと回らないのです。
ゆえに、ポイントは「時間を決めること」ですね。
その時間にフルコミットした結果
時間を決めてしまったら、あとは「やるだけ」です笑。
いたってシンプルですが、この「やるかやらないか」が大きな分かれ目となっています。
僕の場合、ブログは「マスト」となっていますので、もうやるしかないのです笑。
するとあの手この手を尽くしてでも、ブログを終わらせにかかります。
面白いことに、どんどん作業時間が短くなるという現象が起こり始めました。
つまり、早く終わらせようと毎日必死に作業をこなしていますと、いつの間にかものすごいスピードが身につくようになったのです。
今までですと、ブログの執筆には2〜3時間かかっていましたが、今となっては1〜2時間程度で書けるようになりました。
以前よりも、
- 写真を入れたり
- Twitterに概要を載せたり
と負荷がかかっているはずなのに、「その時間内に終わらせる」というフルコミットのおかげで、あらゆるムダが省かれたのでした。
こうなりますと、休日や夜活のない日には、時間にものすごい余裕が生まれるようになります。
結果的にブログの質が高まるばかりでなく、できることが増えて時間効率もよくなりました。
「時間がある」とはよく聞こえますし、「時間がない」と言いますと追われているイメージが出てきてしまいます。
個人的な意見になってしまいますが、時間のない中でやりくりするほうが、人間進化するものだと思いました笑。
体を壊してしまっては元も子もありませんが、「枠を決めてしまうこと」で、
と考えるようになったのです。
結果論になってしまいますが、こうして忙しくなって半年ほど経ちますが、どんどん進化&成長できているので、僕はよかったと思っています。
ムダがなくなってむしろ幸せに
集中するためには、「時間を決めること」が大切でしたね。
とても当たり前のことかもしれませんが、短い時間で何かを成そうとしますと、
- SNSを見る暇も
- テレビを見る暇も
- YouTubeを見る暇も
なくなってしまいました。
僕としては願ったり叶ったりで、以前の「堕落した生活」とは180度、人生が変わったのでした。
ブログを書いている時間(例えば1時間)は、他のことに気を取られている場合ではありません笑。
そんなことしていたら、あっという間に1日が終わってしまうからです。
本来であればやるべきことがあるはずなのに、それをやらずに終わってしまう日があれば、妥協が続いてしまい、いつかやらなくなってしまいます。
僕は逆だと思っています。
以前の生活のほうが、ツラい生活でした。
- 目的もなく、
- だらだらと過ごし、
- 何もせずに1日が終わる。
そうやって費やしていた時間は、ムダだったとは言いませんが、やはり生きた心地がしない毎日でした。
- 人や社会のために命を燃やすことを決め、
- 毎日を必死に生きるように走り続けていますと、
いろんな出会いや、今まで気付くことのできなかった発見があります。
そして一番の大きな気づきは、
「人の作ったコンテンツの中を生きていた」
という感覚でした。
全てを否定するつもりはありませんが、僕は人の作ったレールの上をずっと歩いていたのだと感じたのです。
そうした僕にとっての「ムダ」がなくなり、自分が発信する時間を「取りにいった」おかげで、毎日をより充実して生きられるようになりました。
人それぞれには生き方があり、コンテンツを消費することが悪いことだとは思っていません。
ただ、僕なりに考えて出した答えとして、今の生き方のほうが性に合っていたのです。
今までのムダは削ぎ落とされ、毎日が洗練されるようになり、いろんなメリットを享受していると感じているのです。
おわりに
「短い時間の中で最大の効果を出す」
この言葉は、
と、悪く捉えることもできます。
しかしものごとには様々な捉え方があるように、僕はこの感覚もまた大切だなと思うことがあります。
なぜなら、人生はあっという間に終わってしまうからです。
それなら、悠々自適に暮らすこともいいのですけれど、僕としては「今ある命を燃やし尽くしたい」。
そう思う毎日なのです。
ものすごい集中するからこそ、リラックスした時にはまた深く想いを巡らせることもできます。
「どちらがいい」というつもりはありませんが、みなさんも時間の枠を決めて、全集中してみてはいかがでしょうか。
それではまた!
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