本気で熱くなるほど魅力的になる【漢を目指すゴリラの生き方】

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こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日、2022年のFIFAワールドカップで、日本代表がトーナメント1回戦で敗れました。

選手たちが涙する姿を見ましたが、その光景がとても印象的で、

この人たちは一体どれだけのものを背負って、ピッチに立っていたのだろう?

と感じずにはいられませんでした。

また話は変わって先日、映画「THE FIRST SLAM DANK」を見にいきました。

スラムダンクは大人になってからしっかりと読んだ漫画でしたが、今回の映画はとにかくアツいです笑。

映画でも、

一生をかけてバスケについて考えてきた男たち

が描かれており、胸と目頭が熱くなりました。

今日は珍しく「漢(=おとこ)」について書いていきたいと思います。

とにかく、熱くなれ。そんな男は魅力的に見える。

熱くなることができなかった自分

高校時代の僕は、「熱くなること」ができませんでした。

どこか恥ずかしいと言いますか、

いや、なんかダサくね?

と思っていました。

それがまたダサいんですけどね笑。

そんな斜に構えていた僕も、大学生のときにダンスを始めたことがきっかけとなり、多くの友人と出会うこととなります。

数多くいた友人の中に、4年間ずっと一緒に踊り続けた友人がいました。

彼は漫画「ワンピース」がとても好きで、そのときあたりから僕もワンピースに惹かれていったのだと思います。

彼からは、「漢としてのカッコよさ」を学ばさせてもらいました。

何かにひたむきに向かい続け、そこに熱を持って挑戦し続けること。

それはスポーツに限らず、

  • 趣味
  • 仕事
  • 家族

と、分野はなんでも構いません。

彼はよく僕に、「アツいとは何か」ということを教えてくれたものでした。

しかし、社会人になってもなかなかうまくいかないもので、

  1. カッコつけては、
  2. 空回りしてしまう。

ということが、僕にはよく起こりました。

変なプライドが邪魔したり、相手を素直に認めることができなかったりしたからです。

どうしたら「漢」としてカッコよくなれるのだろう?

悩みに悩み抜いた上で、少しずつ「純粋にものごとに打ち込むこと」ができるようになりました。

ダンス部を見ていた時は、5年を経てようやく最後に「胸熱なカタチ」で、前任校を去ることができました。

さらに離婚やコロナを経験してから、より自分の注力すべきものや、目指すべき「カッコいい姿勢」を磨けるようになりました。

誰にでも、トガっていた時代があるものなのですね笑。

若い時はなかなか気づけないが、熱くなることは本当にカッコいい。

あえて言う「漢」らしさ

このご時世ですと「漢らしさ」という言葉を使うことが、はばかられることがあります。

いやいや、いろんな生き方があるんだから、そうやってジェンダーのあり方を押し付けるのはやめようぜ…

この意見には僕も賛成していますし、授業中でも「男だったら〇〇だよね」という言葉は使わないようにしています。

フェミニンな男子生徒もいますし、自身の「性」のあり方に敏感な生徒もいるからです。

ただ僕は「僕自身」を見たときに、

  • 女性のことが好き
  • 体を鍛えていたい

といった、昔でいうところの「いわゆるオトコ」を目指していると自覚していますので、

それなら人に強制するのではなく、自分で「漢らしく」いればいいや

と思うようになったわけです。

人によっては「自分らしくあればよい」という言い方をされる方もいますよね。

僕もその考え方に近く、自分の中で「カッコよくあることとは何か」を決めておけばいいのだと思っています。

最近スポーツを見ていて思ったことは、

  • 集中している
  • 何かに夢中になっている
  • 負けたら悔しがり、また挑戦する

このような姿の「男子」を見ると、

うわぁ〜カッコいい…

と、ジワっときてしまうのです笑。

自分が「カッコいい」「こうありたい」と思う人がいたら、それに近づくように努力をしつつ、自分にしかない魅力も磨いていくこと。

理想の人に寄せていくだけでは、「オリジナリティ」は出てきませんからね。

みなさんは自分らしくあればよく、目指す「高み」へと登ってゆけばよいのです。

それぞれの道の中に、「漢らしさ」という道があるというだけです。

道を選ぶのは自由ですからね。

僕は僕なりに、自分の思い描く「カッコいい漢」を目指していきたいと思っています。

「漢らしい」という言葉を敬遠しすぎることもよろしくない。自分が「こうありたい」と願うカタチであれば、誰にも否定されるべきではないからだ。それぞれの「高み」を目指していこう。

一心不乱になるほど魅力が増す

あくまで「僕が目指す漢らしさ」の話でありますから、一般化するつもりも、押し付けるつもりもありません。

ただW杯でもスラダンでも「集中している時の男子」は本当にカッコよく見えます。

スポーツに限らず、勉強や仕事でもカッコいいですよね。

以前の僕は「煩悩の塊」でしかなく笑、周りからどう見られているかを意識し過ぎていたものでした。

「現在の僕」から、

他人の人生を生きていることになるぞ!

と喝を入れられることでしょう笑。

さて僕は、スラダンに出てくる桜木花道というキャラクターの「変わり方」が、とても好きです。

彼は最初、赤木晴子というヒロインが好きでバスケを始めたはずなのに、結果的にバスケにのめり込んでいってしまうからです。

すると、最初は赤木晴子を追っていたはずの桜木花道のことを、逆に今度は赤木晴子が、

遠くに行ってしまった感じ…

と思うようになってしまうのです。

もちろん、現実世界でそうなるかどうかはわかりません笑。

ただ男である僕からしても、桜木花道のように何かにひたむきに頑張っている男子は、魅力的に映ります。

一心不乱に好きなことに熱を注ぎ込んでいるその姿は、「アツい」以外の何ものでもありません。

また恥じらうこともなく、

  • 悔し涙を流したり
  • 仲間とともに喜んだり

する、そんな姿もまた魅力的ですよね。

逆説的に聞こえるかもしれませんが、僕の(浅い)経験上、異性に対して意識を向けすぎると魅力が半減してしまうと思っています。

「身だしなみに気を使わなくていい」というようなことではなく笑、他のことには目もくれずに、何かに集中している姿がカッコいいという意味です。

なぜかと考えてみましたが、集中している時は「ありのままの自分でいられるから」でしょうかね。

流川楓というキャラはイケメン枠ではありますが、それ以上に魅力的なのは「バスケのことしか考えていないから」だと思います。

漫画内に出てくる女子高生たちはキャーキャー言っていますが笑、読者は彼のバスケに対するまっすぐで真剣な姿勢を見ることができます。

そこにやられてしまうんですよね。

もちろん男である僕からしても、一所懸命に何かに取り組んでいる女性もまた魅力的です。

それは「男女に関係ない魅力」だと思っています。

「ありのままの自分」を見せるためにも、何かに夢中になってみてはいかがでしょうか。

真剣に何かに集中している時は、その人の「ありのまま」を出すことができる。それほど魅力的な瞬間はない。

おわりに

大学時代から「」を目指すようになったものの、その間にだいぶ「横に振れた」ものでした。

今思えば「カッコいい」と思えるような時もありましたが、

そうでもなかったなぁ…恥ずかしっ!

と思うような場面もありました。

それでも、目指すべき「カッコよさ」はブレていません。

これからもひたむきに、自分の夢に向かって頑張っていこうと思います。

また次にみなさんと会うときは、「漢の高み」ですね。

それではまた!

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