こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、北村さんと堀江さんとの言い合いが話題となっていました。
まぁ、もう答えは出ていますが笑、僕は「差別だ!」と言う人を信じてはいません。
自分や自分の利権のために「被害者ムーブ」をするからです。
と言うことはありませんし、個人的かつ細かいことをあげていけば、
- 学歴差別
- 男女差別
等のものは存在しており、
とはさすがに言えませんね。
また、別件ではありますが、友人たちと話していると外国人問題についての話題もあがりました。
今日はそれらについて書いていきます。
本当に差別なのか?

堀江さんと言えば、僕は「ゼロ」という書籍が好きでして、
と感じたものです。
リンク
しかし、今回に限らず堀江さんはこと政治のことになると、ロケット打ち上げの補助金がもらえるからなのか、声を荒げて感情的になってしまいます。
ここが彼の残念なところです。
北村さんは、オランダでの実験を端的に説明します。
それは「事実」であって、誰も否定できるものではありません。
普通の感覚を持っていれば、
と、誰もが自然と思うことでしょう。
要は、経済合理性を考えたとしても、特定の地域の移民を受け入れ過ぎますと国家が弱体化して破滅に向かってしまうということです。
これを差別と言えるでしょうか。
何度も申し上げますが、普通の人の感覚なら差別だという発想にはなりません。
優秀な人材、会社のために働いてくれる人材を、会社側は欲しいわけですよね。
国家としても、国という大きな船にみんな乗っている以上は、トップである総理から政治家たちは、
と頭を悩ませなければなりません。
会社と国が全く一緒だとは言いませんが、慎重になるべきなのは火を見るよりも明らかですね。
と言い換えることもできます笑。
要は、ご自身で言っていることが破綻/矛盾しているんですよね。
これには多くの人が笑ってしまったかと思います。
とね。
日本で差別と叫ぶ人は基本信用しなくていい

さて、そういう話をしますと、
と言ってくる人がいます。
確かに、1を見て「100がそうだ」というのは差別的に聞こえるかもしれません。
しかし、実際にそうした “傾向” があるということは、データが示しています。
例えば堀江さんが「〇〇大を出ていないと認めない」と言ったら、それは明らかな学歴差別ですよね。
彼はそんなことはしていないと言い切れるのでしょうか。(そうですよね?差別してないですよね?)
では、
と、仮に言ったとしましょう。
しかし、これは一つの例でありますから、
という主張が「差別」となるのであれば、いろんな例を引き合いに出して堀江さんをつつくことができます。
- 試験で能力を測っているなら能力差別じゃないか
- 男女で社員の比率を決めていたら性差別じゃないか
- 自分の好き嫌いで面接試験をしていたら、あなたの主観による差別じゃないか
と、どうとでも言及して「差別だ!」と言うことができてしまうのです。
逆に人種だけに言及して「それは差別だ!」と言っていいのならば、世の中差別だらけです笑。
なんで人種による傾向の把握やデータだけが「ものすごい悪」であって、他は悪じゃないのですか?
一つをとって言うのであれば、他のことにも言及する義務があります。
それができないから、
と叫んでいる人は、いつでも問題を矮小化して、その点だけをピンポイントでしか叩けないのです。
友人と外国人問題について語り合っていますと、
と言う人もいます。
違います。
日本人だって、頑張っているのに報われていない人がいるじゃないですか。
かわいそうじゃないですか。
日本国を動かしているのは、基本的に日本国民です。
外国から “わざわざ” 来るのであれば、それ相応の技術や言語能力、文化への配慮やリスペクトが必要。
それは日本人が海外に行ったって同じです。
適当に「差別だ」と叫んでいる人たちは、
- とにかく利権が絡んでいるか
- 自分のポジションが無くなるのが困るか
などの背景があるということ。
だから僕は、黒人の奴隷解放のような本当の意味での差別に対して叫んで歴史を変えてきた人たちと比べて、日本でワーワー叫んでいる人たちは「本当の差別を知らない人たち」ですから、信用しないようにしています。
お花畑にならない

このように外国人問題の話をしていますと、
とひしひしと感じます笑。
とね笑。
お前は何言ってるんだ、と。
そのせいで、
- 外国人労働者は安く買い叩かれ
- 日本人の労働賃金は上がらずに
- 不法や基準の低い仕事ばかりになる
のです。
ここを理解できずに(僕もまだまだですが)、表面的な聞こえのいい話だけを擁護して、
と、偽善者ぶってはいけません。
僕もそうでした。
日本は遅れているだとか、もっと柔軟になれだとか、ね。
そうやって何も考えず、勉強もせずにいた僕のように、みなさんもなってはいけないのです。
声を上げることは否定しませんし、マイノリティを無視していいとも思いません。
しかし、堀江さんの「差別だ!」といった発言のように、一度『「それは差別だ」論争』が始まってしまいますと、
と、言い返すことはいくらでもできてしまうのです。
本当に困っている人が声をあげることとは違い、今回の議論では明らかに「実(じつ)のない主張」をしている人が一定数いるということ。
しかも、それによって困るのは自分たちだということにも気がついていないということ。
あるいは、逆に外国人労働者を苦しめることになるのだということ。
むしろ差別主義者は “その人たち” であって、そうやって安い外国人労働力を受け入れて奴隷のように使うのですから、どちらが差別主義者かはわかりますよね。
- 声だけが大きい人に耳を傾け
- 事実や数字を調べようともしないで
- ただ聞こえのいいことだけを擁護すること
は、頭の中がお花畑か、あるいは利権がらみで言っているだけです。
気をつけていきましょう。
僕もたくさん勉強していきます。
おわりに
最近は、友人たちとも政治的な話をするようになってきました。
これができるだけでも、僕自身、あるいは日本が変わってきているのだなと思っています。
ある意味、危機感からそうしているのかもしれませんので、残念ではありますが。
「差別だー」と叫んでいる人たちを見かけましたら、裏を見てみましょう。
と思えるはずですから。
それではまた!

