こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
学校の職場では8時30分に業務開始なのですが、新人の後輩が来るのはいつも定刻ギリギリです。
僕もあまり人のことは言えず、8時10分くらいに学校に到着してはいますが、
- 雑務を処理したり
- 授業の準備をしたり
- コーヒーを淹れたり
しています。
以前僕は、できる限りギリギリに来ることが「正義である」と信じていました。
さすがの「効率至上主義」ですね笑。
今の時代は、
と言われますが、少し前であれば、
- 校庭のライン引きをしておけ
- 何もなくても早く来るものだ
- 新人は朝早く来てお湯を沸かしておけ
と言われたものでした。
さて、みなさんはどちらの意見をお持ちですか。
今日は「朝早く来るかどうか問題」について、僕の考え方の移り変わりを書いていきます。
結論:無理して朝早くに来なくていい

僕は、できる限り早く退勤する「早期退勤」を達成することに、毎日全力を捧げている人間です。
この議論の対(つい)になるといいますか、よく一緒に語られる話題があります。
それが、
という議論です。
結論から言えば、仕事において、
と強制するのは、間違っていると思っています。
事情があるのであれば、多少なりとも話は変わってきますが、
- 新人なのだから毎日誰よりも早く出勤しろ
- 若いやつが朝早くにいたほうが場が締まる
- みんなのために、雑務は朝早く来てやっておけ
と、理由になっていない理由がいまだ散見され、これは「根性論」という何も生み出さない非生産的な理屈だと思っています。
先輩や上司が、後輩達に朝早く出勤することを強制してしまいますと、変な思考がまた次の世代への理不尽な強制をするという、悪循環が生まれてしまいます。
仮に「仕事とはそういうものだ」という人がいれば、
- どれだけ生産的になったのか?
- どれだけ仕事効率が上がったのか?
- どれだけ価値のある時間だったのか?
と問いたいですね。
何かしらの結果を、数字なり成果なりで報告してほしいものです。
「無意味に」早朝に出勤しても、ほとんど意味がありません。
という人がいれば、自宅で早起きして身支度をした後に、勉強や読書をしてから職場に来ればいいのです。
安易な発想で他人に早朝出勤を強制するならば、そこに確かな理由が存在しなければなりません。
- 朝はとにかく早く来るものだと思っている人
- あるいは早朝出勤を理不尽に強いられている人
は、今一度その「意味」を考えたほうがいいと思います。
そこに意味なんて、ないのでしょうけれどね。
デキない人ほど朝早くに来い

以前の僕は、先述した通り出勤時間の定刻ギリギリに学校に到着することを良しとしており、やはりどこかで、
と信じていました。
しかし、なぜかだんだんと朝早く来るようになっていたのです笑。
最近自分でも、
と考えていました。
以前別の後輩と話した時に、その謎が解けました。
以下、彼の意見です。
朝早く職場に来る必要は、確かに「ない」と思うんですよね。
ただ新人の時とか、自分がわからないことだらけの段階の時って、早く来るべきだと思うんですよ。
「誠意」とか「形」とか、そういう意味じゃなくて。
「自分でそうしなきゃな」って、当時僕はそう思ってました。
なるほど。
僕は仕事を始めた最初の最初こそ、
と、たかをくくっていました。
しかし担任になり、仕事に少しずつ負荷がかかってきて、
と気づいたのです。
つまり、
- 必要に迫られていたからこそ
- 自分が必要だと思ったからこそ
自分で決めて、早く出勤するようにしていたのですね。
その後輩が言っていた通りでして、
と感じていたのです。
先述したように、理由なき「いいから新人は朝早く来い理論」は、絶対に間違っていると思います。
しかし、自分がまだ未熟な段階であるのであれば、早くに来るべき時期もあります。
仕事を始めたての頃は、誰だって多くの時間が必要ですし、「長い時間をかけなければならない期間」は必ず存在します。
その理由はシンプルでして、その職場で長く働いてきた人よりも、業務を覚えたりこなしたりするのに「普通に時間がかかるから」です。
まだそんな初期段階の時に、僕は「天狗」になってしまい、
と効率を重視していたものですから、身につくものも身につきませんでした。
- 自分がまだまだ未熟で
- 仕事ができない段階であるのならば
朝早くに来て仕事の準備をすることは、理にかなっています。
このマインドを持っている若者は、確かに早く仕事を覚えている印象があります。
「俺より早く来い理論」には賛成できませんが、仕事を始めたての人は「早く来なければいけない時期」を、経験すべきなのかもしれませんね。
早朝出勤が必要かは自分に聞け

僕は現在、業務開始時間の20分前に、学校に着くようにしています。
僕は「早朝出勤不要論者」だったはずですよね笑。
むしろ現在は、ルーティン通りに、
- 必ずほぼ同じ時間か
- 早い時だと7時半に出勤する
時もあります。
なぜか勤続年数が増してくるにつれて、徐々に早く出勤するようになっていたのです。
ここまでの僕の「変化」を整理してみます。
- 強制的かつ理不尽に「朝早く来い!」は、乱暴かつ無意味で生産性がない
- ただし「まだ仕事ができない段階にいる人」は仕事に時間がかかるので、早く出勤したほうがよい場合もある
- 業務に慣れてきたとしても、朝早くに出勤して雑務をこなすことは構わない
僕は「仕事ができなかった時代」に比べて多くの経験を積んだはずなのですが、そんな今でも「少し早めに出勤すること」にしています。
それは、
- 雑務を朝のうちに片付けたい
- 勤務時間では最高のパフォーマンスをしたい
などと感じているからです。
もちろん強制されているわけではなく、自分で決めてその時間に来るようにしています。
間違ってはいけないのは、「仕事がデキる人」がみな早くに出勤しているわけではないということ。
これらは全て「押し付け/勘違い」です。
大切なことはいつも変わらず、
を自分自身に問うことです。
そして、
を問うことも大切です。
- 身だしなみなどを整える時間にしたいのか
- リラックスして準備する時間がほしいのか
- 雑務をこなさなければならない時間なのか
何かしらの「準備」を始めており、同僚と生徒情報の共有をしたり、コーヒーを淹れたりしています。
「朝来てもぼーっとしている」という時間は、作っていませんでした。
一方で、職場での「朝の時間」が不要だと思う人は、
- 勤務時間前に出勤する必要はありませんし
- 出勤時刻ギリギリまでを、プライベートの時間にあててもよい
と思っています。
僕にとっては、朝少し早く出勤することは「心地よく仕事を始めるための助走」であるというだけのこと。
それぞれに理由があればよくて、「出勤時間それ自体」が問題なのではありません。
- 他人に強要しない
- 新人は早く出勤したほうがよい場合が多い
- 朝の時間が必要ならば、それに応じて出勤すればいい
常に「自分」に問うてみて、早朝出勤の是非を決め、それぞれの考え方を尊重していきましょう。
周りは関係ないのです。
おわりに
僕の職場の「仕事に追われている」新人が、8時半の定刻ピッタリに来てしまうように、
と突っ込みたくなるような、自分ではその必要性がわかっていない人もいます。
僕も仕事を始めたての頃は勘違いをしていましたので、彼/彼女の気持ちがわからないでもありません。
仕事が十分にできているのであれば、新人だろうがベテランだろうが関係はありませんが、明らかに業務でいっぱいいっぱいになっているのであれば、
- 朝早くに来て
- 遅くまで残る
ことも、時には必要になってきます。
「質を求める前に、量をこなさなければならない時期」
これは仕事を始めた上では、必ず経験する時期です。
退勤時間や出勤時間には、いまだに「変な慣習」があります。
みなさんも今一度、その意味を考えてみてくださいね。
それぞれが必要に応じて、働く時間に幅を持たせ、良いパフォーマンスができるように心がけていきましょう。
それではまた!

