こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日から、『NO RULES 世界一「自由」な会社、NETFLIX』を読んでいます。
以前から読みたかった書籍だったので、こうして読めてとても嬉しい限りです。
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まだ冒頭しか読めていませんが、最初の方から、
という趣旨の内容が綴られていました。
僕は今までそんなことは考えたことがなかったのですが、
と思って読んでみました。
僕が先生をやっていた頃も、なんとなく思い出しましたね。
今日はそんな「チーム」について書いていきます。
数パーセントの邪魔が士気を下げる

書かれていた内容は、数パーセントの人員を削減したら、イノベーションが生まれたという内容でした。

僕が学校の先生をしていた頃は、
と思っていましたし、今でもそれが「そこまで悪いことだ」とは思っていません。
自分が優秀だったというわけではありませんでしたが、確かに学校にも足を引っ張る人とは数名いたように思えます。
理由は様々でしたので割愛しますし、僕が偉そうに述べることでもありません。
ただ、本書を読んでいますと、
とは感じました。
今の日本の「国会」みたいですね笑。
どんなに人数が多かったとしても、「足を引っ張る人のマイナス分」を他の人が埋め合わせなければなりませんからね。
そうやっていますと、ものごとは進むものも進まなくなってきます。
「人数が多い = 効率化される」
というわけではなさそうです。
実際にそうやって、Netflixは成功を収めました。
もちろん、時の運もあるのかもしれませんから、「これが正義だ」とは言い切れませんし、リストラを礼賛しているわけではありません。
しかし、一つの例として、僕は賛同できる部分はありましたね。
それでも人格は攻撃しない

ただ、こういうことを言い始めますと、やはりどこかで「エリート主義」になってしまうのではないかと考えています。
「できる人 = 正義」になってしまわないかということです。
と言って相手の意見を全く受け入れないようでは、話が違ってきます。
「仕事ができる/できない」と少し関連する話であれば、逆に「エリートだから」とか「何かができない/ズレている」ということを無理やり発展させて、人を叩くことは違うと思っています。
以前にも書きましたが、僕は別にエリートを始めとして、
- 堀江さんも好きだし
- 高市首相も好きだし
- ひろゆきさんも好きだし
- 日本を護るために活動しているインフルエンサーたちも好き
です笑。
それぞれに対して、みなさんのイデオロギー(≒ 思想や信条)に基づいて批判することもあるかもしれませんが、僕はその人が発言した内容や行動を見て指摘することが多いです。
いいことを言っていたらそれには「いいね!」をしますし、ズレてる発言の場合はスルーします。
要は、結局「自分の主観/意見」に合うかどうかというだけのことです。
職場にいますと、どうしても「仕事ができない人 = ダメな人」というレッテルを貼りたがる人がいます。
- 「自分が上」だと思いたいのか
- ただただ誰かを批判したいだけなのか
は判然としませんが、それはよろしくありません。
それこそ生産性がありませんし、指摘すべき点が間違っていますよね。
はい。
ご存知の通り、以前の僕です笑。
ひとたび、Netflixの例を見てしまいますと、
と勘違いしてしまう人がいるかと思いますが、僕はそうは思いません。
ただ、キレイごとも言っておられず、
となりますと、「それは違う」という指摘を受けることにもなります。
極端な例かもしれませんが、そういう話にするとわかりやすいです。
だから本書を読んで思ったのは、
というだけのこと。
とか、
とか、そういうことではありません。
しかし、それによって生産性を下げてしまう恐れもありますから、時に心を鬼にして「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」こともしなければならないのでしょうね。
仲良しこよしではないけれど

チームでやっていた時には、いろんな人がいました。
- 毎回遅刻してくる先生
- 生徒と全然うまくいかない先生
- 朝まで飲んで二日酔いで学校にくる先生
若い時には、こういう先生たちに対して批判をしていたものです。
いえ、僕だけでなく、
という自覚(あるいは勘違い)のある先生たちは、他の先生を指摘していました。
僕が若かった頃は、
と思っていました。
でも、だからと言ってその人を貶(おとし)めていいわけでもありませんでしたし、批判している時間がもったいなかったのも事実です。
何より、
と今の僕は、昔の僕のことを思い出してこう言いますね笑。
確かに、Netflixのように学校の人員も削減したら、学校も効率化してエリート集団になるのかもしれません。
しかし、学校とはあくまで公的な機関であって、会社のように「利益を上げる場所」ではありません。
かと言って誰にでも甘くしてもいいわけではありませんが、もう “決まったチーム” としてやっていかなければなりませんからね。
仕事ができない人には仕事を頑張ってもらうしかありません。
足を引っ張る人に関しては、管理職から注意を受けるくらいしか対処法がないでしょう。
- 失敗を認めたり受け入れたりはするが
- だからと言って甘くしていいわけでもない
難しい按配ではありますが、これが理想です。
Netflixはそんな「理想」が貫けるほど余裕があったわけでもありませんし、切迫していたからこそイノベーションが起きたのかなと。
公務員には、こうした切迫感がありませんからね。
それがネックでもありますが、バックグラウンドの違う他人を「認めるいい機会」にもなるのかなと。
チームとは難しく、まとまって進むことは容易ではありません。
今の僕は一人でやりたいようにやっていますが笑、教員生活はいい経験だったなと思っています。
おわりに
チームを「前に進める」には、時として厳しい判断をしなければならないのだなとも感じました。
しかしいつでも、バランス感覚とは大事なものでして。
「人員を削減しまくればいい」というわけでもないですし、かといって甘々にしていてもいけません。
- 仕事ができない人
- エリートなのに言ってることが間違っている
のであればそれらは批判されるべきですが、だからと言ってその人を攻撃していい理由にはなりません。
組織とはこうした「厄介さ」がある反面、チームだからこそできる大きなこともありますからね。
学校に戻りたいような、そうでもないような笑。
それではまた!
