あまり他人を信じすぎないこと【世の中にこれという正解はなし】

読書

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

本日は友人たちに会いに、仙台に来ています。

宮城と言えば神奈川に次ぐ第二の故郷でありますが、会食をしていますと、

  • 税金
  • 食生活

などについての話となりました。

僕もブログを書いてはいるものの、

本当にこれで正しいのだろうか?

と思いながら書くこともあります。

ただ、あまりにも疑い過ぎてしまいますと、最終的には「何も書くな!/何も発信するな!」となってしまいますので、按配が大事です。

今日は「あまり信じすぎないこと」について書いていきます。

疑ってかかろう。ただし、あまりにも疑いすぎることもまたよろしくない。正解のない世界を、自分なりに描いていこう。

有名人 ≠ 正しい

よくある話ですが、

  • 有名人
  • 専門家
  • インフルエンサー

などでさえも、人間ですから「これが100%正しい」と言えることはあり得ません。

僕も専門的に英語を教えていますし、教育現場に長く携わっていましたから、

ある程度こういうものだ

ということができても、あくまで経験則からしか意見することはできません。

逆に言えばかなりの「強み」とも言えますが、その人の知識や経験からしかモノは語れないということですね。

いやいや。こういう研究結果が出ているから…

と、“ファクト/エビデンス” を出したがる人もいますが、研究とは日進月歩であって、特に食生活については「昨日の正解が今日の間違い」ということも、日々起こっています。

僕が子どもの頃なんて、「テレビで言っていること=正しい」と思い込んでいたくらいですからね笑。

今となっては、

テレビの言っていることと逆のことが正しい

とすら思っていますが笑。

難しい言い方になってしまうのですが、

  1. ある程度その分野にいる人には説得力があるが
  2. かと言って彼らも100%自分に自信があるわけではない

ということです。

誰だってそうじゃないですかね。

YouTubeや僕のブログなどでは、

こうだ!

と言い切らないと埒(らち)があかないので、そうしているだけのことですが、「100%確実に…」と言っている人がいたらちょっと疑ってしまいますね笑。

例外はいくらでもありますし、自分が賛同できるものや正当化するために「使える論」を利用するのが人間です。

著名な人の意見は、ある程度専門外の人からしたら「よく」聞こえますが、正しいとも限りません。

盲信しないよう、気をつけていきましょう。

テレビや報道、YouTubeやインフルエンサーを、多くの人は信じがちだ。僕も自分なりに発信している。その人が100%正しいとは限らない。気をつけていこう。

疑いつつも発信

では「100%合っているかわからないもの」を発信してはいけないのか。

ここは意見の分かれるところではありますが、僕は「いいのではないか」と思っています。

だからこうして発信しているわけですしね笑。

どちらかといえば、これは「受け取る側」の問題だとも思っています。

ただし、

  • 明らかに間違っていること
  • 他人を煽動したり煽ったりするような発言

などはいけませんけどね。

僕も気を付けるようにしてはいるものの、インフルエンサーではありませんから、そこまで煽動できるような力はありません。(だからと言って何を言ってもいいわけではない)

「発信すること」それ自体は、表現の自由だと思っています。

だから「案件」などで有名人が発するものに関しては、

まぁ彼らにもいろいろあるのだろう

と察して、スルーしています笑。

以前では、それが「テレビ/新聞」だったわけですね。

公共の電波を使って堂々とウソをつくこともできたわけですから、僕らが「こういうデータもある」と発信することなんて、それに比べれば全然マシなのです。

「地球温暖化の被害者」ホッキョクグマは実は増えている…メディアと環境保護団体の"虚偽情報"を検証する 南の島が水没するほど海面は上昇していない
地球温暖化の影響を受けているのは誰なのか。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の杉山大志さんは「温暖化によって生態系が破壊された象徴として取り上げられてきたのがホッキョクグマだ。しかし、動物学者たちの公式統計では頭数はむしろ増えている」という――。

例えば、

ホッキョクグマが可哀想に、流氷の上にいる。数が少なくなっているのだ…

みたいなTVコマーシャルが以前ありましたが、上の記事のようにデマだったということがわかっています。

ある意味、これに対する「発信(反論)」が他からなければ、フェアではありませんよね。

何度も言いますが、

だから何を発信してもいい

とは言っていませんし、ちゃんと情報や経験に基づいて “ある程度の” 確信度が必要だということ。

しかしそれは、受け取る側のリテラシーもまた大事。

〇〇さんが言ってたから、これが正しい

と言うのはやめにしましょう。

別に、自分の発信に対して「責任逃れ」をしたいわけではありません。

現実問題として、

  • テレビすら間違っている
  • 専門家だって間違える時がある

ということを考えれば、誰が発信しても(仮に間違えてたとしても)、仕方のないことだということです。

誰もが発信できる時代となった。だからこそ受け手によるリテラシーが必要。しっかりと情報を見極めるべきだし、発信する側もある程度の確信のもとで発信していこう。

正解のない世界

結局、世の中とは正解のない世界なのだ

ということを、ここ数年で改めて認識しました。

コロナの時も、明らかにおかしかったですしね。

マスク嫌いの僕にとっては、

マスクもそうだし、このセパレーションなんの意味があるんだ?

と、ずっと疑問に思っていました。

そうやって「印象操作」をすることができてしまうということですね。

そう考えれば、

やはり「権力者の言うこと=正解」ではないのだな!

と思わされます。

いつも大事なことであり、僕自身も気をつけていることですが、何でもかんでも他人のことを信じ過ぎることはいけませんね。

これっていわば、「他責思考」に他なりませんから。

  • 自分で考えたくない
  • 最終的には誰かのせいにしたい

そんな気持ちが、昔の僕にも少なくともあったのではなのかなと。

そうしますと、最終的に誰かの “せい” にはできますが、かと言ってその人が責任をとってくれるわけではありません。

僕も、

〇〇さんもこう言っているけど…

と、引用したり引き合いに出したりはしますが、それはあくまで「参考にしただけ」であって、

だから正しいと思う!

という結論を出しているわけではありません。

その中で自分の経験則と合わせながら、

まぁ、だからある程度は妥当だと思う

と言えればいいという、それだけのこと。

この世の中に正解がある

と思っているほうが、現代では「あり得ない」のですね。

ファクトだの根拠だのも、数字としてはうまく利用できますし、参考にはしていきたい。

一方で、もっと多角的に見られる数字があるのであれば、よりいろんな情報をとるに越したことはありません。

つまりは、

数字はそうだとしても、疑っておくことは大事だ

ということ。

どこまで行っても「イタチごっこ」なのかもしれません。

でもその本質とは、

  • 自分で考えて
  • 自分で情報を獲って
  • 自分なりの結論を出すこと

ですよね。

ここさえブレなければ、いつでも客観的な姿勢を持って、現代を生き抜いていくことができるのだと思っています。

世の中では権力者の言っていることですら合っていないことがある。だから数字を信じつつも、さらに多角的に見られるようにしておこう。

おわりに

この情報社会では、どうしても「情報それ自体」が玉石混交となっております。

だからこそ、

  • 信じつつも
  • 疑い続けること

が大事ですね。

かと言ってあまりにも疑い深くいすぎますと、いい情報が取れませんから、やはり按配は大事。

客観的に情報をとっていきましょう。

それではまた!

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