人の意見を変えようとしないこと【批判や自分の意見を述べるだけ】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

僕は議論することが好きですし、

  • 生徒さんとも
  • 友人たちとも

普通に言い合いになって(悪い意味ではありません笑)、

いやぁ、俺はそうは思わないんだよね

自分の意見を述べることが多いです。

もちろん、「そうじゃないと思う」と言われることもありますから、その時は、

いや、それも違うと思う

とか、

へーそうなんだ。そんな考え方もあるかぁ

とその都度、自分なりの意見を言うようにしています。

今日は「相手の意見を変えようとしないこと」について書いていきます。

大切なことは、自分の意見を貫くことであって相手の意見を変えることではない。でも議論することは大事なこと。履き違えないようにしよう。

議論はしていい

よく僕が熱く語っていますと、

そんな熱く議論をしなくても…

と引いてしまう人がいますが、僕からすれば、

そういう考えのほうが、むしろ引いちゃうよ笑

と感じることが多いです。

だって、「議論しない」ということでしょう?

「議論」とは、

自分の考えを述べたり他人の考えを批評したりして、論じ合うこと。

です。

みなさんだって、各家庭や会社で常にやっていますよね。

いやぁ、議論なんてギクシャクするだけだし…

と言う人もいますが、それは単なる「ケンカ」とごちゃ混ぜにしているだけです。

僕らが議論する時とは、決してその人のことがキラいで言っているわけではなくて、

  • その案だと不備がある
  • その思想には課題点がある

などの “観点” について言っているのであって、その人の性格や人間性に対して意見しているわけではないのです。(そういう時もありますが)

僕もレギュラーの生徒さん、あるいは仲のいい友達にも、

いや、僕は実は反対なんだよね

と意見することは、めちゃくちゃあります。

食生活や英語教育、筋トレや人間関係の立ち回りなどについても、僕は自分の意見を言いますね。

そのほうが、ダイレクトにそれぞれの良し悪しを感じられるからです。

あなたも間違っているかもしれないし、僕も考えを改めなければならない

こういったことも、今まで幾度となくありました。

  • 批判されると拗(す)ねる人
  • 僕の意見ととにかく否定してくる人

もいますが笑、それは議論ではなく「押し付け」になります。

それぞれの趣味趣向が違うのに、

なぜお前はカレーが好きじゃないんだ!

と言っているようなものです笑。

それはもはや、議論ではない。

だから日本では、もっとダイレクトに意見をぶつけ合うことが大事なんでしょうね。

議論それ自体は悪いことではない。その人の考え方や意見についてお互いに言い合うだけであり、「それが変だ」と言うほうがよっぽど変なのだ。

相手を変えようとしない

嫌われる勇気』を2021年に読んでからというもの、

まぁそういう考え方もあるわなぁ

と他人を意見を尊重し、受け入れられるようになりました。

他人とは、基本的には変わらないものです。

かといって、

あいつには何を言っても変わらないのだから、議論することは意味がない

と言っているわけではありません。

議論をすればお互いに発見がありますし、場合によってはその議論を聞いている人が、

なるほど。そういう考え方もあったのか

と思えれば、それでいいからです。

2026年の2月には、衆議院の解散選挙も行われますしね。

異例ずくめの解散・総選挙…法改正後初の通常国会冒頭解散・戦後最短の選挙期間
【読売新聞】 今回の衆院解散・総選挙は異例ずくめだ。 通常国会が国会法の改正で1月召集となった1992年以降、通常国会冒頭での解散は初めてとなる。12月以前に召集されていた時代を含めれば、66年の佐藤栄作内閣以来、60年ぶりだ。 1

選挙に対して、

ここの党がいいに決まっている!
そんなところに投票するのはバカだ!

と、さも自分が正しいと思っている人が後を絶ちません笑。

僕も友人や生徒さんと意見が噛み合わないことなんてよくありますし、

その党はないわ〜笑

と、遠回しに僕の意見をやじってくる人もいます。

僕自身に対しても自戒の念を込めて言うのですが、

そんなもの、どうでもいい

というのが本音です。

ネットを開けば、誰もが好き勝手に煽動したり誘導したりしています。

大切なのは、

へーそうなんだ。わかった!でも僕は/私はここに入れるけどね!笑

という姿勢だと思います。

誰かに言われたからここに入れる

という投票を繰り返していたら、それはもはやみなさん自身の票とは言えません。

選挙に行くこと自体は大事なことですし、もしかしたら「入れたい人」がいないかもしれません。

それでも、人に言われてやるよりかは、

  • 自分で考えて
  • 他人の意見も参考にして

投票したいですよね。

相手の意見を無理に変えようとしたり、批判するだけして相手を貶(おとし)めようとしたりしないことです。

議論とは、相手の意見を変えることが目的ではない。議論してゆく中で良し悪しを判断し、次に繋げていけばいいのだ。

自分の意見を精査する

僕は議論において、基本的には自分の考えや勉強してきた結果を出すようにしています。

政治についてはまだまだ疎(うと)く、一年くらいしか勉強していませんが、言われたことや意見されたことを確認しつつも、

いや、まぁそうだけど僕はこう思う

と言っています。

僕自身も、

こうした考えを持っているやつはバカだ!

と否定することはありませんし、自分なりの意見を淡々と述べます。

いやいや笑。せいじの意見は意味わからんって笑

と言われても、

へー。まぁそういう考えならいいんじゃないかな

と思い、「何がどう違うのか?」などの意見を聞くようにしています。

ただ一方で、自分の意見は “意見” としてしっかり持っておきたいのです。

  • どこが違うのか?
  • 考えを改める必要はあるのか?

という議論に持っていきたいからですね。

  1. 自分の意見を自分なりに伝え
  2. 相手の言っていることを正当に批判すること

は何の問題もありません。

そこで議論が過熱し、感情論にならないよう注意が必要ですが。

大事なことは、いつでも「自分の考えこそが正しい」と思い込まないことです。

僕も最近は保守的になってきてはいますし、その意見を主張することもありますが、

うん、でもまぁ過激な右翼とかはヤバいよな

と思うこともあります。

思想や意見、感情とは線引きができないこともありますから、

この考え方には賛同できるが、そこには賛同できない

ということなんてよくあることです。

むしろそれがなければ、議論なんてする必要がなくなりますからね。

いつも言い方が難しくなるのですが、

  • 自分の意見を主張しつつも
  • 相手からの意見にも耳を傾ける
  • そしてまた自分の意見をブラッシュアップ
  • 再び自分は自分なりの意見を貫いて発信する

この繰り返しですよね。

どんなに大人になっても、“変な思想” を持っている人はテレビでも見かけますし笑、

  • 偉いから
  • 勉強したから
  • 専門家だから
  • みんなが良いと言うから

正しいとは限りません。

僕だって間違えることはありますし、そうやってみんな未熟なまま一生を終えるものです。

だからこそ、議論して自分の糧にしてゆくこと。

相手の意見を尊重しつつ、自分なりの意見を築いていきたいですね。

相手の意見に合わせることは議論ではない。自分の意見を主張しつつ、人の意見を聞きつつ、自分なりの正しさを追求していこう。

おわりに

議論をしていますと白熱することはありますよね。

自分の意見を否定(批判)されますと、誰だって、

自分は正しい!

と思いたいからです。

でも、世の中に絶対の正解はありません。

自分と違う意見を有している人なんて、ごまんといますからね。

そこにいちいち、反発してケンカしていても仕方ありません。

自分なりの意見を築き上げていきましょう。

それではまた!

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