こんにちは。
以前行なった「ぼっち謎解き」。
肌に合っていなければ続けることはなかったのですが、同僚にこの前のぼっち謎解きのことを面白おかしくお伝えしましたら、「実はこんなのもあるんですよ」といろいろ勧められてまた行くこととなりました。
本日は第2弾ということで、今回は街を散策する系の謎解きを1人でやってきました。別に寂しくなんかありません。
(ただ都会の喧騒の中にいるはずなのに、なぜか孤独を感じざるを得なかったのはなぜでしょうか。誰か教えてください)
価格は2,400円。そこそこの値段ですね。
所要時間240分=4時間のところをなんと!
持ち前の俊敏さとキレのある頭の回転。その目にも止まらぬ謎解きの速さによって、すずきは4時間かけて解くことができました!
驚くほど予定通りでした。
そんな風にして勧められたものを次の日に実行に移す神奈川が産んだ精密機械。
今回はなぜそのように「勧められたことを試すのか」を検証していきたいと思います。
信頼性が高い
「他人から勧められたこと」と「ネットでオススメを探すこと」なんて、大差ないと思われている方もいますが、個人的には全然違うと思っています。
まずすずきは友人が少ないため(ほっとけ)、ネットで調べられることは自分でできる限り調べて粛々と執り行うことがほとんどです。
しかしできる限り、朝ご飯の改革からオススメの漫画までありとあらゆるところで別の趣味を持った同僚や友人に「何かオススメはないか?」と聞くことにしています。
それは何より信頼性が抜群に高いからです。
今回のぼっち謎解きも1回目を終えてみて「いやぁ〜オススメされた後、自分で行ってみたんですけど結構面白かったです〜」と言おうものならば「では次にこれはどうでしょう?」と矢継ぎ早に新たな課題が出されたわけでして笑。
一緒にパソコンを見ながら「これがいいんですよね」とか「これもオススメでして」とか「これはすずきさんには合わないかもなぁ」とか言って紹介してくれたんです。
やっぱり僕の人となりをわかっているので、自然と気の利いた返しが来るんですよね。
するとまたリピートしてしまうんですよ笑。
これは僕の中で「好循環」と呼んでいて、新しいことの歯車を回すためには必ず誰かその道のプロが伴走してくれています。
こればっかりはネットに書いてあることよりも体験者・経験者から直で聞く方が圧倒的に説得力があることと、その場で細かいことまで聞いて疑問を解決できるという利点が大いに見込めます。さらに一緒に取り組んでくれることすらあります。
ネットのランキングもよく参考にはさせてもらっておりますが、人から直で聞いて「ほんとに試すんじゃなかったわ」と思ったことはほぼありません。
そうした自身の経験からも、できるのであれば詳しい方に聞く方がいいと僕は思っています。
コミュニケーションのきっかけになる
今ふと思い返してみれば、この1年で新たに始めたことには、多くの人が関わっていたことに気づきました。
- ご飯の改革なら家庭科の先生
- ランニングなら元長距離走者の同僚
- 神社仏閣・美術館めぐりなら美術館などが好きな英語の先生
- 謎解きならマニアックな同僚
- カフェなら様々なカフェを熟知している女子力高めの友人
- サウナであれば高校・大学時代の友人や先輩たちサフレ
- コーヒーならハンドドリップを教えてくれた同僚
- 読書なら司書の先生始めとした友人知人
など挙げればきりがないくらい、自分の道を多くの人に切り開いてもらっている気がします笑。
そしてこの「オススメの実践」はなんと言っても「話のきっかけ」になり得ます。なり過ぎます。
「行ってきましたよ。この前オススメされたところ。」
と、ドラマ「サ道」の原田泰造さながらに言ってみれば「え?本当に行ったんですか?」となぜか驚かれつつも体験を共有したり、見逃したものを悔いたりと話に花が咲くものです。
「そうそう!あそこのあれが良くってね!」「え?うわーそこは行かなかったわ。やっちまったー。また今度行ったら絶対に寄ろう」とか。
そしたらふと今回の謎解きのように「そこもいいんですけど、あそこも是非行ってみてください」とまた好循環が生まれます。
これは自分の体験の積み重ねにおける好循環だけではなく、人とのコミュニケーションにおいての好循環も生み出します。
まぁ「話題作り」ですね。
これはすずきが生徒にもよく使う手法でして、
ゴ「この前〇〇が『先生絶対東京卍リベンジャーズみてください』って言ってたじゃん?」
生徒「はい」
リ「見ちゃったよ。いっきに」
生徒「マジすか?」
ラ「あのシーン、マジで半端なかった」
生徒「ですよね!」
という風に。
オススメした側って意外と覚えてないことが多いんですが、ふと「オススメされたあれ、やってみました」と唐突にくると一気に距離が縮まる気がするんですよね。
だから僕はコミュニケーションの意味でも、オススメされたものはできる限り試してみることにしています。
しかし一方でこちらに引き出しがないとあまりwin-winではないですよね?もらってばかりではないか、と。
ということですずきは一応、自分のその後の行動方針も決めております。
その後自分で開拓できる
最初に書いた通り「自分で調べること」は始めの時だけではなく、教えてもらった後にも行ないます。
- 自分で調べてみる
- オススメを聞く
- やってみる/行ってみる
- 自分で調べてみる
というように、実は自分で開拓することもできる限りするようにしています。
例えばサウナやコーヒー、投資やランニングに関しましては、ある程度最初は伴走してもらいましたが、徐々に自身で補助輪を外して行くといったように、自分で視野を広げようとする姿勢を持つことにしました。
というより興味本位でどんどん調べてしまうといった具合です。
いつまでもおんぶに抱っこで「オススメ教えてくださいよ」「一緒にいきましょうよ」ばかりでもあれですしね(別にダメではないですけど)。
すると今度はこちらが提供する側に立つことができます。
せっかく教えてもらったので、いろいろ自分でも歩いて回ってみたり試してみたりすることで、次回以降のコミュニケーションの際の引き出しを多く持てるようにしようといった魂胆です。ふひひ。
これによって好循環が生まれるのは間違いなく、自分の経験も増えますし友人知人との共通認識も増えます。
なんなら新しく出会う人との話にも花が咲いちゃうこと請け合いです。
まぁこれに関しては何よりすずきが1人で行動できちゃうっていうことと、単独行動が大好きっていう理由が大きく影響していますけどね笑。
いずれにせよ自分にとって負荷はないですし、何より楽しいんで無問題です。
自分の中にある循環器と、自分と他人との間にある循環器を良好に保てる効果的な姿勢だと思っていますので、以降も続けていこうと思っております。
おわりに
「他人のオススメしたものをいかにこなすか」というと、それは本質がズレているんじゃないかなと思っています。
「ここまでそんな感じで書いてたじゃねーかよ」と突っ込まれるかもしれませんが、別に自分が「違うな」とか「やってみたけどダメだった。合わないな」っていうものまでいちいち続けて行く必要はありません。
人とのコミュニケーションの円滑さを説いてきましたが、それありきで無理して行動に移しても本末転倒です。なんならオススメしたほうは忘れてすらいますから気にしなくて大丈夫なんです。
忘れてはならないのは、ちゃんと自身の本能に従うことです。
お、スティーブ・ジョブズっぽいぞ。
そもそも僕はコーヒーもサウナもランニングも読書も「嫌いor習慣化していないor趣味化していない」状態でしたし。
なんなら始めにオススメしてもらったり伴走してもらったりしたものでも、途中であきらめたりやめたりしているものも多々あります。
数回試してみて終わってしまうのも別に悪いことではないです。少しずつ「なんか面白いかも?」と思えるものがあればそれでいいのです。
だから「もっと知りたいな、続けたいな」と思い始めたらどんどん積極的に聞いていくことにしていますし、新しく始めようと思っているものでどうしても興味が止まらないのであれば素人向けのオススメを聞いたりもします。
やっぱり他人が経験した上でのオススメっていうものは間違いないですし、試す価値は大いにありますから。
なんか楽しくなってきちゃって、結果いろんなものに手を出している現状ですけどね笑。
そうやって自分の知らない世界に視野を広げてゆくためにも、人からされたオススメにできる限り反応していこうかなって思います。
無理のない範囲で笑。
それではまた!
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