こんにちは。すずきです。(@seiz_suzuki)
今日は世間でいう「父の日」ですね。
僕にも父がいますが、寡黙で非常に頭がよかったことを覚えています。
父がコンピューターに強かったおかげで、
- タイピング
- ネットリテラシー
が強くなったと思っています。
さて、今日はそんな父の日ですから、世の中の父親たちに感謝する記事といたしましょう。
いつだってスーパーヒーローだ
「お父ちゃん」というのは、いつの時代でもスーパーヒーローです。
家庭によって様々な事情があるかとは思いますが、愛のある父親のもとで育った人なら、お父さんの強さを感じたことがあることでしょう。
そこでまずはこちらをご覧ください。
子どもたちが危機にさらされた時、瞬時に状況を判断して子どもたちを救い出します。
母についての記事も書きましたが、母の包容力とはまた違った、
- 信頼感
- 責任感
が見られ、家族にとっては頼れる存在であります。
男性であってもまた違った「包容力」を感じることがあります。
- ドシッと構えている人
- 柔らかくて優しい態度の人
など、同性であってもタイプは様々ですよね。
以前であれば、思春期の娘たちから、
と言われていたような気がしますが笑、最近の子どもたちを見ると、とてもお父さんのことが好きである娘さんも多い気がします。
- 男性は働き
- 女性は家事
といった偏見にも疑問が出てきて、ジェンダーで何かをわけるのではなく、もっと多様な家庭の役割のあり方が注目されてきています。
もちろん、人にはそれぞれ得手不得手がありますので、
- 子育て
- 家庭のこと
- 仕事に集中すること
は、それぞれの家庭で取り決めがなされていればよく、それが従来の形と一致する可能性もあります。(男性が仕事中心で、女性が家事中心になること)
スーパーヒーローと言っても、どの家庭のお父さんも、
- 筋骨隆々
- 運動神経抜群
という意味ではありませんしね。
ただ、その存在は子どもたちにとっての拠り所であり、精神的に強い存在であることは間違いないのです。
とにかく献身的
「家族サービス」という言葉があるように(賛否ありますが)、お父さんは身を粉にして働いた後も、休日に子どもたちをアウトドアへ連れ出します笑。
体力のあるなしに関わらず、子どもたちと遊んであげている姿を見ますと、
と思ってしまいます。
と言われてしまうかもしれませんが、僕は素直に素晴らしいと思っています。
僕もよく子連れのお父さんたちと遊びますが、子どもたちのエネルギーとは半端ではなく(実際に僕らがそうであったように笑)、一緒に遊んでいるだけで疲れるものです。
そんな中で子どもたちに規律を守らせながら、一緒に走り回り、体力の続く限り遊んであげる姿は、常軌を逸した献身性と言ってもいいでしょう笑。
それができるのも、いつまでも童心をもっているからなのだと思います。
狩猟本能がある男性は、常に何かに興味を持ち、動き回ったり没頭したりすることが多いです。
そうした「童心」を持っているからこそ、子どもたちと一緒になって遊ぶことができるのかもしれませんね。
常に子どもたちと一緒の目線まで降りてくれるため、家族との時間を「楽しい時間」にしてくれるのですね。
友人の中には、子どもたちと一緒になって、
- BBQ
- キャンプ
- スポーツ
をしているお父さんもいます。
そうした経験は子どもたちにとってかけがえのない「思い出」となり、一生忘れられないものとなるのです。
時に厳しいのは愛情の裏返し
いつでも優しいお父さんですが、時に厳しくしてくれるからこそお父さんの威厳があるというものです。
僕の父も、僕らが何か悪いことをしたらよく叱ってくれたものでした。
それでもいつも冷静沈着で、論理的にものごとを進めてくれるので、兄妹間の喧嘩もすぐにおさりました。
- 肉体的にも
- 生物学的にも
お父さんの威力は凄まじいものです笑。
しかし、お父さんが叱るのは「愛ゆえ」です。
子どもたちを愛しているからこそ叱ってくれるのです。
つまりその「威力」とは、実は「精神的な部分」が大きく関わっているのだと思っています。
時には悪役を買って出てくれることもありますが、なんだかんだ言って子どもたちは、時に厳しさを見せたとしても、お父さんのことが大好きです。
子どもたちの将来を想う気持ちがあるから、お父さんたちは子どもたちに厳しく接するのです。
一方で、顔には出さなくても、情熱的で涙もろいのがお父さんたちです笑。
息子娘が離れて行くときは、
- 人一倍悲しみ、
- 人一倍さみしがります笑
子どもたちと厳しく接してきた過去を思えば、感動も一入(ひとしお)なのでしょう。
厳しくて優しいお父さん。
そんなお父さんたちのことを、子どもたちが慕っていることは間違いないのです。
おわりに
僕の父は、聡明で論理的、何を聞いても答えてくれるスーパーヒーローでした。
今は若年性の認知症が進んでしまい、ものの名前が出てこなくなるレベルまできました。
しかし、どんなに弱々しい父を見ても、いつまでも僕の父は変わりません。
昔挙げた結婚式でこっそり泣いていたところを見たときは、僕も涙をこらえるのが必死でした。
歳をとれば肉体的に弱くなってしまいますが、やっぱり僕の父は僕の父であり、変わらずにそこにいてくれます。
今日は父の日。
今までたくさん愛してくれてありがとう。
みなさんも全世界の父親に感謝しましょう。
それではまた!
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