こんにちは。すずきです。(@seiz_suzuki)
僕は学校の先生という「縛られた立場」で仕事をしていますが(悪い言い方笑)、実は自由奔放に仕事に向き合うように心がけています。
来年、先生をやめてしまえば、その働き方は自由になりすぎてしまい、あまり参考にならないことでしょう笑。
今日は、僕が今の仕事に対してどのように向き合っているのか。
お伝えしていきます。
ムダなことにはNOという
今は中堅ということもあって、
とはっきりと言うようにしています。
若い頃は、もっと理不尽に噛み付いていましたが笑。
昔からそうではありましたが、今でも「はっきりと言う」タイプです笑。
だからなのか、
と思うことがよくあります。
なぜなら、みんな(全員とは言いませんが)「右へならえ」で、何も言わないからです。
確かに、トップダウンの形がうまく機能する組織もあります。
しかし、旧態依然としたシステムを良しとしたまま、疑問も持たずに働くことに、僕は耐えることができませんでした。
そんな働き方なんて、「職場の奴隷」となっていることと一緒だからです。
今は少しずつですが、
- 20〜30代の力
- 頭のキレる同僚
たちのおかげもあり、職場環境がよくなってきています。
でもそれは、
「違うと思ったことに、違うと声を上げた」
からこそ、起こったムーブメントなのです。
みなさんの職場環境が100%完璧であるのならば、僕はもう何も言いません笑。
たぶんそんなことはないでしょうし、微調整しながら環境を良くしていくことが大切です。
だから「違うことには違う」と言うべきですし、自分が働きやすい環境を目指していくべきです。
しかし、
と「とにかくわがままを言えばいい」というわけではありません。
時には、
- 身を削って
- 血を流して
初めて、結果がでる仕事もあるからです。
ただムダで非生産的なことを、何も考えずに当たり前のようにやっていることに対しては、
と疑問を持つことが大切です。
そして、必ず代替案を出すことです。
文句を言うのではなく、改善を図る。
それが、自分の職場で「自由な働き方」を手にすることであり、組織を良い方向へと導くことになるのです。
自分たちの自由を大切にすること
- 職場とは
- 組織とは
縛りがあるものなのかもしれませんが、その中でできる限り自由に(生産的に)働こうとするマインドは、自分の信念を大切にしていることを意味します。
僕は教育現場で大切なことは、
- ムダな資料の印刷
- 柔軟性のない時間管理
- 長ったらしい報告だけの会議
よりも、生徒とのコミュニケーションだと思っています。
つまり、教育現場に限って言えば、
「大人たちがムダに使っている労働時間を見直すこと」
は、自然と生徒に還元されるということなのです。
会社でも一緒ですね。
これは「柔軟に考えられる大人たちを輩出しよう!」という意味ではありません笑。
「ムダを削減できる頭を持つこと」が大切なのではなく、シンプルにムダを省いて自由に働くことができれば、どんな先生でも「生徒に割ける時間」が多くなるという意味です。
- 何も考えずに仕事をすること
- 言われたことをきちんとこなすこと
は大切なことでもありますが、悪く言えば「楽」でもあります。
人間関係の亀裂を生むこともありませんし、平穏無事に日々を過ごすことができるからです。
一方でそうやって過ごしていますと、知らぬ間にストレスが溜まっていることがあります。
結果的に、仕事疲れしてしまう人が後を絶たないですよね。
だから、僕は言うのです。
と。
自分が働いている時に、大切にしている信念とは何なのか。
もしその信念にそぐわない職場環境なら、声を上げるべきですし、最終的には離れるべきです。
僕は後者の道を選びましたが、職場環境を良くしたいのは本音です。
今年いっぱいだけでも指摘をし続け、教育現場の本当のあり方を追求していこうと思っています。
自由を追い求め続けよ
働き方については、かなりの時間をかけて戦ってきましたが、やはり組織とはノロく、なかなか変わろうとはしません。
と、何も考えていない人を煽(あお)りたいわけではありません。
ただ、
- いろいろと考えた上でその働き方を選んでいるのか
- 何も考えずにただ漠然とその働き方を選んでしまったのか
で大きく意味が変わってきます。
「働き方」に対する考えの深さは、人によってまちまちですが、やはり後者には疑問を持たざるを得ません。
そして僕が働き始めた当初は、圧倒的に後者の「何も考えていない」状態だったのでした笑。
しかしその時の「教育に対する情熱」は、今思い返してみても正しいものでしたし、何より熱を帯びていました。
また経験を積んでいく上で、
と気付けるようにもなりました。
そうです。
僕はその現状に気づいた上で、自分の身の振り方を考えたのです。
そして、
- 職場のムダや非生産的なことを指摘して、
- どうやっても組織の変化が遅いことを察知し笑、
- 最終的には「職を離れる」という決断に至った。
という流れとなりました。
職場内では、何度も「こうしたらいい」「ああしたらいい」と言いましたけれど。
それだけ、自分や同僚の働き方を改善したいと思っていたのです。
僕は、
- ラクな働き方
- 効率的な働き方
を求めていたのではありません。
もっと生産的で創造的な「自由な働き方」を、ずっと求めていました。
どこの会社や組織でも、働き方の自由度は課題となっていることが多いと思います。
僕だけではダメです。
今一度みなさんが、自分の働き方にメスを入れ、
と声をあげることが大切です。
組織はなかなか変わりませんが、自由を追い求める姿勢は必ず自分の未来を切り拓きます。
自由だからこそツラく、楽ではない道のりとなることでしょう。
それでも、自分がやりがいをもって、楽しんで仕事に向かえるように、古い体質の無意味な業務を指摘して、「意味のある仕事」をしていきましょう。
おわりに
と思っていましたが、謎が解けました笑。
みんな「保守的」なのです。
失敗はしたくないし、クレームも受けたくない。
それはある意味正しい防衛本能ですが、
ということの根拠には、なり得ないのです。
どんな機関や組織であれ、いつまでも変わらずに職員や現場の方々に「息苦しさ」を強要していては、いつかどこかにしわ寄せがきます。
現に、教員の離職率は半端ではありません。
現場の考え方が「いかに古い体質なのか」が見て取れます。
安心したいのも、平穏な生活を送りたいのもわかります。
でもそれはいつか崩壊すると、僕は思っています。
だから正しく自由を求めましょう。
その姿勢を持つことで、世界の見方が変わっていくはずですから。
それではまた!
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