こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、ボリビアのラパスを旅立つということで、友人の友人も呼んでもらい、二夜連続で飲みながら語り合いました。
僕が旅を始めた理由はあるようなないような感じでして笑、
- 世界中の景色を見てみたい
- 実際に経験して話をしてみたい
というものくらいでした。
この「2」番というのは、
みたいな、現地での体験の共有を指します。
それまで僕は、海外経験が全くと言っていいほどありませんでしたからね。
今日は「世界を体験すること」について書いていきます。
僕がずっと羨ましかったこと
僕が旅に出た理由の1つとして、先述した通り「コンプレックス」がありました。
英語がしゃべれる割に、その能力を生かして「世界を回ったこと」はありませんでした。
それゆえに、知識ばかりがあるだけで「実体験」が抜け落ちていました。
世界中を旅行したことのある人たちが、
という話をしているのを聞いては、
と、話の輪の中に入ることができていませんでした。
実はこのコンプレックスは、日本各地についても同じでした。
旅や旅行に興味のない人からすれば、
と思われるかも知れません。
でもなぜか僕は、
- 山口ってどこ?
- 和歌山に行ったことがない…
みたいに言ってしまうことが、なんとも残念だったのです。
知識のない自分がイヤだったわけではありません。
その土地出身の人からすれば、
で話が終わってしまいますから、それがイヤだったのです。
つまりコンプレックスというよりも、その土地について話ができない自分が、とても悔しかったのだと思います。
と思っていたことは事実ですしね。
そこで2022年に日本各地の「行ってみたいところ」を少しずつ回るようになりました。
そのおかげで、
いろんな土地の人と「体験を共有すること」ができたのです。
といった意見もありますが、僕は逆の立場になった時にとても嬉しかったのです。
「川崎にいたことがある人」と会ってみれば、
と、その人をまるで同郷のように感じたことがありました笑。
この考え方が、僕の世界旅の根本だったのかも知れません。
実はこの「羨ましい」という気持ちは、人を突き動かす強いエネルギーになるんですよね。
今となっては、いろんなところを回った「経験」が、大きな自信となっています。
世界旅をしてできるようになったこと
先日、友人たちと話をしていた時に、
という話を聞いていた時に、ペルーのリマに行ったことはなかったのになぜか、
と感じることができました笑。
そうなんです。
当然のことですが、去年の僕なんて、
- ビザって何?
- ワクチンって打った方がいいの?
- こ、こんなに人種が違う人がいっぱい!
- 国際線って2時間前に空港にいないとダメなの?
と、わからないことだらけでした笑。
各国に着いた後も、その国の文化や公共交通機関の使い方など、
と感じたものです。
焦り散らかしたこともたくさんありましたし笑、まだ旅の途中ですので、今後も何があるかはわかりません。
ただ「新しいこと」だけれども「僕がした経験」とは事実であり、誰にも奪われるものではありませんでした。
これこそがまさに「僕のコンプレックスを埋めてくれるもの」だったのです。
- 自分で行動して
- 実際にやってみないと
人間、「わからないまま」なのです。
この「わからないこと」が「実体験」で埋まっていくことが、僕にとって嬉しくて仕方なかったのです。
その実体験をもとに、友人や初対面の人と繋がる「フック」を探し、共通の話をすることで、
そう思っている自分がいることに気がつきました。
現在、35カ国以上を回ってきたことで、すでに会う人会う人と、
と、共通の話題を見つけることができるようになりました。
また、
- 言語
- 土地
の2つからアプローチをかけることで、世界の人々とより話ができるようになりました。
いつの間にか大きく成長していた自分。
去年の自分からは想像もつかなかったのですが、ある意味「そうなるだろう」とも思えていました。
何より「実体験をしに突っ込んでいった」わけですからね笑。
そうやって体当たりすることで、自分のコンプレックスを「自信」に変えることができたのです。
また違った視点を持つことができたこと
最初こそ、
と意気揚々と旅立ったものですが、いざ現地に来てみれば、日本と違えどそこには同じように人々の「暮らし」がありました。
各国には良い面と悪い面の両面が必ずあり、そこに優劣の差なんてありません。
その視点を持てたことで、
「新しい体験を積むこと ▶︎ 現地をより知ること」
と、徐々に気持ちがシフトするようになっていきました。
良く言えば各地での体験が、「新しいもの」として獲得していくものではなくなってきたということです。
と始めた旅でしたが、現地の日本人たちと世界の話をしていても、それが別に特別なことだと思わなくなってきました。
これは英語でもダンスにおいても、同じような過程でした。
最初は、
と「羨むところ」からスタートしますが、修練を積んでいきますと、
と思えるようになりますよね。
つまりこの旅に関しましても、だんだんと慣れてきたことで「また新たな違う視点」を持てるようになったということなのです。
何事においても、「0を1にすること」は本当に大変なことです。
それでも、
- 実際に飛び込んで
- 経験を積んで慣れていくこと
これは何においても同じことであり、その後は徐々に考え方が変わってきます。
「初めて」だった世界は、だんだんとまた「違った形」に見えてくるのですよね。
と、そう思うようになりました。
旅もまた、英語やダンスと違った「特別なもの」というわけではありません。
確かにお金がかかったり、日本と勝手が違ったりして大変なこともありますが、誰もが成し遂げなかったことではありません。
始めてみれば、意外とどうとでもなるものです。
まずはプールに飛び込んでしまい、そこで泳ぎ方を覚えてしまうこと。
荒療治に見えるかも知れませんが、やってみた僕が言うのですから間違いありません笑。
どこかで「初めて」のリスクを背負うこと。
これをしてみないことには、いつまで経っても「わからないものはわからないまま」なのです。
少しずつ慣れていけば、また視点が変わっていくのですね。
おわりに
コンプレックスだった「海外の体験」。
羨ましかった友人たちの会話の輪。
今となっては海外の空気感にも慣れてきましたので、当然のように各国の話ができるようになりました。
本当に、本当にこれは僕にとっての「ブレイクスルー(=大躍進)」でした。
慣れてきたら、今度はまた違う視点を持っていくこと。
例えば、
- 言語に興味を持ったり
- 他国の文化に興味を持ったり
すること。
もっともっと開拓していくことで、また見えてくる世界も広がっていくことでしょう。
それではまた!
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