南アメリカで幸せに生きていくということ【日本と比べてわかること】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

南アメリカを縦断している現在、少し前になりますが東南アジアを回っていた頃を思い出します。

赤道に近いという共通点からなのか、

  • 匂い
  • 雰囲気

がなんとなく似ていて、

なんだか懐かしいなぁ

と思っている自分がいます。

南アメリカの人たちは、「陽気で優しい」という雰囲気をそのままにしたように、僕がスペイン語を頑張って話そうとしていても、なんとか理解してくれようとしてくれます。

優しいのは日本だけじゃないんだな

そう思えるようになりました。

今日は「旅した場所から感じる幸せ」について書いていきます。

旅したところにはそれぞれの必死さがあった。そこに日本では見出すことのできない「幸せ」が確かにあった。

南アメリカの人々

僕は、

  1. コロンビア
  2. ペルー
  3. ボリビア

と回ってきました。

結論から言えばどの国も大好きであり、もちろんその前に回ってきた国々も、好きになることが基本でした。

高地に住んでいる人たちを見ていますと、日に近いからか色黒であり、どこかアジア人のような顔つきにも見えます。

それもあってか、親近感があるのかもしれません。

ボリビアは「最貧国」と言われていたため、

大丈夫かな?

と思っていたのですが、みんなとても優しくて感動しました。

海外に来てからはほとんどイヤなこともなく、ただただ人の優しさに触れてきましたが、その中でも南米が一番肌に合っていると感じました。

確かに「安い国」は、

  1. 暮らしやすく
  2. 長く滞在するため

愛着が湧いてしまうこともありますが、どこか「日本 ≒ 欧米」という構造が捨てきれなかったため、東南アジアや南アメリカに「日本とのギャップ」を感じました。

回っているその時は、

なんだか不便だな

と、グチをこぼすもあります。

それは日本が「便利すぎた」からです。

しかしひとたび慣れてきますと、

  • 相乗りのバン
  • ギュウギュウの道

などが、可愛らしく見えてきます。

昔の日本にも、こんな時代があったんだよな…

と。

決して、

「日本 > 発展途上国」

だとは思っていませんが、現代の日本の人たちには、こうした世界を知ることで見えてくる「その時代の良さ」があると思っています。

昔はよかった

と言いたいわけでもありません。

ただ日本や欧米に住んでいる僕たちほど、こうした文化に触れることは、いろいろ考える上でとても大切なことなのだなと感じましたね。

南アメリカに来て感じたことは、親近感や人の優しさだった。日本や欧米と違うからこそ、その世界や文化を見ておくのだ。

実際に現地で感じる日本との差

  • 東南アジア
  • インド
  • 東欧
  • 南アメリカ

と、いわゆる「日本と差のある国々」を回ってきた僕ですが、そこで感じたことは、

  • 貧富の差
  • 幸せとは?

の両方でした。

前者については、イヤと言うほど感じてきたものであり、

日本で生まれ育ったことが、いかにすごいことなのだろう

と思わせられる場面も、少なくありませんでした。

しかし後者(幸せ)に関しては、いろんな国を巡ってきて改めて考えたことでもありました。

先述した通り、いわゆる “貧困な国” を回っている時は、安い分「不便」なため、多少なりともストレスは感じていました。

その上で南アメリカに来てみますと、

あれ?なんだか今まで回ってきた国を思い出すぞ?

と変な感覚に陥りました。

どこか日本のような「窮屈さ」はなく、いい意味で仕事も適当笑。

特にエンタメというエンタメもないのに「仕事=暮らし」のようでいて、人々との繋がりが強いようにも感じました。

彼らにとっての「仕事」とは、「食べるために稼ぐ」といういわゆる “ライスワーク” なのかもしれませんが、イヤイヤやっているような感じも見受けられなくて、

なんだか幸せそう

と思いました。

旅の序盤は、

なんて忙(せわ)しなくてうるさくて、ゴミゴミしているのだろう!

と、日本とのギャップに「ヴッ」となってしまった国もありましたが笑、今となってみますと、

これはこれで幸せの形なんだろうなぁ

と感じています。

ある意味、日本のように「出来上がってしまった国」は、ライスワークとして仕事が機能しているわけではありませんから、

何かないかな

と、次にあるものを探してしまうのですよね。

それが悪いことだとは思いませんが、こうして「暮らし」として仕事をしている人々を見てみますと、

日本も、いつかはそこに帰着してもいいのかもしれない

と感じました。

ただただ「貧困=ダメ」と考えるだけでなく、その国だからこそ感じる「幸せ」についても、今一度考える必要がありそうです。

まだまだ発展中の国々を回ってみれば、ストレスばかりだ。しかしなぜかそこに、人の温かさや幸せを感じたこともあったのだった。

幸せを感じて好きになる不思議

日本にいる人ほど、貧しい国に行けば、僕のようなプロセスをたどると思います。

  1. なんだこの国?!
  2. 汚いし臭いし不便!
  3. でもなんだかみんな笑ってない?
  4. あれ?もしかして日本より幸せなんじゃ…

こんな感じでしょうか笑。

何度も申し上げている通り、「貧困から目を背けていい」というわけではありません。

その点と向き合った上で、必死に働いてお金を稼いでいる姿を見ること。

僕はそこに、「働くことの原型」を見出すことができました。

僕らはどこかで、

  1. 働くことをイヤがり
  2. お金を稼ぐことに無反応になっていた

のかもしれません。

僕がこうした国々で嬉しかったことは、お金を渡すことでとても喜んでもらえた時でした。

僕も「ありがとう!」という意味でお金を渡しますから、その気持ちが出ることは「良いこと」なのです。

抽象的な表現になってしまうのですが、

なんだか今を必死に生きている

そう感じたのです。

そうです。

これはずっと、僕の「テーマ」でした。

もしかしたら途上中の国々に来た人の中には、

なんだよ、必死こいて

と思う人もいるかもしれません。

僕も「差」を感じたことは事実ですし、違和感だってありました。

しかしなぜか、そのほうが「生きている」ということを実感するようになりました。

「生」を感じるからこそ、僕はいつの間にか「途上国」と呼ばれる国のほうが記憶に残るようになっていたのです。

  • 不器用だけど
  • 一所懸命働く

現代の「効率主義」からすれば、

さっさと機械を導入してだな…

と思ってしまうかもしれません。

でもだからこそ、「仕事」に対するプライドや必死さがあります。

いい意味で「適当」なのですが笑、かといって淘汰されては生きていけませんからね。

僕も不器用ですから笑、その分「必死に生きること」をテーマに掲げるようになりました。

まさに僕らが忘れていた、そんな時代の空気感が、僕の心を打ちました。

そこに活気や幸せを感じたのです。

だからこそ、僕は南米もまた好きな国々なのかもしれませんね。

今を必死に生き、一所懸命になるからこそ幸せが生まれる。南米に来て改めて、そんな国々が好きだということがわかったのだ。

おわりに

僕は各国を回ってきたはずなのに、なぜか途上国(言い方は失礼しますね)のほうが、記憶に鮮明に残るようになっていました。

「長くいられる」という利点もありましたが、やはり「日本との差」をダイレクトに感じられるからだと思っています。

僕は彼らの暮らしや働き方、そして人柄や笑顔が本当に好きになってしまいました。

日本に帰っても、彼らのようでありたい

そんな風にすら思いましたね。

改めて旅を振り返る、南米の旅。

さて、ラストまで駆け抜けていきましょう。

それではまた!

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