30代男がクソ真面目も悪くないなと思う理由【自他共に効果アリ】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

僕は小学生時代から、クソがつくほどの真面目でした笑。

自分でも、

僕の性格は真面目です

と言えるほど、その真面目さは常軌を逸していました。

さて、そんな真面目気質はどのように培われたのか。

それによってどんなメリットがあったのか。

書いていきます。

真面目だったことを、決して後悔していない。自分にも他人にも、真摯に向き合えるのだ。

勉強によって真面目な気質が培われる

小学生時代からあまり裕福な家庭で育たなかった僕にも、親は教育教材を与えてくれました。

内容はとてもシンプルでして、公文式のような「ドリル形式のもの」でした。

勉強がなぜ好きだったかといえば、「やったことが点数に反映される」という単純なゲーム感覚があったからでした。

  • 今も昔も
  • 子どもも大人も

好きなこととは、面白い「ゲーム」ですよね。

僕の家にも「テレビゲーム」はありましたが、

  • 3D酔いをしてしまう
  • シンプルに操作が下手笑
  • 兄妹のほうがズバ抜けてうまかった

以上のことから、僕は「ゲームという市場」から撤退したのでした笑。

一方で勉強については、

  • 成長を感じられる手応え
  • 点数に反映される面白さ
  • 新しいことを学んでいる快感

など、どうやら僕にはフィットしていたようでした。

すると論理性や客観性が磨かれてくると同時に、ひたすら真面目に机に向かう姿勢も身につきました。

そうした「勉強ライフ」をエンジョイしていますと、自分が真面目な人間であるという自覚も持ち始めるようになります。

「勉強ができる = 真面目」

という公式を導き、自分に当てはめていました。

みんなが面白いと思ってもいない勉強を、僕は淡々と続けている…これってやっぱり真面目なのかな?

と。

しかし一方で、「真面目であること = 面白いくない人」という考えにも至りました。

そこからお笑いを好きになり始め、「真面目さとユーモアさ」を追いかけるようになります。

勉強は僕の真面目さの原点であり、考え方や態度にも影響を与えています。

特に友人に勉強を教えていた頃は、(当然ですが)教える時に真面目に丁寧に教えなければ伝わりません。

適当適当。どうとでもなるよ。自分でやりな!

という態度は、僕にとってはあり得ない。

  1. 勉強による論理的思考や客観性
  2. 教える時の真面目なコミュニケーション

この2つが、真面目人間を作り出したのです。

勉強は真面目さやひたむきさの原点だ。勉強に限らず、何かに勤勉に取り組んでいる人は真面目な気質がある。

真面目であることのメリットとは?(対他人)

お笑いを好きになっていった背景には、真面目で取り柄のない自分に対するコンプレックスがあります。

思春期の頃の僕は、「真面目であること = デメリットである」と感じていたのです。

  • 面白くない
  • 魅力がない

と、自分のことが「ものすごくイヤ」になった時期もありました。

大人になってゆくにつれて、意外にも周りの友人たちは「真面目であること」に対して、好印象を持っていることに気づき始めました。

先日もオンラインで友人たちとお金の勉強をしていた時に、

せいじは真面目だから、会議の雰囲気も真面目になっていくからありがたい

と言われ、

そんなバカな!

と驚きました笑。

とはいえ、喜ばれたり感謝されたりすることに関しましては、素直に嬉しいもの。

確かに、

  • 真面目な空気が苦手な人
  • 真剣になるのに抵抗がある人

もいますが、何より僕は真面目な話が大好きなのです。

すると、

真面目な雰囲気に持って行ってくれる
心配ごとや悩みごとなどの、相談に乗ってくれる

といった印象を持たれます。

「真面目である」という根っこのおかげで、簡単には信頼が崩れないようになるのです。

逆に、

  • ふざけてばかりいて内実を伴っていない
  • 一見真面目そうに見えて実は何も考えていない

この場合、

この人は結局不真面目だから、この人から得るものは何もないだろう

と思われる危険性があります。

もちろん、様々なタイプの人がいるからこそ世界は美しく、豊かであることは間違いありません。

相性もありますし、自分が心地よいと思う人たちと付き合っていけばよいです。

だから、「真面目であること」に対してそこまで悲観的になる必要はなく、むしろ好印象を持たれることもあると思っていていい。

真面目な話を聞いて欲しいという人は寄ってきてくれますし、普段話しづらい相談にも乗れる、良い機会にもなります。

すでに真面目である人は、ぜひ貫いてほしい性格ですね。

真面目さにもメリットはある。「真面目な話が苦手だが、そういう話をしたい人」にとってはありがたい存在なのだ。

何事にも真面目に向き合うようになる(対自分)

思春期当時は真面目な自分が嫌いでしたが、今となっては真面目さが様々な面で「強い味方」となってくれています。

例えば、

  • 恋愛において
  • 普段の生活において
  • 仕事(会議)において
  • 友人との雑談において

と、幅広い場面でその効果を発揮します。

恋人や夫婦間で将来について語り合うときは、真剣に話し合わなければならないことが何度もあります。

ちなみに僕は離婚するまで、彼女と真面目に話し合うことを避け続けていました。

今思えば、彼女を失うことを、心のどこかで恐れていたからだったのだと思っています。

ただ、真剣に話し合うということは、2人の「それぞれの未来」のためです。

将来のための真剣な話題を避け続けても、お互いに疑念が残り、結果的に破局してしまいます。

僕がここまで真面目に、真摯に取り合えなかったことは珍しく、それだけいろいろと思うことがあったのだなと、しみじみ思いますね。

今であれば「真面目に向き合うこと」の重要性がわかっていますので、より良い恋愛ができると信じています。

仕事や会議においても真面目さは大切ですが、これは普段の生活でも活きてきます。

僕にも、自分の人生について真面目に取り組んでいなかった時期がありました。

  • 仕事について
  • 普段の生活において
  • お金について
  • パートナーについて

など、「本当に何も考えていない時期」が存在していました。

しかし、根っこの部分の真面目さは残っていたため、

  1. 生活に節制やリズムをもたらすことを考え直し
  2. 人生の「先」から逆算するようになった

これが「人生の修正」に繋がりました。

自分で自分に、

真面目でいてくれてありがとう!

と言いたいですね笑。

考え方が真面目であれば、どの場面でも真剣に取り組むことができ、人生をより良い方向へと修正してゆくことができます。

自分に対しても良い効果がありますので、改めて「真面目であること」はいいことだなと感じていますね。

真面目になることで、人生を見つめ直すことができる。修正も可能だし、ものごとに真剣に取り組めるようになる。

おわりに

真面目であることは、

  • 礼節さ
  • 清貧さ
  • ストイックさ

ともつながりが深く、様々なメリットをもたらすと感じています。

自分のことが嫌いだった若かりし頃や、真面目さを忘れてしまっていた頃の自分。

そして真剣にパートナーと向き合えなかった頃の自分に言いたいことは、

真面目であることは決して悪くない

ということです。

ぜひその姿勢を維持して、人生について真剣に向き合っていきましょう。

それではまた!

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