幸せ

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30代にあえて初詣に行ってみる男【美しい国ニッポンに驚愕】

せいじは人生において、初詣になんて全くもって興味がなかった。この考え方が変わったのは、以前より日本のことをものすごく好きになったからだった。日本がここまで美しくあるのは、それを守ってきた人々がたくさんいたからこそ。その事実を忘れないためにも、神道の基本である神社に参拝してみたいと思ったのだ。いつも守ってもらってばかりではいけない。次は僕らの番だ。
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誰もが人に影響を与えられる存在であること【少しの力にでもなる】

先生、あるいは教育者をやっているとたまにとても感謝されることがある。せいじは教員をやっていたとき、よくそれで有頂天になって勘違いをしていたものだ。しかし実際は生徒たち自身の力であって、せいじの力は遠く及んでいない。その事実をしっかりと受け止めた上で、またその次の日々を淡々と生きていこう。それこそがまた信頼に繋がるのだ。
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学生時代に思い描いていた未来との違い【実は求めすぎなのでは?】

僕らはいつの間にか大人になって、うっかりまともになってしまったのではないだろうか。当時は贅沢なんて考えもしないくらい、毎日が輝いていて目の前のことに必死だった。大人になって経済的な余裕ができたのに、時間的な余裕はなくて考えなければならないことばかりだ。こうなるともう、人は青春時代の幸せを忘れてしまう。思い出そう。あの頃に戻るのだ。
人間関係

クリスマスも年末年始も関係なく過ごす【いつも通り淡々とできるか】

スケジュール上、何か特別なイベントとは浮き足立ってしまい、それこそ特別なことをしようとしてしまうものだ。そうではなくて、休日も長期休暇もしっかり淡々と過ごすことだ。家族とのイベントや自分なりの特別感、伝統や文化の背景があるのであれば優先すればいい。しかし、今までのペースを崩すことはあまり得策ではない。淡々と続けるのだ。
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人間は理由を探してしまうけれど…【好きなものには理由なんてない】

好きなものに理由なんてない。これは意外にもみんなが避けて通りがちな言葉だ。人間、どこかに理由を探したがる生き物だからだ。極端に言ってしまえば、人間の生活のほとんどが「豊かになりたい」という欲求からきているのであって、ムダと言えばムダなものなのだ。でもそこに幸せを感じるのであれば、それらを大切にしたらいい。それが人生だからだ。
人間関係

何事も少しずつ丁寧に進んでゆくこと【ゆっくりと着実に】

少しでも感謝されると、それだけでせいじは感動するし、より教育事業に関わっていこうと思うようになる。大切なのは何に幸せを感じるか、だ。せいじはゆっくりと着実に人生を進めてゆくことが、自分の幸せだということに気がついた。大きく飛躍することも大事かもしれない。しかしそれだけが人生でもない。投資も一緒だ。ゆっくり積み上げていこう。
人間関係

徹底的にリラックスして遊ぶ日を作る【サウナでしっかり減量】

せいじは久しぶりに友人たちとサウナに行った。久しぶりと言っても、定期的に出向いてはいるため、別に普通のことだ。しかし今回は、熱々のサウナでしっかりと3セット。そのおかげで、コロナ禍の時の自分や、マインドフルネスをしっかりしたことでととのうことができた。節制も効いていたからか、体も仕上がってきた。続けていこう。
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自分の最期についていつも考えている理由【今日を精一杯生きる】

冬の美しい毎日を送っていたせいじは、ここまで生きてこられたことに幸運さを覚えていた。せいじが30年以上も生きてきた中で、いろんな人たちがすでに若くしてなくなっていっている。そう、せいじはたまたま生きていただけなのだ。それを幸運と言わずになんと言おう。だから毎日を正しく生きることだ。大きいことはしなくていい。後悔のないように。
人間関係

他の人の痛みもわかれば相手を理解できる?【痛みの強要は不要】

この記事を読んだときに、せいじもまた多くのコメントと同じような気持ちになった。人の痛みや気持ちとは、それを体験した人にしかわからないとはいうものの、その程度とは個人によってかなり異なってくる。相手を理解させようと強行手段に出ることは好手とは言えない。100%理解してもらうことは難しい。だからもっと違う形を模索していこう。
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小さなプライドを捨てて自分らしく生きること【目の前のことを大切に】

せいじはその昔、自分が何か特別なものになれると過信していた。若さゆえのものでもあったが、実力が伴わなければただの小さなプライドと化してしまう。小さな努力を何年も重ねることで生まれることはある。それをせずに「何か大きなことを」と思っている人は注意したほうがいい。目の前のことすらできなければ、大きいことなんてできやしないからだ。
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「生」を感じながら生きる男、再び【節制から見える澄んだ世界】

少し節制を始めたせいじは、また世界の美しさを感じるようになった。名古屋で訪れた名古屋城や熱田神宮で美しい日本を感じると同時に、足るを知って人生について深く考えるリソースを得ることができた。追い込むことはしんどいことかもしれない。しかし、特に男は自分の自己肯定感の向上にも繋がるため、一度やってみるといい。見えてくる世界がクリアになるのだ。
人間関係

コミュニケーションも学びだということを知る【僕なりの社会資本の育て方】

せいじは学生時代、その陰キャを発揮することで生存本能が覚醒した。人とどう関わっていったらいいのか。小中高大と学んだものだった。教員になってからも、相手を尊重することから始めて、自分の軸も確立するようになった。こうした『学び』とは、実はコミュニケーションにおいてもとても大事なことなのだ。それを間違えないことだ。
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「コト消費」に全ベットしてみた結果【増える経験と消える執着】

せいじはモノにお金を使っていた時代があったが、だんだんとそれらに意味がないことに気がついてきた。シンプルな生活をしてゆく中で、生活に必要なことや友人との時間、旅行やホテルにお金をかけるようになっていた。いわゆる経験などのコト消費をするというものだ。おかげでだいぶ生活は豊かになり、一方でモノへの執着はなくなった。地道にこの生活を続けるのだ。
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まずは自分が何者であるかを理解する【その後、広い視野を持つ】

せいじは自分のことを知る手立てとして、内観や内省の時間をとったことがあった。それをきっかけにして行動に移すようになり、「何が自分にとっての幸せなのか」を理解しようと努めるようになった。それから徐々に、自分が共同体の一部であることも自覚するようになってきた。最初は自分からでいい。少しずつ視野を広げていくと、より自分の存在について考えるようになる。
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子どもは大人のマネをする【あなたは誇れる背中を見せられてる?】

せいじは教員時代から自分の行動や頑張りについて、いつも疑問を投げかけていた。それだけ、自分が若者たちの前に立つロールモデルにならなければならないという自覚があったのだ。現代では、せいじも含めてまだまだな大人が多い。子どもたち、若者たちにいいところが見せられるよう、常に学び続けてゆく必要がある。もっともっと頑張るのだ。
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