コンフォートゾーンから抜け出した生活とは?【僕が帰らない理由】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)

いよいよ海外生活も10日を過ぎ、当然のことかもしれませんがなんとか生きることができています笑。

面白いものでして、人間なんでも慣れてしまうもので、毎日が日本で旅をしていた土日のような感覚です。

ゴールデンウィークということもあってか、多くの日本人が台湾に訪れています。

さて、海外の放浪生活は始まったばかりですが、もちろん日本のことを考えることもあります。

ただ、

ホームシックとはまた違うような、そんな気持ちがしているのはなぜだろう?

そう思いましたので、今日は「今の僕にできること」を書いてみようと思います。

今自分が日本に帰ったところで、何一つできることなんてない。旅を続けよう。

帰りたいと思うことはないか?

旅が始まった2日目に、アイデンティティの危機を迎えました。

一体俺はこんなところで何してるんだ?

と。

2日目に、

帰りたい…みんなに会いたい…

と、何度も思いました。

しかしそれを払拭してくれたのは、ホスティルや街で出会う「人々」でした。

人々と話していく中で、そう言った「暗い感情」は驚くほど速く消えていったのです。

やはり心のどこかで、「話せる仲間」が欲しかったのでしょうね。

何度も帰りたいと思ったこの気持ちは、だんだんと薄くなってきて、

もっと自分のやるべきことに集中しなければいけないぞ

と思うことができるようになりました。

「アイデンティティの危機」は、誰もが経験するものだと思います。

僕なんか日本でさえ、初めて関西に降り立った時なんか、

あぁ…関東に帰りたい…

と思ったものです笑。

人間の持つ「安住したい」という気持ちは、どこに行っても変わらないのですね。

僕の兄もアメリカに行きましたし、妹も韓国に行きました。

友人たちは留学を経験していますし、海外に定住している日本人なんてごまんといます。

今の僕に必要なことは、彼らが感じたような「危機」を同じように経験すること。

そうして初めて、「見える世界」があると思ったからです。

日本にい続けていたら、きっとこの感情が芽生えることはなかったことでしょう。

「帰りたいと思うこと」は本能として正しいことです。

それを乗り越えて行った時に、自分が何を感じるのか。

その気持ちを大切にしていきたいですね。

自分が住み慣れた街を飛び出した時、必ず帰りたいと思ってしまう。その気持ちと海外にい続ける現実の間で、自分が何を感じるのかを確かめよう。

今帰ったとしたら?

1週間が経った時あたりに、考えたことがあります。

それは、

今日本に帰ったらどうなるだろうか?

ということです。

  • 家族に会える
  • 友人に会える
  • 美味しいご飯が食べられる

など、あげればキリのない「メリット」が頭の中を駆け巡っていきました。(こっちのご飯も美味しいですけど)

ただ同時に、頭の中に思い浮かんできたこと。

それは、

それ以上何もないじゃないか

ということでした。

決して「日本に滞在すること」を否定しているわけではありません。

できるなら今すぐにでも飛んで帰りたいですし笑、日本ほど安心できるところはありません。

だって母国ですからね。

たった10日、日本を飛び出しましたが、僕の感情はジェットコースターのようにグルグルと回転していました。

この感情が一ヶ月後、半年後に「もっと未知なもの」になっているのでは?

仮に僕が今帰ったとして、一体何ができるか。

また「何も変わらない毎日」を送るだけだ

そう思いました。

これは文字通りの意味ではありません。

仮に日本に帰ったとしても、何か新しいことをしますからね笑。

ただ、今のこの感情は「10日目の感情」であり、

「ちゃんと1年海外を回った時の感情」

を、僕は知りたいのです。

今帰ったとしても、「旅をした」という感覚はなく、みなさんに提供できるストーリーなんてこれっぽっちもありません。

もっともっと、

  • いろんな場所に行き
  • いろんな人と出会い
  • いろんな景色や文化を見て

日本に帰ってくること。

そこまで積み上げた時に、僕の旅が「形として完成する」のだと思っています。

だから、今日本に帰ったことを想像しても、本質的には何も変わらない。

海外での感情を積み上げに積み上げた先に、初めて、

よし!日本に帰ろう!

と思うことができる。

そう考えています。

僕が3月に送り出された時は、一年間ずっと積み上げたからこそ、感情が昂り、たくさんの涙を流すことができました。

それは想像することのできなかった光景でした。

だからまた、「新しい景色」を見るために、僕は一年間続けていかなければならないのです。

今の僕には何もない。もっともっと世界を見て回って、感じられることを感じ、最終的に日本に帰ってこよう。

確立してゆくアイデンティティ

海外にいますと、お店の注文すらままならない時があります。

何を言ってるかわからず、あたふたすることなんてザラです。

最初はそれが失礼だと思っていましたが、そうは言ってもわからないものはわからないので仕方ありません笑。

僕が日本で目にしてきた多くの外国人と、今の僕は「一緒」なのです。

でもだんだんと、

あぁ、僕は今、外国人なんだな

と思えるようになってきました。

外国人であるというアイデンティティ。

当然のことですが、この気持ちは初めての感覚でした。

大学院時代、アメリカに1週間だけ行ったときは、「旅行」という感覚もあったので日本は恋しくなっても、「自分が外国人である」という気持ちにはなりませんでした。

しかし、ホスティルでいろんな国の人が訪れては去っていく光景を見ていますと、

自分もそのうちの一人なんだな

という「新たなアイデンティティ」が確立されてきました。

以前の「何も知らなかった僕」にとって、今あるこの感覚は「必要な経験だったのだ」と思っています。

日本での生活を思い返せば返すほど、

あの生活に「今は」戻りたくない

と思ってしまうのです。

日本のカフェで話した光景や、職場で働いていたこと、日本中を旅したことを何度も思い出しました。

「今その場所に帰る」ということは、ある意味僕にとって「また心地よい生活に戻るだけ」になってしまいます。

言語化しづらいのですが、何と言いますか「簡単にイメージできてしまう光景」が頭の中に広がってしまい、今はそれを必死に振り払っているのです。

日本にいた時に出会ってきた「新たな人々」も本当に魅力的で、当時の僕にはそんな刺激的な毎日が必要でした。

今はただ「その形が違うだけ」です。

「人」自体はどこに行っても変わらず、日本で時間が進んでいるのと同じように、毎日世界でも時間が流れ続けています。

今僕にできることは何なのか。

それは、

「一度しかない人生で、もっと新鮮で刺激的な毎日を送っていくこと」

です。

今僕は「外国人」です。

  • 韓国にいるから
  • 台湾にいるから

日本を近くに感じているわけではありません。

すぐにイメージができるということは、僕の心の中にはずっと「日本での生活」があり続けているということ。

それなら、全然イメージのできないような、そんな国を訪れていきたいですよね。

この旅はまだまだ始まったばかり。

焦らずに一歩一歩、ゆっくりとこの世界を見ていきたいと思います。

海外にいると自分は「外国人」だ。そうやって確立されつつある新たなアイデンティティを大切にしていこう。

おわりに

この、

  • 帰りたい
  • 帰りたくない

の感情の摩擦は、僕にとって初めての経験でした。

今帰ったとしても「後悔のほうが大きくなる」と、容易に想像することができます笑。

それくらい「今している旅」が、

人生でできる「唯一の旅」なのだ

と感じているからなのかもしれません。

世界は広く、毎日刺激にあふれ、日本で過ごしている一日とは大きな違いを感じています。

100日、200日を超えた時に、一体自分はどうなっているのだろうか。

もちろん、いいことばかりではないでしょう。

でもそんな未来を想像しながら続けていく旅もまた、楽しいものです。

これからも安全に楽しく、「刺激的な旅」をしていきたいと思います。

それではまた!

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