こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
2025年の3月末はかなり忙しくて。
いえ、ただ、
と言われたことが、めちゃめちゃ多かっただけです笑。
- 全然勉強もできていないし
- 全然授業もできていないし
…と思いましたが、それでも人と会う時間は大切だと思っています。
今日も今日とて、
- 隙間時間をいかに使い
- 必死に生きていくのか
について、書いていきたいと思います。
また眠れない日々が復活
ここ数日は帰りが遅いこともあり、かつ政治関係の動画をずっと見ているためか、めちゃくちゃ夜が遅くなっています。
具体的に言えば、深夜1〜2時に寝ることも増えてきました。
おっしゃる通りです。
ただ、いろんなことを考えていますと、どうしても眠れないという日もあります。
次の日はめちゃくちゃ眠いのですし、本来の僕であれば、

と言うのがセオリーです。
それでも気になってしまうことがあるので、こればかりは仕方ありません。
先日も遅くに帰った後、
- 小一時間授業をし
- その後深夜に言語学習をする
という流れを作ってしまいました。
そう、そう言う意味では「例外は作らない」のです。
言語に触れていなければ、どうしてもなまってしまいますからね。

と「できないなり」にも、やり切ろうと思ったわけですね。
もちろん、徹夜までするわけではありませんが笑、それでも「自分との約束」は守らなければいけません。
睡眠時間を削ることは良くありませんが、それだけいろいろと考えたいことが増えてきた今日この頃。
友人たちからは、
と言われましたが、なんと言ったって僕には時間がありません。
今日も明日も必死に生きて、
- 早く寝られる時には寝て
- 遅く寝てしまった時も早く起きる
を心がけていきたいと思っています。(身体壊すぞ)
隙間時間は最大限に使え
3月の末は人と会う予定がたくさんありましたが、

と勝手に決めていた僕は笑、この移動時間も貴重な時間です。
また、夜遅くに帰ってきたとしても、少しでも時間があれば、

と、「夜の部」をオープンし、真剣に英語を教えることにしています。
僕がここまで頑張るのは、自分の生活を楽(らく)にしたいからではありません。(もっと頑張れ)
いえ、もちろんその気持ちもなくはないのですが、

と思っているからです。
いかに24時間という一日の中に「隙間時間」があるのか。
これを意識できるようになってから、僕はだいぶ時間の使い方でムダがなくなりました。
「隙間時間」とは文字通り、上に示したような移動時間だったり、何かの間の時間だったりします。
電車はいつでも座れるわけではありませんから、立っていて混んでいる時は政治などの動画を見たりもします。
スマホは1ヶ月20GB使えますが、全く使わないので余っています笑。(日本通信SIM 1,390円)

そういう風に思えたらこっちの勝ちですね。
少し余力があれば、言語学習をしても構いません。(テキストはいつも5冊持ち歩いています)
こういう生活を、僕は2021年の4月からほぼずっと続けてきました。
しんどい時もありましたけれど、本当に自分の人生を変えたいと思うのならば、まだまだ序章に過ぎません。
これをあと数年やって初めて、やっと結果が出るかどうかといったところではないでしょうか。

そう思うのです。
僕よりも頑張っている人たちなんて、ごまんといます。
だから妥協してはいけません。

と思った瞬間に、激しい後悔が僕を襲うことになるでしょう。
隙間時間でもきっちりとやり遂げる。
これを毎日続けることですね。
マジで明日終わるかもしれない
鏡を見ていますと、

なんて感じることもあります。
父親の死を経験してから、さらにより「死」を意識するようになり、今の現実世界で、
- サウナに入ったり
- 人と話して笑ったり
- 誰かのために生きたり
- 美味しいものを食べたり
している全てのことが、奇跡のように感じる毎日となりました。

そう思うとふと寂しくなりますし、なんだかやるせない気持ちにもなります。
すると、
と、他人と比較して「相対的に」自分の人生を振り返って、無理やり鼓舞する人もいます。
と言って、モチベーションをもらうことも悪いことではありませんが、僕はあまり「人の頑張り」を水準にはしません。
日本で言うところの、
- 桜
- 蝉
- 紅葉
- 雪
と言った、四季折々の「儚(はかな)いながらも美しく散ってゆくもの」に、自分をなぞらえているのかもしれません。
人生って本当に不思議でして、

と思うことが、多くの人に訪れる疑問だと思います。
ある意味「多忙」で追い込んでいる僕は、「怠惰」なのかもしれませんね笑。
目標はいろいろとあるのですが、あとはそれに向かって毎日を一所懸命生きる他ありません。
人生に王道(近道)なんてありませんからね。
「多忙」と言ったらネガティブかもしれませんが、

といえば、それは悪いことではありません。
だから、
- たとえ金欠になろうとも
- たとえ寝不足になろうとも
- たとえ身体の節々が痛んでも
僕は続けてゆくのだと思っています。
そう。
マジで、本当に、僕の人生は明日終わるかもしれないからです。
僕は大真面目です。
短い時間でも、この命が尽きるまで、できることをやっていこうと思っているのです。
おわりに
人生なんて刹那的なものでしかありません。
そこに意味なんてないのかもしれませんし、一方でなんでも理由づけすることもできます。
僕は僕なりに自分の「生」を定義して、後悔なく生きる道を選びました。
みなさんの人生は今、どうですか。
それではまた!
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