違うと思ったことには異議を唱える男【実際に行動に移してみる】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日行われた宮城県知事選挙でしたが、当選した村井知事が、会見の時に舌をペロっと出す行為をしてしまい炎上しています。

普段であれば、他人のゴシップなんて気にならない僕ですが、

さすがにこれはいただけない

と、宮城県庁に電話を入れました。

日本の未来がかかっているからです。

別に、

対抗馬の和田さんを応援していたから

という意味で、抗議の電話を入れたわけではありません。

仮に和田さんが知事に当選したとしても、同じことをやっていたら、

それは違うだろ

と言うはずです。

というより、そんな人を応援するわけもないですが。

今日は僕の性格である「正義感」について書いていきます。

僕は昔から正義感が強い。ダメなものにはダメとはっきりと言う。

クレームを入れることは悪いこと?

「これはさすがに違うだろ」と思った僕は、早速宮城県庁へと電話を入れました。

自分の両親の実家が宮城ですから、

こんなモラルを欠いた人に知事をやらせたら、大事な故郷がダメになる

そんな不安もありました。

実際、こうした「クレーム」を入れるのは初めてでした。

ちょっとドキドキしましたが、それでもクソがつくほど「丁寧に」電話口で抗議をしました。

  • 不愉快に思ったということ
  • 県外住みだが自分の実家が宮城にあること
  • 県政をする立場なのでしっかりしてほしいこと

向こうも「またクレームの電話ですね…」というような感じで、ちょっと疲れていたようでした笑。

でもこうした民意とは、とても大事です。

すでに彼に対しては苦情の電話が殺到しており、リコールの運動も始まってしまっています。

別に、理不尽に文句をふっかけているわけではありません。

「彼の政策が気に食わないから潰したい」と思っているわけでもありませんし、普通にスルーするつもりでした。

しかし動画を見てみますと、

なんだかちょっと残念だなぁ

と思ってしまい、抗議したのです。

彼も昔の写真はもっと誠実そうで、一所懸命に県政に携わっていたようです。

何が知事を変えてしまったのかは定かではありませんが、いずれにせよこうした「電話/意思表明」とは大事なもの。

みなさんを扇動するつもりはありませんし、僕は僕として「違うな」と思ったから抗議しただけの話。

またこうしたことが続くようでしたら、改めて電話を入れると思います。

何でもかんでも抗議していいわけではない。しかし「それは違う」と思ったことに対しては、しっかりと声を上げていきたいと思っている。

いつでも丁寧な姿勢を

先日、元生徒たちと焼肉屋さんに行きました。

番号札をとって待っていましたが、待てど暮らせど登録したはずの電話が来ません。

あまりにも呼ばれないため、

あの、すみません。かなり待っているのですが…

と言いましたら、

大変申し訳ございません。システムがうんぬんかんぬん…

と平謝り(言い訳)されまして、元同僚の先生と一緒に、

いや、クレームとかなんとかじゃなくて、こちらは1時間くらい待ってたんですけど…

と、ただただこちらの言い分をシンプルにぶつけました。

結果的に20%OFFにしてくれましたが、待っていた時間は返ってきませんからね。

いずれにせよ、「こちらが納得できる落とし所(=誠意)」を見せてもらえなければ、

  • 店のためにも
  • 僕らの今後のためにも

なりません。

これを「よし」としてしまったら、他のお客さんだって迷惑を被(こうむ)るわけですからね。

おかげさまで、待たされた僕は終電ギリギリに帰ることにもなりましたし笑。

「日本だから抗議(クレーム)がまかり通る」とも思っていません。

海外でも僕は、理不尽に会った時はめちゃくちゃ抗議しましたからね笑。(返金されませんでしたが)

違うものには違う

と言わなければいけないのです。

ただ、大切なことは「感情で相手を潰そうとしないこと」です。

  • 県知事へのクレームも
  • 焼肉店へのクレームも

立て続けに起こったものではありますが、ただ感情に任せて脅(おど)していたらそれこそ、

せいじ、さすがにその言い方は違うよ

と咎(とが)められたはずです。(カスタマーハラスメントにもなりかねません)

焼肉店でも、

僕らだってクレーム入れたくはないですけど…

と、淡々と伝えました。

どんなケースにおいても、声を荒らげて怒鳴ることは違うと思っています。

懇切丁寧に、だけど意見は通す。

これが大事ですね。

逆に、意見を言わなければ、それはそれで舐められてしまいます。

社会的に間違っていることは抗議すべきですし、逆の立場になった場合は「すみませんでした」とこちらも謝る必要があります。

お互い様ですね。

抗議やクレームも、感情的に相手を追い詰めるためのものではない。違うものには丁寧に「違う」と伝えることが大事だ。

間違っていることにはNOと言う

昔から僕は、

それって違いますよね?

と、ひろゆきさんさながらの「意見をぶつける怖い人」でした笑。

今回のことも含めて、別に「意見が違うやつを徹底的に潰したい」と思っているわけではありません。

いろんな意見があっていいと言うことは、裏を返せば、「僕のような意見」もあっていいということ。

そういう意見もあるよね。でも僕はこう思う

と。

「そういう人(=僕みたいな人)もいるんだよ」と、声を上げることは大事なことです。

先日書いた記事にも、

ズレたことや、相手を貶(おとし)めるような間違ったことや差別や弾圧に対して、民意としての声を上げることはいい

と書きましたが、

一方ただただ、自分の主張を通そうとすることはわがままだ

とも書きました。

議論が大事なだけであって、「自分は正しいのだ!」と半暴力的に声を荒らげることは違います。

それは僕も同じこと。

いつでも「討論/議論」が必要なのですね。

僕は昔からそうですが、

違うものには違う

と言ってきたほうでした。

それは正義感から来るものでもあるのでしょうけれど、さらにいえば「議論」が好きなのかもしれません。

自分の正しさを証明したいのではなくて、

俺って本当に間違っていない?!大丈夫だよね?

と、むしろ自分を疑っているのかなと笑。

え?それって本当に合ってるの?それでいいんだっけ?

とね。

しかし少し前には、論理性を欠いたコメントが来るだけであって、Xでも有力な返信が来たことはありませんでした。

あまりにも行きすぎた正義感とは、時に人を狂わせてしまいます。

だから僕も、先述した通り「感情に任せること」はできる限り避けるように努力しています。

さすがに、全ての感情をコントロールすることはできませんけどね。

それでもやはり、議論をしたいわけですから、

これについては、違いますよね?

と、理論で話します。

実は今朝の授業でも、変に高市首相の「馬車馬発言」を揶揄(やゆ)するような生徒さんが入ってきましたので(中国の方でした)、

ううん。それは違う。少数の人がただ叫んでいるだけで、彼女は国民に「働け」なんて言ってないですよ笑

と、普通に否定しました。

彼女に対する若者の支持率は8割ですし、マスメディアが正しい報道をしているか微妙とはいえ、全体で見ても7割台ですからね。(僕は是々非々で見たいですが)

意見があることはいいことです。

ただ、主観で意見を言うのは違うということ。

調べもしないで言うのもまた、違うということ。

もちろん、

せいじ、それは違うよ

と言われることがあれば、「なるほど」と思ってひたすら調べます。

違うと思ったら、丁寧に疑問を呈してみることが大切。

これからも、この姿勢は大事にしていきたいですね。

以前から僕は、違うものには違うと言ってきた。しかしそこに感情を乗せてしまったら、ただの主観的な主張だ。多少の感情は乗ってもいいが、客観性も持ち合わせておきたいところだ。

おわりに

今回の宮城県知事の村井さんに対しては、残念な思いがあります。

そのポジションになったからには、誠実に仕事に取り組んでほしいからです。

それができないのであれば、僕はまた異議を申し立てようと思っています。

大事な故郷ですからね。

みなさんも何か言う時には、しっかりと客観性を持って意見しましょう。

僕も気をつけます。

それではまた!

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