もう一度ルーティンを確認する男【変化の中にある規律を守る】

雑談

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

前回、引っ越しが完了したことをお伝えしました。

本日は、

  1. 転居届
  2. マイナンバーの変更
  3. 警察署で免許の住所変更

をやろうと思っており、今は市役所でカタカタ打っています。(住民票要らず。無事終了しました)

本日は「ランニング・デイ」となっておりましたので、ほぼコースは変わりませんがいつも通りの10kmのラン。

やはりここでも効いてくるのは、変わらない「ルーティン」ですね。

いつも通り選挙の動画やライブを見てから、

よし。走るかー(イヤだけど)

と、いつも通りのランニングをこなしました。

今日は再びルーティンについて書いていきます。

いつでもルーティンを崩さないことだ。それは頑固になるという意味ではない。自分のリズムを崩さないことで、また普段生活に戻ることができるのだ。

変化の中で日常を戻す

先日引っ越してきた僕ですが、

あれ?今日ってもしかしてランニングの日だっけ?

と、なんとか目を背けようとしていたその「事実」に気づいてしまい笑、

風も強いし行きたくないけど…仕方ない。行くか

と行って参りました。

  • 引っ越そうが
  • 海外を回っていようが

やるべきことは変わりません。

それは、前回の記事でも書いたとおりです。

誰にでも「疲れた日」とはありますし、僕もたまに外出するような特別な日は、

お?じゃあ特別になんか食べちゃおうかな?

と、スナックを買ったりもします笑。

それでも、ある程度はルーティンに忠実であるべきだと思うのです。

人間とはどこまで行っても動物であり、

  1. 太陽が昇ったら起きて
  2. 太陽が沈んだら床に就く

生き物だからです。

それぞれ若干ルーティンの違いはあるでしょうけれど、基本的な生活リズムは変わらないですしね。

あとは、

  • 何を食べるか
  • 仕事に熱中できるか
  • 運動を定期的にするか
  • 友人と会って社会資本を育てているか

などの選択によって、その人の人生の豊かさは決まってきます。

あまりにも特別な状況でない限り、普段自分がやっていることを崩さないことです。

変化があったとしても、できる限りすぐに元に戻してゆくこと。

飲みに行ったりどこかに出かけたりするのも、“たまに” だからいいんですよね。

変化があっても、ルーティンを崩さないことだ。そうすることで、また普段の自分に戻ることができる。

ルーティンを戻す必要性

僕がこのようにルーティンを戻すのには、様々な理由があります。

その一つが、

自分に言い訳をさせないため

でもありました。

ルーティンの一部としてランニングがあるのですが、例えば仮にそれをやらなかった場合、

なぜ今日は走らなかったのか?

と、結局は自問自答することになります。

その場合、できなかった理由とは、単に「言い訳」であることがほとんどです。

  • 寒かったから
  • 疲れていたから
  • なんとなく風が強いから

などなど。

人間とは言い訳の天才ですからね。

しかしそれ以上に大事なこととは、「その後に自分がどう思うか」ということ。

もちろん、

とにかく体を壊してまでもルーティンを!

だなんて思っていません。

本末転倒ですからね。

ただ、大抵の人はなんだかんだ言って「やらない」のです。

僕もそうでした。

そうやって言い訳した後に残っているものとは、一体なんだと思いますか。

それは「後悔」の二文字です。

あぁ、今日もできなかったな…

と。

だから僕は、半(なか)ば無理にでもやるのです。

自分がその後、絶対に後悔すると知っているから。

それだったら、どんな環境になったとしてもやったほうがいい。

世界一周の時には、なかなかランニングはできませんでしたが、ブログを書いたり動画編集をしたりしていましたし、食生活も質素なものがほとんどでした。

いろいろとカスタマイズしながら、「その時なりのルーティン」にすればいいだけのこと。

いずれにせよ、自分を高めるために普段からやっていることをやめないことです。

「ルーティンをやめること = 単なるあきらめ」

と言ってもいい。

引っ越したばかりだし…

では、明日からやるのでしょうか。

では、来週からやるのでしょうか。

そう。

いつ始めようと、遅らせた事実は変わりません。

だったら早いほうがいい。

自分との約束に対して、理由をいろいろとこねくり回して、言い訳をしたいだけなのです。

昔の僕はそうでした。

もう僕は「あの頃の自分」に戻りたくないんですよね。

何があっても、やり抜いてきたことを貫き通すこと。

自分に負けないために、僕はルーティンをすぐに戻しているのです。

僕がルーティンを戻すのには、それなりの理由がある。それは過去の自分に戻りたくないという、強い反発から来ていることが大半だ。

環境を自分のものにしてゆく

さらに言えば「いつもの自分」にすぐに戻すことができますと、気持ちが安定します。

移動したり、変化が訪れたりするたびに、人間とは「緊張するもの」です。

荷物を整理したり環境に適応したりする日とは、シンプルに疲れますからね。

しかしそこでも、すぐに適応する力が大事です。

特にランニングをしていますと、

あ、ここにこんなものがあるのか

と、文字通り「」で近所のいろんな場所を知ることになります。

ルーティンをもう一度戻すことで得られることとは、実は多岐に渡ります。

  • メンタルの安定
  • 自分との約束を守る

それらに加えて、環境に適応していけるということ。

もちろん一週間、一ヶ月とかけて慣れていったって構いません。

少しずつ、今いる環境を「自分のもの」にしてゆくのですね。

環境を支配できるようになってきますと、ムダにリソースを割くことがなくなります。

簡単に言ってしまえば、不安がなくなるということ。

なんだ。環境が変わってもやることは変わらないのだな

と。

特に今日行なった、

  • 市役所
  • 警察署

における住所変更も、ほぼ事務的なものであって、施設に行ってしまえばなんとか解決しますし、それがまた「変化における自信」となります。

日本の、世界の、いたるところを自分の地元のようにすること

僕はこんな考え方もあって、世界一周をしました。

全ての土地を完全に回り切ることは、誰にとってもほぼ不可能に近いものですが、

  • 広く
  • 浅く

でもいいので、多くの国や地域を知っておくことです。

その環境が、心的に “自分の土地” みたくなれば、こちらのもの。

環境に呑まれるのではなく、環境を支配すること

なんだかカッコつけているみたいですが笑、僕はこんな風に考えることが多いです。

その一手として「ルーティン」は必要であり、日常をいかに早く取り戻せるかがカギとなります。

近くに越したということもありましたので、もう2〜3日にして慣れてしまいました笑。

朝活や図書館での作業も、特に変えていませんしね。

食生活も、ほぼそのままです。

さぁ、また “いつもの日々” を過ごしていきましょう。

環境に呑まれてしまうのは、いつもの自分を見失っているからだ。そんなことがあっても、しっかりとルーティンをこなし、いつもの日常に戻していこう。

おわりに

変化の中でも続けてゆくこととは、僕の中のテーマでもあります。

そこに言い訳を付(ふ)してしまった時には、過去の自堕落な自分に戻ることでしょう。

そうはさせない。

後悔しないためにも、また新たな毎日を過ごしてゆくのです。

それではまた!

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