こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
今日もいつも通り近くのドラッグストアに寄りますと、商品棚の一番上にあるストック用(?)の缶が取れなくて、一所懸命背伸びしている女性の店員さんを見つけました。
彼女が諦めてしまいましたので、

と、取って差し上げました。
そうしたら、
と、感謝されました。
大したことではないのかもしれませんが、やはりこうしたところに自分が「日本人としての誇りがある」ということに気が付きます。
情けは人のためならず。
回り回って、いつか自分に返ってくるものです。
今日は「ちょっとした優しさ」をお伝えしていきます。
小さなことからコツコツと
今日はたまたまそうした場面に出くわしたものですが、生きていれば「そのような場面」に出会うことがあります。
昔から日本では、
という精神が育まれてきました。
基本的には賛成ですが、これが行き過ぎますと、TAKERたちが列を成してやってきます。
と。
以前から取り上げているように、こうした「一方的な自己犠牲」は何も生みません。
ただただ吸い取られて終わりでしょう。
そうではなく、
- 困っている人がいたら
- 自分ができる範囲で手助けする
ということ。
「ボランティア」は聞こえがいいですが、長続きするものではありませんからね。
ただ、自分にできる身の回りの小さなことは、いつの時代になってもやっていくべきものだと思っています。
僕という人間は一人しかいませんが、

昔からの精神です。
優しさとは、決して歴史的に何か大きなことを成し遂げることだけではありません。
- 地元で
- 目の前で
起こるような小さな出来事にも、目を向けられるのかどうか。
僕はこうした「小さなこと」を大事にできる人のほうが、よっぽど価値があると思っています。
人間とは社会的な動物であり、決して一人で生きているわけではありませんからね。
感謝を積み上げてゆく
感謝されることとは、実はそう簡単に実現できないものでもありますが、困っている人(ニーズ)に対してサービスや助言、手助けを提供すれば「ありがとう」と言ってもらえます。
それを探し求めることがビジネスであり、人の問題や悩みを解決することで、お金が発生するという原理があります。
ただそこには、

と思っています。
だからボランティアだって、別に全否定しているわけではありません。
今回のように、商品棚の上の缶を取ってあげたからと言ってお金は発生しませんでしたが、僕は善意で困っている方を助けただけでした。
僕が偉いわけではなくて、ただ当たり前のことをしたまでです。
と言って誰の感謝を得ようとすることもなく、目の前のお金にだけ目が眩(くら)んでいましたら、その人はいずれ失脚していきます。
僕が2022年頃から英語の授業を毎週2回、夜にしていたのは、この「お金にならない部分」の大切さをとても強く感じていたからでした。
結果的にはいろんな人から、
- 奢ってもらったり
- お土産をもらったり
場合によっては「送金させてくれ!」と言われたこともありましたので、丁重にお断りさせていただきました笑。
いえ、これが人間とは面白いものでして、下心とはすぐに勘付かれるものです。
また、こうしてブログで発信しているものですから、僕の人となりは純度ほぼ100%でみなさまに伝わってしまっています笑。
小さな積み重ねをしていますと、それが回り回って返ってくるというのが、後述する「情けは人のためならず」という言葉です。
感謝を積み上げるために何かをすること(=GIVE)だって、こちらの労力やエネルギーを使わないわけではありません。
そこを理解し合える人と共鳴して、また人のために生きてゆくといいでしょう。
情けは人のためならず
以前も、この内容については触れています。
別にいつも感謝をしてもらうために動き回っているわけではありませんが笑、

ということは、あながち間違いでもありません。
自分にそのバイタリティがある限りは、できる限りのことはしていきたいと思うのです。
以前からGIVEを意識している僕は、いつでも自分に言い聞かせています。

と。
もちろん、資産を確保することは大事ですし、何度も申し上げるようにボランティアばかりで人生を積み重ねていくこともまた、いつか限界が来ます。
ただ、

という態度でいますと、どうも自分が自分でなくなってしまい、やはり人間関係から崩れていきます。
- 無償でやれとは言わないが
- その先にある利益を追い求めすぎない
という、なんとも絶妙なラインで与えることが、僕が大事にしているポイントです。
こればかりは「正解」といったものがないですし、もしかしたら僕は大損をしているのかもしれません笑。
書店でビジネス書を見れば、
と書いてあることもあります。
それでも僕がこうした「小さな種」を蒔き続けるのは、それがいずれ大きくなると信じているからです。
それに、

といったような、金銭的な考え方だけにとらわれていないからなのかもしれませんね。
将来、回り回ってきた「利益なるもの」は、また次回の「誰かの何かのため」に使うことができるようにもなります。
そのためにまずは、僕という人間から時間や労力を割いたりして何か手助けをすること。
そうして与えてあげたら、今度はその人ができる「何か」をまた「誰か」に渡していくようになります。
この循環をしっかりと絶やさないようにするためには、僕自身の「哲学(=いわゆる芯)」が大事ですね。
清く正しく、今日も人のために奔走してみましょう。
おわりに
このようなふとした小さな瞬間とは、いつでも起こるわけではありません。
しかし、常にアンテナを張って手助けしていますと、人生は豊かになっていくこと間違いなしです。
小さなことから積み上げる人が、人生を豊かにしていきます。
みなさんはどうしたいですか。
それではまた!
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