僕が他人に自分の価値観を押し付けない理由【自分の人生に集中】

雑談

こんにちは。すずきです。(@seiz_suzuki

今まで「適当な人生」を送ってきた僕ですが笑、自分の価値観や考え方を他人に押し付けたことはありませんでした。

こうしてブログには書き綴っていますが、あくまで「自分が思うこと」を自由に表現しているだけだと思っています。

みなさんの周りには、「押し付けがましい人」はいるでしょうか。

  • 先輩
  • 上司

など、上の立場に立つ人ほど、良かれと思ってしているはずのアドバイスが、いつの間にか、

お前はこうしろ、ああしろ

と「押し付け」に変わっていることがあります。

今日は、僕が「なぜ人に自分の価値観を押し付けないか」について書いていきます。

それぞれの人生だ。人に押し付けられた価値観で生きる人生なんて、生きた心地がしない。

他人の人生をコントロールしようとするな

学校という特殊な場所で働いてしまいますと、先生は「王様/女王様」となってしまい、あれやこれやと生徒に言いたくなってしまいます。

もちろん、

  • 勉強法
  • アドバイス

など、人生の指針を示してあげたり、自信をもってオススメしたりすることもあります。

しかし、

お前はこうしたほうがいい

と、まるで「それ以外の選択肢はあり得ない」と言わんばかりの先生もたまにはいます。

僕も気をつけなければいけないことですが、それぞれの先生の生きてきた人生が、決して全ての生徒にとって正しいとは限りません。

生徒それぞれの、

  • 家庭状況
  • 経済的背景
  • 将来の展望

があり、総合的に考えてアドバイスをすることくらいしか、先生たちにはできないのです。

最後の決断は生徒にさせるほうが、望ましい指導だと思っています。

うん。君がそうしたいならそうしたらいい。俺の人生じゃないし

と、僕はいつも生徒にも保護者にもこのように伝えるようにしています。

うちの子、寝坊が多くて…
うちの子、全然勉強しなくて…

すると僕は、

いいんじゃないんですか?彼/彼女の人生ですから。お母様/お父様には関係のないことですよ

と言ってしまいます笑。

最低限、「家族」という集団で過ごす障壁になっていないかを考えさせ、家族に不利益を与えている行為なら改善しなさいと伝えます。

結局、最後に行動するのは「その人自身」です。

無理やり何かをやらせたって、本人が納得しない限りやりたいと思うはずがありません

僕は押し付けがましい人を見るたびに、「北風と太陽」を思い出します笑。

これは旅人に対して、

  1. 風で無理やりコートを脱がせようとするか
  2. 暑さで自然とコートを脱がせようとするか

という童話です。

僕は、圧倒的に「太陽」のやり方(自発的に行動させる方法)のほうが良いと思っています。

そういえばこの前、生徒が授業に遅刻してきました。

体調が悪くて…
無理してまで学校に来なくていいのに
いや、親に行けって言われたので…

そこで僕は「は?」と思ってしまいました。

なんだ?親に行けって言われたから学校に来たのか?自分のことくらい自分で決めろ!

と言ってしまいました笑。

親も親だな、と。

ある程度の教育や指導も必要ですが、「〇〇をしろ」という押し付けがましさには違和感を覚えます。

何が正解だなんて、この世の中にはありませんからね。

  • 思いのままに操ろう
  • 他人をコントロールしよう

と思う「北風タイプ」の人。

そんな人のアドバイス(押し付け)には、人は反発してしまうのが普通なのです。

人をコントロールしようとすればするほど、人は反発する。その人の人生くらい、その人自身に責任を持たせよう。

自分の価値観が正しいとは限らない

以前、僕は宗教に属していたこともあり、「押し付けられること」に対する抵抗がありました笑。

確かに、

  • 自分が成功した経験
  • 自分が信じてやってきたこと

は、それぞれが持っており、その経験値があるからこそアドバイスができたり、教えを請われたりします。

ただ、僕が間違えないようにしていることは、

「自分の経験が全ての人に応用できるわけではない

ということです。

別に予防線を張っているわけではなく、

俺はこうやってみた。ただ、いろんな方法があるから参考程度にね

と、必ず1つのやり方を盲信しないことも伝えます。

その人が試してみて、その手法が合うかどうかはわかりません

とりあえずアドバイスはしますが(例えば英語の勉強法など)、後はその人の人生ですので、

  • 相手から何かを期待したり
  • いいアドバイスだったかどうかを不安に思ったり

する必要はありません。

こうして呼吸をするようにブログを書きなぐっている毎日ですが笑、僕の考えが100%正しいと思ったこともありません。

ただ、「自分の伝えたいこと」を好きなように書いていますと、

わかるー!
そんな見方もあるのかー

という感想が多く、読まれた方はそれぞれ自分なりに消化されています。(質問や反論もありました)

自分の価値観が絶対に正しいのであれば、僕はもはや「神か仏」となってしまいます笑。

ある程度、

  • 自分の信念
  • 生き方の方針
  • 大切にしている行動指針

などは、信じて貫いていることもあります。

しかし、それらを他人に押し付ける必要は全くなくて、後は自分で自分のやっていることが正しいかどうかを見極めていけばいいのです。

「押し付けること」=「自分が(ほぼ)100%正しい

と思っていることに他なりません。

また、

「相手の考えが間違っている」

と断言しているように捉えることもでき、相手への敬意が見られないことも意味します。

人間は完全じゃないのだから、正解だって間違いだってどちらもあるはずです。

  • 自信を持つな
  • アドバイスをするな

と言いたいのではありません。

常に他人からの意見を「自分なりに」消化すること。

そして、他人に自分の意見や信念を押し付けるのではなく、シェアしようとする気持ちを持てているかが、大切なことだと思います。

人間誰しも「100%正解であること」なんてあり得ない。他人と考えをシェアしようとすることが大事だ。押し付けてしまっている人は、「自分が正しい」と思い込んでいるだけだ。

押し付けている時間はムダな時間

僕が人に価値観を押し付けなくなったのは(つまり、以前はしていました笑)、その時間がムダであると、ハッキリとわかったからでした。

  • 何を言っても変わらない相手
  • 伝わっているのか行動に移しているのかは相手次第

と、自分の範疇を超えていることに、何を言ったってムダなのです。

押し付けようとしている人は、往々にして「うまくいかないこと」にむしゃくしゃしていることが多いです。

その時間は、本当に意味のある時間だろうか?

そう感じ始めてから、人に押し付けることをやめるようになりました。

それだけ、自分のことに集中するようになったとも言えます。

  • 人に教えている時間
  • アドバイスしている時間

は、「相手にGIVEしている時間」だと思います。

一方で、

  • 人に無理強いしている時間
  • 人に自分の考えを分からせようとしている時間

は、「相手に押し付けている」時間です。

もちろんその人との関係もありますので、

「〇〇をしたら押し付けだ」

と決めつけることはできません。

ただ、自分の考えや意見をわからせようとしている人を見ていますと、余裕がなくて心が貧しい人なんだなと思えてしまうことは、経験上よくありました。

考えや行動を押し付けている時間は、

  1. 相手のためにも
  2. 自分のためにも

なりません。

「相手をどうしたいのか」よりも、「自分がどうしたいのか」と考えている時間のほうが、圧倒的に自分を軸にして人生を生きていることになります。

人に考えを押し付けず、自分の信じる道を行けば、それで十分なのです。

人に何かを押し付けている時間ほどムダな時間はない。アドバイスなどのGIVEと違って、相手も自分も消耗してしまう非生産的な時間だからだ。

おわりに

僕自身も以前は、

  1. 自分の考えが正しいと思い込んでは、
  2. 他人に自分の考えをわからせようとしていた

ものでした笑。

また逆に、

勝手に考えを押し付けられ、勝手に怒られた経験

もあります笑。

  • 人の意見はあくまで参考程度
  • 僕のブログもあくまで参考程度

でよいでしょう。

それでもいいところを伝えたり、もらったりすることは大切なことです。

ほどよい関係を築きながら、押し付けがましく情報を与えようとせずに、フワッと渡す感じがいいのかもしれませんね。

僕も先生として気をつけていきたいと思います。

それではまた!

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