こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
本日、僕が教師をやっていた時に教えていた生徒と一緒に、お昼から夜までずっと話しながら時を過ごしました。
以前にも、宮城に帰った際に従兄弟と話をしたように、
と思ったものです。
今日も今日とて、
- 世界一周の話
- 幸せの見つけ方
など、自分がここ数年で築いてきた「経験」をとにかく伝えました。
今日は「僕の人生は完成していて、それを伝えることが仕事なのだ」ということについて書いていきます。
30代で考えた日々
僕は現在34歳ですが、2021〜2022年で「内省/内観」をしまくり、毎日3分間のマインドフルネスまでしていました。
その時は、
- 人生について考えては
- 実際に行動に移してみる
ということを、「死ぬほど」繰り返していました笑。
人生の中で一番本も読みましたし、いろんな職種の人たちとも交流しました。
ここまでアウトプットしていますと、
と感じましたね。
- 何に幸せを感じ
- 何が自分に必要なのか
を理解し、
と思っていたからです。
まだまだ未熟だとは感じている現在ではありますが、
- 起業
- 税金関係
などが自分の中でわかってくれば、
と思っています。
もちろん、その話以前に稼がなければお話にならないのですけれどね笑。
そうした「挑戦」に関して言えば、もっともっと先があるのですけれど、「自分の幸せ」ついてはもうある程度わかっていますので、
という「シンプルなこと」について考えていけばいいだけです。
そうした意味では、日本に生まれたことで僕は自分の人生にある程度の「完成」を見つけていました。
- あまり食べすぎたり
- 物欲にまみれすぎたり
することは、もう今ではありません。
「ちょっとした幸せ」については、もう知っていますからね。
そうしたらあとは、収入のこと(=稼ぐこと)だけを考えればいいだけのこと。
僕の生活水準は、30代の前半ですでに完成されていたのでした。
経験をふんだんに伝えていく
ありがたいことに、元生徒や友人たちから呼ばれることが多く、
と言われ、何時間も語ること(議論すること)があります。
僕は数年前から「幸せ」について考えては、その都度行動に移すことで、
と感じていました。
「経験」がたくさんあるため、それについていくらでも話すことができるのです。
単に「自分の気持ち」について語ることもいいことですが、それだと抽象度が高い上に、あくまで「個人的な意見」で終わってしまいます。
そこに具体的な、
- お金や費用
- 経験としての事実
などが入り込んできますと、説得力を伴うだけでなく、本当の意味での「アドバイス」となり得ます。
僕は、この「経験を伝えること」がたまらなく好きなのです。
僕のほうから誰かを捕まえては、
としゃべることは、実はあまりありません。
誰かから聞かれる(=ニーズがある)からこそ、熱を入れてしゃべることができるのです。
- 自分が死ぬほど考え
- たくさん経験してきたからこそ
伝えることができますよね。
僕なりの「完成された人生」を、若い世代や友人たちに伝えていくことができますと、その瞬間もまた嬉しいのです。
むしろそのために、自分が先陣を切って突っ走っているような、そんな感じですかね。
僕の身近に「そのような人」がいなかったからこそ、僕がその一役を担うのです。
偉そうにすることではないですが、やはり「行動した人/経験した人」にはそれだけのアドバンテージがあります。
その分リスクを取りに行くわけですが、リターンもまた大きいのです。
と会ってもらえることなんて、以前の僕にはありませんでしたからね。
今の僕は、30代前半でした読書や経験のおかげで、本当の意味での「先生」になれているのだと思います。
- 経験をして
- それを教え伝えてゆく
学校を飛び越えて、僕は自分で社会と、世界と戦っていくことに決めました。
その経験を伝えることが、教育者としてのミッションなのです。
いつまでも僕は先生だ
先述した通り、僕は学校という枠を飛び越えて、以前の教え子たちと会うことが多くなりました。
本日、元教え子と会ったように、やはり僕はいつまでも、
と思っているということに気づきました。
30代に入ってからたくさん考え、本を読み、行動に移したことは決して、
「黒板の上だけでは伝えることのできないもの」
にまで昇華しました。
- 教壇を降りても
- 教員を辞めても
僕はいつまでも「教育者」であり、教育の形や方法が変わっただけなのです。
今でも彼ら生徒たちとはSNSで繋がっていますから、僕の動きも手に取るように知られています笑。
彼らにとって僕の動きが魅力的に映り、「失敗」や「ワクワク」を模範としてくれれば、僕はそれだけで「教育者」としての責任を果たせているのかなと思っています。
だから人生として「完成」したとしても、挑戦し続ける姿を見せていきたいですし、
という質問にも答えていきたいのです。
実は今の若い世代の子たちほど、
- 人生について考え
- 将来について考え
必死でもがいています。
僕らが若かった頃は、ある意味「レール」が決まっていて、選択肢を考える余裕やアイデア、その情報すらありませんでした。
と言いたいわけではありません。
その時代その時代の「生き方」がありますからね。
僕らの世代、あるいはそれよりずっと前にも、「開拓者」は必ずいました。
だから言い訳はできません。
むしろ今は、僕の行動をSNSで生徒たちに「見せること」ができる時代。
それなら以前よりも「教育者」として、現場を離れてもできることがより多くあるはずなのです。
- どこに行こうと
- いつまで経っても
僕は「教育者」であり「先生」です。
学校に勤務していた頃と、挑戦する姿は変わりません。
ただ今のほうが、より「リアルな社会」で戦える立場となりました。
今まで築き上げてきた「生き方」に加えて、そこで戦う姿を見せること。
いつまでも僕は、教育者として前に進んでいくのです。
おわりに
生徒とサシで話していますと、あまりにも熱く語るものですから、
と言ってもらえました。
これほど嬉しいことはありませんよね。
でもそんな僕にも、実はまだまだやるべきことがたくさんあります。
少しずつ、少しずつ、前を進んでいきますね。
それではまた!
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