海外で人に会える奇跡に感謝すること【一方で与えてもいるから】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日からロンドンに入り、一日いろんなところを見て回ったのですが、その後に大学時代の後輩と会うことになりました。

実に9年振りの再会となりましたが、お互い生活が変わったこともあって、いろんなことを共有することができました。

なんだかんだで、結局人と会っている旅になっちゃってるなぁ

旅を始めてすぐにハノイで「初めまして」でお会いした方にも、本当にすごく良くしてもらって、いつの間にか幸せな旅となっていることに心底驚いています。

今日は「助けられること」について書いていきます。

いつも僕は助けられてばかりだ。でもそれは与えているからこそ。受け取った時に感謝してまた与えていこう。

結局人に会う旅になる

僕の友人たちとは素晴らしい人たちばかりでして。

僕よりも何年も早くから海外に出ており、広い視野を持っている人が多いです。

現在日本にいる方もまた、海外経験を経たすごい人たちばかりですが、海外で活躍している人たちも血の滲むような努力を重ねて、海外で戦っています。

僕の旅は、実はこの人たちのことが旅の視野に入ってはいませんでした。

そもそも思いつきで始めた旅でしたから、「人に会おう」だなんて思っていなかったのです。

結局は、海外で活躍している日本人たちに会うことができて、

海外で会うって、実は大切なことなんだな

と思いました。

なかなか会いに行くことはできませんし、彼らからすれば、

なぜここにせいじがいる?

と感じるようでして、かつ、

このストリートを、せいじと日本語で話しながら歩いているのが不思議

とまで言われる始末です笑。

それくらい、遠いところで出会っているということを感じるのです。

でもせっかく遠くまで来たのですから、できれば海外の人たちと会いたいものです。

その「出会い」を少しずつ繰り返していますと、

人と会うって、本当に価値のあることなんだな

と思うようになりました。

たとえ海外を特別視するつもりはなくても、海外勢からしても驚くべきことらしいのです。

結局は人と会うことが楽しくなってしまった旅。

なんだかんだと言って、

  • 日本でも
  • 海外でも

人に会う日」が待ち遠しかったことを思い出したのでした。

結局は人を求めていた僕。海外で人と会うということは、とても稀有なことなのだ。

ずっと助けられてばかり

僕の人生は、いつも助けられてばかりでした。

彼とのラジオでも、いかに自分が助けられてきたのかを語っています。

今回の旅でも「具体的にどう助けられたとか」どうこう言うつもりはなくて、単純に「会ってくれる人がいる」という点に感謝できました。

僕がもっと若かった頃は、本当に何もわからない未熟な人間でして笑、いろんな人に迷惑をかけるような「トゲトゲ野郎」でした。

当時の「戦闘モード」は、あれはあれで今も必要なのかもしれませんが笑、

  • すぐに感情的になったり
  • 相手を攻撃するような批判家だったり

と、散々でした笑。

今はとても落ち着いたほうですが、それも周りの人に教えられて成長したことが多かったです。

  • 悶々としている時も
  • 何かうまくいかない時も
  • 調子に乗って何もわかっていない時も笑

周りの人が言葉をかけてくれたり、そばにいてくれたりしたおかげで、僕はここまで成長することができました。

これはみなさんも一緒だと思います。

家族だったり友人だったり、先輩だったり年下の後輩だったり。

いろんな人に支えられてここまで来ていることを、忘れてはいけませんよね。

今回の旅では、単純に人と会っているだけですが(もちろんご馳走してくださることも)、それがいかに自分の精神状態を良くしてくれるかを、まざまざと感じさせられました。

今までも助けられてきたけれど、こうして今でも助けられているのだなぁ

と。

僕ができることは、この「身体」を現地に持っていくことくらいです笑。

それがすごいことだ

と言ってくださる人もいますが、僕は「助けられている」という感覚のほうが強いです。

その事実に対して、別に卑屈になっているわけではありません。

そこに「感謝」があること。

そしてそれを当たり前と思わないこと。

こうして海外で再会できている人たちがいること。

それ自体が奇跡なんですよね。

人との出会いの中で助けられてきたことばかりだ。その点に感謝をしてまた出発しよう。

一方で与えてもいる

自分で言うと偉そうなのであまり言いたくはないのですが、「助けられている」ということは「相手のことも助けている」ことを意味します。

それがどこかはわかりません。

特に僕は「教師」ですので、多くの生徒たちから「知らない間に」感謝されることもありました。

この旅でも「vlog」を毎日出すことで、みなさんに世界を感じてもらっている「つもり」です笑。

人に会いにいくこと」それ自体がGIVEである、と言ってくださる人もいます。

でも自ら、

僕は与えているんだぞ!

と思っている時ほど、感謝もできていませんし、人は離れていくものです。

以前の僕はそんな人間でした。

しかし、

  • 感謝をするようになったり
  • 人に会いに行くようになったり

することで、心地の良い循環が回るようになりました。

助けられているのはお互い様。

その事実に対して、

自分も何かできないか?

と思っておくことは、とても大切なマインドです。

この旅が始まって少ししてからは、

人に会いに行くことはできないか?

という、ただそれだけのことしか意識していませんでした。(主旨が変わってる笑)

実際、僕自身が「会いに行くのが楽しみ」なだけですが笑、相手も会ってくれるということは、相手も楽しみにしてくれているということなのです。

「僕が魅力的な人間になれているかどうか」は判然としませんが笑、そうしたちょっとしたことだけでも、「与えていること」になることがあります。

場合によっては、

  • そばにいてくれるだけ
  • 話を聞いてくれるだけ

でも、相当なGIVEになります。

僕は「聞き手」に回ることが多かった分(今ではかなりしゃべりますが笑)、

あの時、話を聞いてくださって嬉しかったです

と言われもしました。

自分の知らないところで与えられるようになったのは、逆説的のようですが、

自分は受け取ってきているのだ

と感じてからだったのでした。

そのほうが与えているときに押し付けがましさがないでしょうし、「自然と/無意識的に」誰かの役に立とうと思えているのだと思います。

「受け取ることができている自分がいる」と感じている人ほど、「実は与えているから」ということを感じてもいいのかもしれません。

もちろん、「与えていること」を恩着せがましくする必要はありません。

常に感謝をして受け取っている人ほど、どこかで無意識的に誰かに与えているはずですから。

僕もそうなれているのかな?

と改めて思いつつ、まだまだ謙虚に人に会い続けていこうと思っています。

もらっていることを不思議に思う必要はない。実は受け取っている人は与えている人でもあるからだ。あとはただ、謙虚に生きていけば大丈夫だ。

おわりに

僕は、

人生で受け取ってきてばかりだった

ということを、よく強調しています。

それくらい、人に助けられて生きてきたからです。

でもそれに気づけたのは最近のことですし、誰かに助けられているということは、

  • どこかで与えている
  • どこかで感謝している

からでした。

本当はもっと与えたいのですが笑、それはまた機会をみて、自分にできるタイミングでやっていこうと思っています。

それではまた!

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