こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、オリンピックが幕を閉じました。(のかな?知らないけれど笑)
いつものことながらほとんど見ていませんが笑、僕が続けている「ブレイキン」も話題になり、脚光を浴びることとなりました。
さて、ブレイキンの話をしていますと、
- やれピアスをしているだの
- やれタトゥーが入っているだの
鬱陶しいコメントを聞くこともありました。
僕自身はピアスを空けたこともないですし、タトゥーを入れたこともありません。
ただ、ちょっとその意見に違和感はあります。
南米を回っていた時なんて、タトゥーを入れていないほうが少数派でして、
と思ったくらいでした笑。
今日は日本人が持つ「外見への偏見」について書いていきます。
日本では右に倣え
悪気はないのはわかっていますが、ダンスをやっている僕としては、やはり引っかかるところがありました。
この人は暗に、
と言いたいというように聞こえてしまったからです。
僕も学校で生徒指導をしていましたが、いまだに、
- なぜ髪を染めてはいけないのか
- なぜピアスを空けてはいけないのか
に対して意味はわかっていませんし、僕が納得できるような明確な答えを出している先生は見たことがありませんでした。(「ルールだから」としか言えてない)
これから先も、一生出てくることはないでしょう。
だって大人たちは、
- 平気で髪を染め
- おしゃれとしてピアスをしているから
です。
それで子どもたちに「するな」というのは、無理があるに決まってます笑。
だから僕みたいに、
- 髪を染めてなくて
- ピアスを空けていなくて
- タトゥーも入っていない人
から言われるならまだ100歩譲ってわかるとしても、世の中のほとんどの大人は髪を染めてピアスを空けているのに、
は、正直「意味がわからない」のです笑。
- 見た目があぁだこうだ
- 若いからどうのこうの
と言う人もいますが、要は「ダラしなく見える」とか「学校の風紀を乱す」とか、なんのエビデンスもないことを言って生徒たちをコントロールしたいだけです。
ただ、日本はそうやって画一的な社会を作ってきましたし、スーツや制服の業界が生き残るためには、そうした「格好」についても言及しておかなければ、会社が潰れてしまうので仕方ない部分もあります。
また、TPOなんていう言葉もある通り、 その場その場で求められる服装もあります。
ただ、これも時代によって変わっていくもの。
日本においては、
- その時のその人の主観
- 周りに合わせて言っているだけ
である人がほとんどです。
今一度、自分が他人に言っている「それ、どうなのかな?」ついては、見直す必要がありそうですね。
外見で人を判断するのはやめにしよう
僕はそういった発言には敏感です。
そういう人は大抵、「外見で人を判断する人なんだな」と感じてしまうからです。
上の動画でもあるように、
ということは、僕もある程度は否めないと思っています。(僕だって他人をジロジロ見ますし笑)
実際、僕も学校に通っている時は夏以外毎日スーツでしたし、「先生」という職業上、気にはしていましたしね。
今(2024年)僕がスーツを全て売却したように、その人の生活スタイルもその都度変わってきます。
また、
「スーツを着ていても(=どんな格好をしていても)ダメダメな人」
なんていくらでもいます笑。
僕は、相手がどんなキレイな格好をしていようとも、結局は「話した感じ」でその人の人となりを判断します。
とか笑。
それがいいとか悪いとかではありません。
格好それ自体は、その人の自由ですからね。
話を戻しますと、ダンスやスケボーといったストリート系をやっている子であれば、保護者が染髪を許したり、小学生でもピアスをしている子だっています。
今日あげた例のように、まず「ピアス」に(悪い意味で)目が行った時点で、僕は「その視点はどうなのかなぁ」と思ってしまいました。
もちろん、初対面だったらいろいろと外見を気にするでしょうけれど、その後話していってわかることなんてたくさん出てきます。
僕からすれば、
という発言は、「は?」なのです笑。
と。
そういう発言をしてしまうのは、その人の根本に、
- 人の中身を外見で判断しようとする
- 人に「こうあるべき」を強要したい
という潜在意識が、強くあるということを意味しています。
先述した通り、「外見を判断材料に使うこと」は別に構いません。
しかし例えそう思ったとしても、それを言葉にしている時点で「何か言いたいことでもある」としか思えないのです。
自分は「したいだけしたい格好をしているくせに」、です。
例をあげましょう。
例えば僕から、
なんて言われたら、
って言いたくなりませんか?笑
同じことをしているということです。
「人を外見で判断するな」とは言いません。
「外見」は、ある程度大切ですからね。
ただ、それを他人や生徒に強要したり、
と思ったりしている場合は、視野が狭すぎます。
人の格好を指摘する前に、自分の格好との矛盾に気づきましょう。
あなただって、
- 肌を出してるし
- 髪を染めているし
- 裸足で来ているし
- ピアスをしている
のですから。
指摘しようと思えば、他人との違いなんていくらでも指摘できてしまうもの。
「指摘する」ということは、「自分のことも指摘されていい」ということを意味することを、忘れてはいけないのです。
いろんな人を受け入れる体勢を
こういう議論は難しいです。
という疑問が、いつでも付きまとうからですね。
というヤカラが出て来ますから笑。
まぁそこら辺も「それぞれの考え方」がありますから、最悪「裸」で歩いたっていいんじゃないかとすら思っています笑。(おい)
そこまで極端にいかなければ、僕は基本的に、
と思っています。
ピアスや染髪が、人に迷惑をかけているとは思わないからです。
人の外見について「反射的に指摘してしまう人」とは、基本的に人のことを気にしすぎですし、根っから「他人の在り方」を許容できていません。
本当に他人を許容できる人だったら、いちいち人の格好になんて言及しないからです。
僕は教員時代は仕方なく(納得せず笑)生徒の格好を指摘していたものですが、今は誰にも「外見」について言うことはありません。
逆にこのクソ暑いのにスーツを着ていて、かつ冷房をガンガンにかけていたとしたら、
と指摘します。
本末転倒だからです。(環境にも悪いですし経費もかかります)
格好はその人の自由であっても、滝のように汗を流していて真夏にスーツで出勤をしているのならば、その会社のルールや在り方を疑いますし、もう「ただ無理をしている」としか思えません笑。
もちろん、どこまで行ってもその人の自由ではあります。
しかし、あまりにも格好を気にしすぎて体調まで崩してしまったら、
となりますね。
教員時代も、夏はちゃんとポロシャツで出勤&面談していました。
スーツは絶対に着ませんでしたし、さすがに周りの先生も無理してスーツを着ていた人は誰一人いませんでした。
大切なことは、
- 外見がある程度人を作る
- でもそこにこだわりすぎず指摘をしないこと
ですね。
おわりに
日本では特に、ちょっと目立った格好をしていると目を惹いてしまいます。
しかし海外に行けば、タトゥーなんて基本ですし、ピアスなんて体のいたるところにしています笑。
おっしゃる通り。
そこに日本の「狭さ」があるということなのです。
でも世界とは、時代とともに変わっていくもの。
クールビズが流行ったり、ブレイキンでピアスやタトゥーをしている人が当たり前にいたりしたように、日本も「外見主義」から離れていくことでしょう。
視野を広く持ちましょう。
それではまた!
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