こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
政治的な発信や時事問題を追っていますと、ふとあることに気づきました。
もちろん、現政権や選挙で選ばれた政治家を批判することは大事なことです。
こういう姿勢は大事ですし、政治家たちは国民の声を無視していいわけがありません。
ただ、それが行き過ぎて、
- 人格攻撃になっていたり
- ただ自分の正しさを証明したいだけだったり
と、見ていてストレスの溜まるものもいくつか散見されました。
今日は、そんな自分を少しだけ軌道修正するお話をしていきます。
否定的なコメントやストレスの溜まる記事

批判的とは違う言葉として使いたいのが、「否定的」という言葉です。
前回の記事にも少し書きましたが、
と勘違いしている人が、SNS上には結構いらっしゃいます。
僕は「批判的なコメント」は生産的であり、そこに「同調/賛同」することは大事なことだとも思っています。
と。
それが言えなかったからこそ、日本人は貧しくなってきたのではないかとも思っていますしね。
ただ、日本人に限らず “人間の特質” としてあげられるものに、
という「愉快犯」もいるということです。
これらの意見(SNS上の投稿/ニュースのコメンテーター)を、しっかりと見極めなければなりません。
- ただ自分の意見を押し付けたい
- ただ否定しているだけで改善点はない
- 罵詈雑言を浴びせて論点から逃げている
こうした投稿に加えて、
- 私怨によるトラブルや事件
- 芸能人や政治家のスキャンダル
なども、あまり僕らの生活には関係ありませんし、ストレスが溜まります。
ここは問うていきたい点ですよね。
僕の一手目として「ニュースを見なくなったこと」は、人生にとって良い方向に動いたものでした。
最近では二手目として、「自分の生活に関わること」であれば見るようにしています。
また、批判的な投稿を見て「いいな」と思えば「いいね!」をするくらいで、別に煽るコメントはしません。(リプライをしている人が悪いというわけではありません)
あまりにもネガティブに寄っている投稿は、見るのを避けること。
この選択は主観によるものかもしれませんが、少しずつ磨いていきたいですね。
ネガティブ寄りになったら注意

僕もそうした投稿をよく見るようになりましたが、やはり、
と思うものもあります。
どんなに言っていることが正しくても(自分と意見が一致していても)、
- 言い方
- 指摘している点
などがズレていたり、不愉快にさせるものであれば、それは「批判」ではありません。
ただただ文句を言ったり誹謗中傷をしたりしているだけであり、何かが変わるわけでもありません。
そして、それを見た人とリプライ合戦になる…
そういった投稿を追ってしまったり、巻き込まれたりしてしまいますと、なかなか議論は進みませんしね。
そもそも、考え方が違うのですから、どんなに説得しても変えることは難しいのです。
僕はいつも、『北風と太陽』の例を出します。
風を吹かせて無理やり旅人のコートを脱がせようとしますと、旅人はむしろ寒さを凌ぐためによりコートを脱ぐまいとします。
一方で、太陽はその暑さから、自然とコートを脱がせるというものです。
ゆえに、「意見の押し付け合い」を目撃してしまった場合は、スッと離れましょう。
と。
もちろん議論することは大事ですから、「それは違う」と非難・訂正することも必要です。
会話や対話に関して言えば、僕が思うに『言い方』で大体わかるのかなと。
Xなどは文字媒体であっても、
- 最初からケンカ腰
- 頭から否定して入る
- ただ汚い言葉を多用している
という発信が、普通に見られます。
これは「批判/訂正」などに含まれません。(僕の中では)
この点も離れるポイントになりますね。
と思えることでも、ネットでは言えてしまうもの。(僕はネット上でも口調には気をつけています)
まずはそうした「界隈」から離れることですね。
グチる人たちからは離れる

会社や友人たちの間でも、「いい人たちなんだけどグチばかり言う/人の批判ばかりしている」といった人たちはいますよね。
僕はそうした集団からも、「離れる」ことを選びました。
それは、SNS上でも一緒のことですね。
悩みを相談したい人や、自分の身に起きたことを整理したい人も、中にはいらっしゃいます。
というパターンもありますから、それは結構なことだと思います。
ゆえに、
と聞かれますと、
とも言うしかありません。
ただ、僕が思うに、
- いつもグチしか言わない人
- 政策批判ではなく人格攻撃をしている人
- 相手を認めようとしない/話を聞こうとしない人
こうした方々の投稿などからは、遠ざかったほうがいいです。
これもまた “体感” 的なものなのでしょうが、要は、
と、少しでも「無理だな」と感じたら、もう見なくていいのかなと。
そうやってどんどん「悪い関係」を断ち切っていかないと、いつまでも時間を浪費してしまいますからね。
大切なこととは、実はその人が「正しいかどうか/自分と合うかどうか」以上に、
- 言葉遣い
- 相手を受け入れる度量
- 前に進もうとしているか
といった、態度や姿勢の部分なのかもしれません。
日本人はマナーにうるさいですから笑、「人当たりのいい人」はそれだけで社会的にうまくやっていけます。
もちろん、
という盲信もダメですが。
日本の方々は優しすぎるため、こうした「甘い言葉」にも注意が必要ですね。
- リアルでも
- SNS上でも
ネガティブに寄っているような論争や人たちからは、一旦距離を置くことがオススメです。
と思えているような、ポジティブな人と出会い、一緒に前に進めるほうが精神衛生上いいです。
ただし、それで「脳死状態」になっていてもダメ。
建設的な批判は必要ですし、
と、客観性を持てないこともまた罪ですからね。
これは僕自身にも言えること。
このブログでは「中立」を謳(うた)っているわけではありませんし、ここに書いてあることが全てでもありません。
ただ、いつでもいろんな意見を参考にして、アウトプットしています。
総合的に見て、
と思ったら離れましょう。
その按配は、各個人で調整してゆくのです。
おわりに
SNSを見たり友人と話したりしていますと、その情報とは玉石混交です。
- 僕が言っていることが間違っていることもあれば
- 相手の言っていることが間違っていることもある
のであり、立場や状況によって見え方も変わってきます。
それでも、建設的に前に進めようとしているかどうかはとても大事なこと。
と思えるような人と一緒にいたいですよね。
僕自身もそうなれるよう、また精進していこうと思います。
それではまた!
