こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、誕生日を迎えました。
僕は祝われるのがどうも苦手でして汗、
とワイワイされることに対する「免疫」がありません笑。
しかしながら人との繋がりが増えてきますと、どこから情報を得たのか、
と、普通に聞いてきます笑。
(仕方なく)答えますと、
となってしまいました。
と思ったものの、もうあとの祭り。
先日、zoomを通して多くの人が祝ってくださいました。
こんなに祝われたことは生まれて初めてで、今でもできる限り平静を装っていますが、実際はドギマギしております笑。
今日は「誕生日に祝ってもらうこと」について書いていきます。
祝われるのが苦手な理由
昔から僕は「目立つこと」が苦手でした。
いえ別に、
と思っていたわけではありません笑。
単純にチヤホヤされるのが苦手なのです。
恥ずかしいと言いますか、「どうしたら良いかわからない」という状態になってしまいます。
これが得意な人は、
とでも言うのでしょうが笑、僕はその「ノリ」ができません。
個人的には、そこには大きな違いがあります。
- 前者は小っ恥ずかしく
- 後者は堂々としていられる
からです。
特に前者の場合(誕生日)、僕は何もしていません笑。(生まれてきただけですし…)
後者のように、ダンスパフォーマンスで目立った後に、
と言われたら、素直に、
と返すことができます。
自分が努力してきたことですし、一人だけの「オンステージ」ではないことが多いです。
一方で、いわゆる「主役になること」に関しましては、ただただ恥ずかしいのです笑。
できれば、陰でひっそりとみんながワイワイしているところを見ていたい。
「目立つこと/主役になること」を否定的に捉えているわけではなく、ただただ僕が苦手というだけなのです笑。
しかしある一定数の人は、僕のこの感覚に共感してくれます。
なんとも面白い性格ではありますが、簡単にまとめるならば「シャイ」や「真面目」の部類に入るのだと思います笑。
人に祝われることの意味
僕は「祝われること」を、心のどこかで「申し訳ないこと」だと思っていたふしがありました。
しかし、
「自分のことを祝ってくれる人たちがいてくれること」
僕はこの事実を、すっかり忘れてしまっていたのでした。
「祝ってもらえる」ということはどういうことか。
それは、僕が「何かを与えてきた」ということの結果だったのだと思います。
こうしてブログで発信していますので、正直に書くとそういうことなのかもしれません。(自分で言うのは恥ずかしいですけどね汗)
この1〜2年で、
- 愛
- 感謝
- 与えること
- 社会資本(=人との繋がり)
など、人として本当に大切なこと、それと同時に、あればそれだけで人生が豊かになることを実践して発信してきました。
逆に言えば、少し前まではあまりそういうことをしてこなかったとも言えます。
その結果として、こうして多くの人に祝ってもらうことができたのは、
- 僕が発信してきたこと
- 僕が変わってきたこと
が、間違っていなかったということの証明にもなったと思っています。
お祝いの言葉をくださった人たちから、
と言われたことが、とても印象的でした。
僕はそんな「愛されるようなこと」をした覚えもなかったのですが、この1〜2年で確かに、
- 純粋なGIVE
- 精神的な豊かさ
など、以前では信じられないような行動をしたり、豊かな気持ちになったりしたことは事実でした。
一番大きなことは、
「僕自身が大きく変わったこと」
このことだけで、人生が驚くほど好転していったと思っています。
先日は祝って頂いて本当に驚きましたし、今でも「祝われたこと」をあまり認めていません笑。
それでも、ただひたすらに「与えていたこと」が実を結び、こうした形に昇華されたのでしょう。
「嬉しい」とか「照れるなぁ」という気持ち以上に、
と思い、感謝で胸がいっぱいになりました。
そして僕が感じたこと
純粋に「嬉しい」という気持ち以上に感じた気持ち。
それは「ありがとう」という気持ちでした。
この気持ちは、僕にとっては大きな変化でした。
今までの僕なら、
という反応しかできなかったからです。
その気持ちが「感謝」に変わったことは、
「素直に友人たちの気持ちを受け取ること」
ができたということを意味していたのでした。
小っ恥ずかしかったのは事実ですが笑、それと同時にとても幸せで、
と思えたのです。
「おめでとう」という言葉をもらうと同時に、「また与えていこう」とも思いました。
なんと言ったらいいのかわかりませんが、
と思ったのです。
この「感謝の気持ち」は、今までの「単なるありがとう」とは違います。
もらって終わりではなく、また与えたいと思える感謝。
これは、今までに感じたことのない気持ちでした。
そこに行き着くまでに僕がしていたことは、とにかく「先に与えること」だったのだと思っています。
続けていけば続けていくほど、
- 素晴らしい人たちと出会い
- 感謝を頂くことができて
- また与えたいと思うこと
この循環が回るようになりました。
「誕生日」は特別な時間だとは思いますが、僕が「これからやること」はずっと変わりません。
今回の友人/仲間たちの「感謝」は、僕に改めて「与えることの大切さ」を気づかせてくれました。
今後も息をするように誰かのために生き、人生を捧げていくこと。
結果的に「人生がとても豊かになっていく」としか思えないのです。
自分がいつまでも、愛やエネルギーを与える存在であること。
その信念を曲げずに、今日も発信していきます。
おわりに
人生でこんなに幸せな夜を過ごしたのは、生まれて初めてでした。
- 豪華なレストランでもなく
- 有名人や芸能人に囲まれたわけでもなく
僕の目の前にあったのは、コージーコーナーで買った一切れのケーキだけでした。
しかしその小さな小さなケーキには、これまでに募らせてきた想いがたくさん詰まっていました。
たくさん、たくさん考えてきた2年。
誤解を恐れずに言えば、僕の目の前に必要だったのは、
- 富でも
- 名声でも
ありませんでした。
「ただ一緒にいてくれる人たち」
それだけで十分だったのです。
あとはまた、その存在に対する感謝を愛に変えて返していくこと。
残りの人生も、そうやって生きていこうと思います。
それではまた!
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