こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
最近、僕はこんな言葉を知りました。
人たらし
あまりにもいろんな人から、
と言われるので、
と思いましたが、どうやら「人に好かれる」という意味で、悪い意味ではないようです。
と過去を振り返りますと、どうやらそうでもなかったことにすぐに気がつきました笑。
今日は僕が「人たらしになれた理由」について書いていきます。
自分の弱さを認めること
まず最初に僕がやったことは、自分の失敗や間違いを認めることでした。
これができない限り、人は一生成長することができません。
はっきり言います。
「一生」です。
いつまでも人が寄りつかない人、人が離れていってしまう人とは、決まって自分の非を認めない人です。
僕は少しずつですが、自分の弱さを認めることを始めました。
最初は苦しいものです笑。
小さなプライドとは、なかなか捨てづらいものですからね。
しかし徐々に、
とわかるようになってからは、人を許せるようになりましたし、多少いじられても何も感じなくなりました。
本当は誰しもが弱いはずなのに、それを認めようとしなければ、人は離れていきます。
自分の弱さを認めることができない人は、ずっと成長する見込みがありませんから、
と思われてしまうのです。
一方で、自分が弱いと認められる人には、すぐに人が寄ってきます。
それこそがその人の強さであり、そんな人は常に成長を続けることができます。
ただし、
- 自分のことを卑下したり
- ただただ見下してくる人と一緒にいたり
すればいいわけではありません。
自分を卑下する人は弱い人です。
そうやって自分を卑下することで、ハードルを下げているだけだからです。
また、いじりが行きすぎて不快感を与えるような人と一緒にい続けることもまた、自分をダメにしてしまいますからよろしくありませんね。
- まずは自分の弱さを認め
- その弱さを受け入れて成長すること
です。
僕は自分の弱さやプライドの高さを認めてから、人の目も気にならなくなりましたし、以前よりずっと忖度しないで自分らしく生きるようになりました。
こんなにシンプルで簡単なことなのに、人間、なかなかできないものなんですよね。
自分の弱さを認めること。
それだけで、僕を取り巻く人間関係は劇的に改善されたのでした。
人に優しくなること
僕は以前、とてもトガッていた時期がありました。
誰にもそういう時期はあるものでして、僕も一丁前に人に厳しく当たっていました。
- 人の粗探しをしたり
- できない部分を見つけたり
することに躍起になっているだけで、自分自身に目を向けることができていませんでした。
口を開けば批判的なことを言う僕に、人が近づくことはありませんでした。
その性格や態度は、先生という職業では大きな仇(あだ)となります。
先生とは、
- 対生徒でも
- 対保護者でも
- 教員同士でも
人間同士のコミュニケーションをベースとする職業だからです。
そこが欠けていた僕が、人間関係でうまくいくことはありませんでした。
自分の弱さに気づいてからというもの、人に優しくできるようになりました。
「人に優しい人」とは定義が難しいものですが、とても簡単にいえば「怒らない人」なのかなと思っています。
怒らないとは、意外にも難しいものです。
感情を安定させておく必要がありますし、起伏があってはいけません。
元々「マシーンみたいな人間」だった僕にとっては笑、そこまで難しいことではありませんでした。
ずっと人に厳しかった人が優しくなるには、
- 批判をしないこと
- 否定をしないこと
を徹底して心がけることが必要なだけでしたからね。
おかげさまでどんな人の失敗でも、
と、「みつを」ばりの悟りで、他人の失敗を受容することができるようになりましたし、成功を喜ぶことができるようになりました。
そんな風に思うことができたら、ずっと人に優しくなれるのです。
いつもハッピーでいること
僕が「人たらし」になることができた(?)のは、常にハッピーでいるようになったからだとも思っています。
ポジティブな人にはポジティブな人が寄ってくる。
「引き寄せの法則」ではありませんが、
- 不平
- 不満
- グチ
- ネガティブ
などを一切言わなくなりました。
もちろん、議論するときは課題点をあげたりもしますが、基本的にはいつもルンルンしております笑。
実はこれもまた、僕が以前できていなかったことでした。
若くてトガっていたこともあって、敵意をむき出しにしていたからこそ、他人を蹴落としたり批判したりすることに時間を費やしていたのでしょうね。
今となっては、毎日幸せに生きています笑。
これは、ブログを書き始めた時に思い描いていた生活でした。
と。
そうやって「自分なりの幸せ」を突き詰めていきますと、人が集まってくるようになります。
とね笑。
ネガティブな炎上やゴシップに人は寄ってきやすいものですが、それは「ネタそれ自体」に人が寄って来ているだけであって、その「発信をしている人」自体に寄って来ているわけではありません。
そうやって「鬱屈とした場」に集まっても生産性は皆無で、何の進歩もない時間が過ぎるだけです。
僕はもう、「ネガティブ発言をする人」と接することをやめるようになりました。(テレビも捨てましたしね)
やっぱり一緒にいるなら、幸せで活力に溢れている人のほうがいいですから。
僕は、
- 自分の弱さを認め
- 人を批判することをやめ
- 毎日幸せにポジティブに生きること
を意識しながら生活するようになりました。
そうなってからのほうが、目に見えていろんな人と良い関係が築けるようになっていました。
自分を改革することは、自分の弱さを認めることから始まります。
それだけで、人の弱さも認められるようになり、批判もなくなります。
すると自然と「ネガティブ」が遠ざかっていくようになり、毎日を幸せに生きることができます。
できるのなら、幸せは続いたほうがいいに決まっています。
本当はみんな、そんな人生を願っているはずなのです。
僕がポジティブでハッピーであれば、
と思われるようになります。
みんな、楽しいことを求めているはずですからね。
だから僕はポジティブで、ハッピーでいます。
そのおかげで「人たらし」になることができましたので。
おわりに
まず自分の弱さを認めた僕は、そこから済(な)し崩し的に自分改革を進めていきました。
結論、ポジティブでニコニコしていれば、人は寄ってくるということです。
そこに僕は、もっと行動や結果を求めるようになりました。
人に価値を与えられなければ、意味がないですからね。
これからも毎日ハッピーに、いろんな人に価値提供ができる人であろうと思います。
それではまた!
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