僕がリソースを生み出すためにしてきたこと【努力って結局するもの】

投資

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

僕は結構「ハマる」ことが多くて、堀江貴文さんも、

いかにハマれるかどうかが大事だ

とおっしゃっていました。

彼は自分自身のことを「凡人」だと言っていて、僕もそれは感じています。

僕自身も自分のことを「凡人」だと思っていますが、やはり会う人会う人から、

せいじって英語もダンスもできてすごいね!

と言われます汗。

僕は自分が何者でもなかったものですから、

才能のない自分の自己肯定感を、どうやって上げていこうか

と考えたものでした。

その点においては、「勉強」が一番しっくりきたのです。

今日は「努力」について書いていきます。

何かを成すには努力が必要だった。それはいつの時代も変わらない真理だったのだ。

努力ができなかった頃の自分

僕が中高生だった頃は、器械体操部に所属していたものの、才能や始めた時期を言い訳にしては全然真剣に取り組んでいませんでした。

一方で勉強はコツコツと続けていましたが、やはりどこか「中途半端」な自分を認めることができなくて、言い訳をしていました。

受験の時も、

東大か京大を目指す

と豪語しておきながら、全然勉強していなかったものです笑。

社会人となった直後も、

  • 生活は乱れ
  • 一所懸命取り組むものはない

という状態でした。

初めての社会人ということで、追い込まれていたことも事実ですけどね。

こうした多くの失敗の上に今の自分がいることは、以前の記事でも書いた通りです。

以前の僕は、「シンプルに努力すること」を格好悪いと思っていました。

しかし、そうした後悔から生まれた「やる気」はものすごいものでして笑、その後いろんなものを取り返すことができるくらい、僕に大きなエネルギーを与えてくれました。

努力することとはシンプルゆえ、

  • しなければ結果は悪くなり
  • していれば結果は良くなる

という現実を見せてくれます。

努力ができなかった時の僕は、何者でもないどころか、

「プライドだけ一丁前に高い、生意気なクソガキ」

でしかありませんでした笑。

その気持ちが変わり始めたのが、教師として2校目に配属された時のこと。

そしてコロナや離婚を経験したことで、「シンプルに頑張る」ということを学び始めたのでした。

努力は裏切らない。しかし努力をしなければ、結果は出ないのだ。

努力は必須

僕が学んだことは、

  • 最短のルートでも
  • 効率的な勉強法でも

ありませんでした。

ただ努力を重ね、地道に毎日勉強して、運動していくだけのことでした。

この小さな積み重ねが、実はあまりにもしんどいことなのです。

僕もこうしてブログを続けてきましたが、

あ〜海外に行くと同時にやめようかな

とか、

1,000記事行ったらやめようかな

と、何度も挫折しそうになっていたものでした。

でもこの「継続」こそが、僕が凡人であること以上の価値をもたらしてくれました。

僕は僕自身を凡人であると認めているからこそ、できることが限られていると思っています。

だったら、好きなことをとことん、一所懸命やるしかないじゃない?

結局戻ってくるところは、いつもシンプルなのです。

もし英検1級を取りたければ、

  1. まずその前の級が通るか確認して
  2. 行けそうなら単語帳や問題集を買い
  3. あとはひたすら手と口を動かして演習する

これに尽きます。

もしダンスが上手くなりたければ、

  1. 動画を見て
  2. トレーニングをして
  3. また見返して反省して
  4. バトルやショーに出続けること

です。

そのプロセスには必ず「努力」が介在します。

介在しないことなんて、あり得ないのです。

堀江貴文さんは、

  1. 挑戦
  2. 努力
  3. 成功

のプロセスがあることを語り、これは直線的なものであると言っています。

つまり、努力なくしては成功なんてあり得ないということですね。

僕がこうして、

英語を教えてもらいたい

と言われるようになったのは、僕が重ねてきた「努力」ゆえのものだと思っています。

別に僕は、マルチタレントではないのです。

ただ好きなことを、ひたすらに続けてきただけのこと。

ただし続けるだけではなく、成長を感じながら続けていくこと。

自分が「楽しいな」と感じられる時というのは、成長したり結果が出たりする時です。

成功を目標にするのならば(何を成功と言うかは置いておいて)、必ず通るべき道は「努力」なのです。

努力なくして成功した人なんて、誰もいないのです。

だから僕は今でも信じています。

何かを成すには、努力し続けなければならないのだ

と。

成功までのプロセスには、必ず努力が介在する。それを通らずして進むことはできないのだ。

続けたその先にあるもの

僕がいろんなものを長く続けたおかげで、それがまるで「才能」のように見えるようになったのですから、人生とは面白いものです。

ダンスも英語も、体づくりもブログも、ただただ好きで、続けてきただけのこと。

始めは全て、「0(ゼロ)」のものでした。

しかし先述した通り、その継続がしんどいわけでして笑。

でも続けることで、人はある特定の分野において「凡人」ではなくなります。

僕がその事実を潜在的に感じることができたのは、「勉強」という分野だったのかもしれません。

そうした意味では、

勉強に出会えてよかった

と思っています。

とても古臭いかもしれませんが、特に勉強という分野では「努力」という言葉をよく耳にします。

僕は自然と、

努力すれば何か身になるはず

と信じていたというわけですね。

一方で、

「努力できることが多ければ多いほどいい」

というわけではありません。

僕はとにかく英語やダンスが好きで、それがいつの間にかここまでくるための努力という過程になっていただけでした。(成功はしていない笑)

すると僕の「リソース(=資源)」は、いつの間にか増えていました。

  • 英語もできて
  • ダンスもできて
  • ブログも続けていて
  • ランニングもしていて…

と、なぜか「なんでもできるマン」に見えるのです笑。

僕は泳げませんし、楽器も弾けません。

野球も分かりませんし、車についてはさっぱりです笑。

「自分にできないこと」に注目するよりも、

  1. 自分が好きで
  2. 続けられること

に集中していくこと。

よく言われる「選択と集中」ですね。

するとそれらが「得意」になってきます。

そして「自信」となります。

そこには努力が必須であり、経験やスキルはその努力と一緒についてきます。

英語もダンスも10年以上続けているもので、しかも「努力」を付与しての「継続」ですからね。

そりゃあ自信もつきますわ笑。

努力して続けていれば、それはいつか自分を助けてくれる「リソース」となります。

結局、泥臭いですけど努力は必要なのです。

そのシンプルな事実に気づいて、頑張ることができるかどうか。

頑張ればその努力は、一生奪われることのないものとなります。

さて、みなさんは今、努力しますか。

僕は今日も明日もまた、努力をしていこうと思っていますよ。

自分のリソースは、努力の継続で生み出すことができる。それが自信やアイデンティティとなるのだ。

おわりに

僕はあまり、

自分は努力してきたほうだ

と発言することはありません。

謙遜ではなくて、「それが当然のことだ」という事実に気づいたからです。

堀江貴文さんも「努力」という言葉を使いたがらないのは、それがあまりにも核心をついている事実だからなのかもしれませんね。

当たり前のことだけれど、誰もが避けてしまう言葉、「努力」。

僕はこの言葉が一番好きなのかもしれません。

月並みの表現ですが、

努力は裏切らない

ずっとそう信じてきたことで、僕自身のリソースを生み出すことができました。

また今日も、明日も努力をしていきましょう。

それではまた!

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