こんにちは。すずきです。(@seiz_suzuki)
先日、2億回ほど来ていた横浜駅を散策することにしました。
- NEWoMan横浜に初めて入り、
- ブルーボトルコーヒーでカフェラテを頼み、
- 寒さの中ほのかな温かみを感じた…
そんな休日でした。
さて、なぜまた横浜に来たのかといいますと、昔僕の生徒だった教え子にプレゼントを買うためです。
以前、
- 「贈り物をする理由」
- 「お土産を買う楽しさ」
などについても書きましたが、やっぱり楽しくて幸せの時間でしたので、改めて深掘りしてシェアしていこうと思います。
人のことを「想う」時間
プレゼントを買おうとウキウキしていたのですが、なかなかに悩んでしまうのが僕の悪いところです。
それでも相手のことを考え始めますと、
- 「あれがいいかな?」
- 「いやぁこっちのほうがいいかな?」
と楽しくなることは悪いことではありません。
「プレゼントを選ぶこと自体に、時間をかけてくれたことが嬉しい」
とはもらう側の感謝の意なのかもしれませんが、僕は感じ方が「全く逆」です。
「どれにしようかなぁ!」
と、僕のほうがワクワクしてしまっていたのです笑。
そこに費やしている時間こそが、僕にとって尊い時間だったのでした。
結果的に2時間くらい歩き回ってプレゼントを考えていたのですが、
「あれでもない…これでもない…」
と考えてるだけで、ワクワクしていました。
以下、僕が未熟なりに考えたこと一覧です。
ほぼノーカットです笑。
- 祝いものとしてカップやグラスをあげるのはいいけど持って帰るのが重いよな…
- 住所聞いて送ってもいいけど「気持ち」的にも重すぎるかも…
- 気に入らなかったら家に置いておくのもちょっとあれだし、ね。
- 消耗品のほうが気をつかわなくていいのかな?
- でも高級店のハンドクリームとかだと気を使わせそうだし、肌に合う合わないがあるかも…
- ちょうどいいみんなの知っているようなお店の少し高いものはどうだろう。
- あとは旅行のギフトとかは?体験ものとか?
- でもその場で何らかの「形」として渡した方がいいなぁ。
- ちょっと高級な食べ物とかお菓子でもいいかもしれない。
- でも「要冷蔵」だと食べる時期を気にしちゃうな…
- 日持ちするもので高級なものはないかな。
- あまりにも大きいとお土産くさくなって持って帰りづらいだろうし。
- コンパクトだけど美味しいものはないだろうか?
とご覧の通り、頭の中でぐるぐると回っていました笑。
どうしても、このように「プレゼント選び」に悩んでしまうんですよね。
相手の好きなものがわかればいいのですが、いかんせん久しぶりに会うこともありまして、よくわからなかったこともありました。
しかし「とりあえず何かしらいいものを!」と考えていますと、プレゼント選びが苦手な割に、いろいろと考えをめぐらせられるようになりました。
何と言ってもこの時間、僕はとても幸せだったのですよね。
相手の喜ぶ顔を想像して買い物をしていますと、
「まさにこここそが、自分のお金の使いどころではないか!」
と思ったほどでした笑。
- GIVEを押し付けたいわけでもないですし、
- 悩む時間は自己満足なのかもしれません
が、僕自身が純粋に幸せだなと思えたので、それで「よい」のです。
確かに「プレゼントや物をあげること」が、全てというわけではありません。
しかし、そこにかける時間は最高の時間であり、ワクワクすることができた時間となったのは、間違いのないのです。
店員さんと話す楽しさ
これに関しても記事にしています。
コロナが終息に向かいつつあるこの日本でも、ショッピングモールは「人!人!人!」となっておりました。
僕はこの活気付いている雰囲気に、とても感動してしまいました。
「やっぱり世間って、こうじゃなくては!」と。
早速1軒目のお店に入ると、お姉さんがスーッと寄って来て「何かお探しですか?」と声をかけてくださりました。
以前の僕であれば滝のように汗がかいていたものですが笑、最近はゆっくり落ち着いて話すようになったせいか、自分が意図していることを簡潔に述べながら、店員さんと話すことができました。
この時間もまた、最高の時間でした。
1人で悩みながら「うーん」とか「えーっと」とか考えるのも、それはそれでまた幸せです。
しかしひとたびプロフェッショナルの方と一緒にプレゼントを選べば、
「そういうお相手様であれば…これなんかがオススメですね」
と、適切な商品を紹介してくれます。
こうして和気あいあいと店員さんと話す時間が、今まで失われていたと思うのです。
お店のみなさんは、どこかエネルギーに満ちていて、話しているこちらも元気づけられてしまいました。
2軒目では年上のお姐様が話しかけてくださいました。
「最近の若い子はね、やっぱりこういうのがいいのよねぇ」
と、もう若くもない30代の男性を相手に、「獲物を捕らえたぞ」と言わんばかりの口調でセールスしてくださいました。
ここで感じたこともまた、人と話す楽しさでした。
少しテーマから逸れてしまいますが、面と向かって人と話すことはみんながずっと待ち望んでいたことなのだなとしみじみ感じる毎日です。
話も盛り上がり、予期せぬ楽しい時間となってしまいました笑。
話を戻しまして。
店員さんと話しながら、
- 「それならこれですかね」
- 「だったらこっちのほうがいいかもしれませんね」
と決めていく時間もまた、僕にとってはかけがえのない時間となりました。
- まず自分なりに相手のことを想って、考えて/悩んでみる。
- 方向性が定まったら、お店に入って店員さんにアドバイスをもらいながら選ぶ。
- 総合的に見て、自分が一番いいなと思うものにする。
こうして時間を割くことが、僕にとっての最高の時間です。
この時間も含めて「その人と会う」ということなのです。
以前の僕は用意周到とはほど遠く、無粋で鈍感なゴリラでしたが、今はその準備にかける時間やお金が投資や浪費となり、幸せに直結することがわかったのでした。
GIVEすることは自己満なのか?
プレゼントやGIVEは、相手がどう捉えるかということが大切だと言われています。
相手が、「嬉しい!ありがとう!」と思って初めてGIVEになる、という意味だと思っています。
ただ一方で、僕なりに思っていることもあります。
それはGIVEする側にも、GIVEの精神に一貫性を持つべきだということです。
僕のポリシーと言いますか、GIVEすることにおいて決めていることは、GIVEしたこと自体を忘れるということです。
意図的にやっているというつもりはなく、好きだからやっているだけだから「GIVEに特に裏の意味はないよ」という感覚です。
その表現だとちょっとカッコつけてるような感じがして、鼻につくかもしれません。
職場では同僚の机上にお土産を置くのですが、
「すずきさん、この前はお菓子ありがとうございました」
と言われますと、
「えーっと、なんでしたっけ?」
という返しが多いです。
お土産を買ってくることが増えたので、覚えていないというだけですけどね笑。
ただし、
- 極端に高価なものを買うこと
- 毎日のGIVE
は、相手も気を使いますし「裏に何かあるんじゃないか?」と思わせてしまいかねませんので、ほどよいバランスが大切です。
なにより、GIVEできるのは自分に余裕があるとわかっているからでもあります。
- 余裕がある。
- だから何かお土産や贈り物を買う。
- その時間も幸せになる。
- 相手も喜んでくれればこちらもハッピーになる。
- ※でもそこまで無理にGIVEに固執しすぎない。
こうして、
「自分にとって、GIVEすることは何なのか?」
と問いながら買い物をする。
様々な批判や意見を取り入れた上で、「それでも自分がGIVEをする意味は?」と考える。
実体がないまま見返りを求めてGIVEしてしまうと、逆にただただ奪う側のTAKERとなってしまうのです。
僕は独り身で余裕もありますし、自己満と言われたとしても、GIVEにある「幸せ」を確かなものとして感じることができています。
おわりに
「すずきは太っ腹だなぁ」
と思う方も多いかもしれませんが、実はこのように変わったのは、本当にここ最近になってからでした。
以前は自分の貯蓄を肥やすことに躍起になっていましたからね。
しかしお金の勉強をしていた時に、
「安く買い叩こうとすると、結果自分も安く買い叩かれる」
という言葉を聞いて、考え方がガラッと変わりました。
- 安いものを買おうとすればするほど、
- 経済も回らなくなってしまい、
- 結果的に自分の給料が減っていってしまう。
「不況」では給料を出せない会社が悪いわけでもないし、給料が低い会社員が買い物をしないから悪いというわけでもない。
「どちらが先」という問題でもない。
わかっていることはお金があるのにそれを貯めておくと、いずれは腐っていってしまうということ。
だから、自分にとって大切だと思えるものを吟味して探し出せたら、あとはそこにたくさん投資してみる。
この考えに至れたのも、投資やGIVEの先にある幸せを感じられるようになったからかもしれません。
おかげさまでお金を「使う力」を、メキメキと伸ばすことができています。
贈り物、プレゼントを考えている「時間」や、さらに次に会った時の「幸せな時間」。
このための費用だと思えばそれは必要な「浪費」ですし、そこへの投資に僕は何のためらいもありません。
本当に大切なところに投資できるよう、これからも日々勉強ですね。
それではまた!
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