こんにちは。すずきです。(@seiz_suzuki)
先日、友人たちと2年半振りに再会しました。
シャボンディ諸島かと思いましたね。
こうして定期的に人と会える状況があることに、感謝をする毎日です。
人と会うことを優先していることについては、以前も記事を書かせていただいております。
僕が人と会う理由は「楽しい」とか「グチを言い合える」というよりも「多くの学びがあるから」ということのほうが強いです。
ここでもストイックさを展開しております笑。
「人と会うこと」は、
- そんな考え方もあるのか!
- すごい体験談だな!
- そのアドバイス、とても役に立つな!
と、良いこと尽くしです。
基本的に僕はほとんど誰とでも会いますし、何年経っていようとも「よし、会おう!」と即反応するように努めています。
ということで、今回は先日友人たちから聞いたお話の中で、学んだことを書いていこうと思います。
内容は大学時代の「英語集中演習(英語オンリーのキャンプ)」についてです。
学生時代の学びが、社会人の「当たり前」へ
僕は根が真面目くさっていますので、飲みの場でも「真剣な話」が大好物です。
確かに普段からこうして真面目でつまらない記事ばかり書いていますからね。ほっとけ。
早速銀座で会うことを取り付けた僕たちは、美味しいイタリアンのお店で落ち合うことになりました。
お酒も入り友人たちと大学時代の話に花を咲かせていますと、うち1人が大学時代の英語集中演習について語ってくれました。
そもそもの話ですが、みなさんは「大学3〜4年生は神格化される」という風潮をご存知でしょうか?笑
サークルやゼミなどで「キャー!せんぱーい!」となる現象全般のことです。
友人もその恩恵にあずかり、英語を話すキャンプ(英語集中演習と呼ばれるもの)では運営側として活躍し、人気を博していました。(もちろん実力もありました)
みなさんも経験があるかと思いますが、大学時代のサークル活動や自主的なイベントにおいては、きらびやかで輝かしい過去が取り沙汰されることが多いです。
しかし一方で、「ガツンと頭を殴られるような経験」をすることもあります。
大学時代は基本的にみんなトガッていたりイキっていたりしており、「全ての中心は俺たちだ!」と思ってやってますからね。
(もちろんプライドを持ってやっていますし、時間を投資した分だけクオリティの高いものを仕上げてきます)
そこで友人が受けた衝撃というのは、その英語のキャンプ中(確か1週間くらい寝泊まりする)に、参加者の1人が「帰りたい」と相談してきたことでした。
「学生の運営するイベントは間違いなく楽しいものである」
と信じていた運営側からすれば「え?今なんて?」と聞き直すレベルの発言です。
当時は誰もが、
「参加者全員が全員、満足して感動して楽しむことができる空間である」
と思っていたため、キャンプ中に「帰りたい」と言われたことはものすごく苦しい経験となったようでした。
僕自身も参加していた英語のキャンプでしたので、その楽しさはよく知っており、予定がない限り「帰る選択肢」なんてものはないのだと思い込んでいました。
結局のところ、その参加者は帰ってしまったのですが、運営に携わっていた友人は相当落ち込み、教訓として今でも鮮明に覚えているのだと話してくれました。
ここで「学び」があります。
社会人になった友人は、今思えば「それは至極当然のことで、普通に考えればよくあることだ」と言っていました。
つまり前提として「そのような人もいる」という条件を加味していなかったというわけですね。
たしかに何十人も参加者がいれば、
- つまらない。
- 帰りたい。
- 満足できない。
と思う人がいても、何もおかしいことはありません。
この優秀な大人たちがうごめく社会ですら、素晴らしいサービスを提供しても文句を言われることもありますし、サービスに満足できなくて離れていく人もいます。
YouTubeを見れば低評価が「0(ゼロ)」ということは、ほとんどの動画においてまずあり得ません。
目の前しか見えなかった学生時代にこうしたことが学べたことは、社会人としても大いに役に立ちます。
学生時代にそうした「意見」をド直球でぶつけられた経験は、何ものにも代え難い経験となったそうです。
さらに言えば、現代の中・高・大学生に限らず、どんなに大人になっても「自分の思い通りにコトが進んでいる」と思い込んでしまうことはあり、相手の立場に立って考えてみることを忘れてしまいがちです。
自分が運営側やサービスを提供している側にいると気づかないことも、イベントの参加者やサービスを受け取る側の目線で見てみれば、意外なことが見えてくるのかもしれませんね。
教員である僕としても、保護者や生徒の立場に立つことを忘れないようにしていきたいと思いました。
どんなに全力でやっていても、教育や授業に納得しない生徒や保護者もいますからね。
そうした前提条件をそろえた上で、割り切りながらも野放しにすることなく、バランスをとって仕事に励んでいくのがよいのでしょう。
状況を読み、他人の立場に立ってみる
もう1人の友人もまた、英語キャンプでは能力の長けた優秀な子でして、その階段を一足飛びに駆け上がった人物でもあります。
しかしそんな友人も、運営側に回って初めてした経験が、とても印象的だったと言っていました。
これもまた英語集中演習中のお話です。
英語キャンプの運営陣は、基本的に朝早く行動しなければならないメンバーが日によって決まっています。
当日は友人とその先輩、後輩の3人だったそうです。その友人と後輩は「初キャンプ」でした。
初めてのキャンプに浮き足立っていた友人は、朝早く起きて集合の10分前に準備が完了していました。
先輩も起きてきて「あとは残る後輩1人を待つのみ」というところでしたが、まだ起きてきません。集合時間ではないですからね。
そこで友人は、
「先輩!少し早いんですけど、準備しちゃいましょう!」
と後輩を待つことなく、意気込んで先輩に言ったそうです。
……………………………
ここでみなさんはどう思われるでしょうか。
社会人のみなさんなら「できる人から、その場で早めに仕事に取り掛かったほうがいい」という結論に、すぐに至ると思います。
しかしここでそばにいた先輩は、友人に印象的な言葉を投げかけました。
「まだ時間じゃないだろ?焦る必要はないから後輩が起きるのを待とう。
もしこれで先に俺たちが準備を始めていたら、後から来る後輩はどう思うと思う?
時間に遅れてもいないのに、ましてや時間通りに起きてきたのに、
- 先輩に先に準備をさせてしまった。
- 遅く起きてきた自分がいけなかったのだろうか。
- 感謝もしなければならないけれど、同時に申し訳ない気持ちでいっぱいだな。
と、複雑な気持ちになってしまうだろ?だから今は早く始める必要はないんだよ」
と友人に丁寧に伝えたのでした。
……………………………
いかがでしょうか。
友人はすぐに先輩の意図を理解し、初のキャンプで興奮していた気持ちを抑え、後輩が来るのを待ってから準備を始めたそうです。
ここで学んだことが2つあります。
- 相手の立場に立って考える。
- しっかりとダメなことはダメと伝える。
現在社会人として働いている僕がその状況になったとしても、すぐに準備してしまうと思います。
仕事の効率がいいと結論づけてしまうからです。
たぶん多くの場合は、信頼関係や空気感から、時間より早く準備したり行動したりしてもあまり問題はないとは思います。
さらにその先輩のように、即判断を下してはっきりと後輩に指導できたかも怪しいところです。
ここで大切だったことは、その後輩も初めてのキャンプ運営陣であったという状況でした。
立場も合わせて考えれば、一番下の子に気を使わせてしまったり、場合によってはあまりいい気持ちのしない経験となってしまう懸念もありました。
さらにその先輩の素晴らしかったところは、
- フラットに
- 嫌味もなく
- 怒るでもなく
- 言いづらそうにするでもなく
- はっきりと
「違うことは違う」と友人の考え方を指摘したところでした。
本当に細かな指導だったかもしれませんが、友人は衝撃を受けて「ハッ」と思い、そこから多くのことを学んだそうです。
話を聞いていた僕も「なかなかそんな考え方はできないものだ」と思ったほどでした。
友人は学生時代にそのことを経験できたこと、正しく指摘をされたことに感謝しており、今でも社会人としてその考え方を糧にしているそうです。
とても学びの深い話を聞くことができました。
おわりに:他人から学ぶ
ひさびさに会ったかと思えば、とても大切なことを教えてくれた友人2人。
学生時代に培われた礎(いしずえ)のおかげで今の自分たちがあるのだと、貴重な経験をシェアしてくれました。
本やネットからのインプットも、信頼性があるので悪いことではありませんが、信頼のおける友人からの話は実体験を伴っているため、すんなりと頭に入ってきました。
また話している最中の表情やジェスチャーなどの非言語的なコミュニケーションも、話の内容を印象付ける手助けをしてくれていました。
相変わらず友人とのご飯はとても楽しくて美味しくて、時間も忘れるほどあっという間に別れがきてしまいました。
どんなに人と会うことのできる世界が戻ってきても、僕が会おうと思わなければ会えない人たちはたくさんいます。
人と会えば必ず学ぶことがあると信じていますので、今後もたくさん行動して会いに行こうと思います。
友人たちに感謝。
それではまた!
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