傾聴力を磨いてきた教員なりの「聴く力」【自分の意見を言う前に】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日から読んでいます、「LISTEN」。

そこには「傾聴することの大切さ」が書かれています。

僕自身、人の話なんてあまりちゃんと聞いていないと思っていたのですが、どうやら話を聞いてもらった人からしますと、

  • 聞くのうまいよね。
  • せいじの前だとなぜか話をしてしまう。

と、意外にも評価(?)をされていることに驚きました。

今日は、自分が「傾聴するときに大切にしていること」について書いていきます。

人の話を聞くときは全集中だ。相手の話を聞きながら、自分の軸もブラさないことが大切だ。

相手の話をじっくりと聞くようになる

「聞くこと」については、様々なスキルが必要だと言われています。

  • 頷く
  • 遮らない
  • アイコンタクト

など、できることはたくさんありそうに思えます。

僕自身、そうしたリアクションはとても大切にしており、それが効果的とか意味がないとかはどうでもよくて、「聞いている」ということを表現するようにしています。

電話は苦手ではないのですが、zoomや対面など顔を出すようにしているのは、そういう意味もあります。

僕は同時に「頭の中で考えて」しまいますが、それは相手の言っていることについて考えていることのほうが多いです。

この人の言いたいことはこういうことか…どうしてそんな風に思ったのだろう?

「鋭い質問をする」というよりも、その人の考え方を尊重しながら聞くことを心がけているような気がします。

「話を遮る」といった行為は論外だと思いますが笑、自分の意見を押し付けようとすることもまたよろしくなく、「口論」に近づいていってしまいます。

(よし、言い終わったから俺のターンだ!)

昔はこんな風に思っては、ガツガツと自分の主張を通そうとしていたものでした。

今はとにかく相手の話を聞くようになり、

うんうん、それでそれで?

と、じっくりと話を聞くことができるようになりました。

先生という職業のおかげかもしれません。

話をしている人に対しては、ちょっとした合いの手を入れる程度で、

「みんながワイワイとしゃべっている光景」

を見るほうが、幸せに感じるようになったのです。

「しゃべれ」と言われればいくらでもしゃべり倒すことはできますが笑、それは周りがしゃべらない人たちばかりの場合だけです。

じっくりと聞いて、相手の話に相槌を打ったり簡単な質問を投げかける程度。

実はこの「傾聴」によって、ありがたいことに、

せいじさんに話を聞いてもらいたい

と、多くの人から言われるようになったのでした。

相手の話をじっくりと聞くこと。要所要所で簡単な質問や確認を入れ、話を進めさせよう。それによって傾聴力が養われることとなる。

しっかりと聞いていれば受け入れてもらえる

GIVEの精神」は、僕がここ2年でとても大切にしてきたことです。

実は「聞くこと」も、GIVEのうちに入ると思っています。

僕は学校で、困っている生徒には必ずこう言います。

どうした?話を聞こうか?

それと同時に、

話したくなかったら話さなくてもいいからね

とも伝えます。

しかし大抵の場合は、ポツポツと話を始めてくれます。

この人は話を聞いてくれる

生徒にそう思わせたら、「先生たちの勝ち」ですよね笑。

これは大人の社会でも一緒です。

「LISTEN」にも書いてあるように、

誰も話を聞いてくれない

と言ってしまう人は、この世の中に少なくありません。

つまり「ニーズがある」ということなのです。

そこに「話を聞いてあげる」という、一見すると「受け身」の行為を「提供」してあげること。

これをするだけで(と言っても簡単なことではないが)、相手は徐々に僕のことを受け入れてくれるようになります。

もちろん、一朝一夕の話ではありません。

大切なことは、ただただ聞くのでなく本当に「聴く」ということです。

  • 共感
  • 伴走

という感覚でしょうか。

「その人の立場に立つこと」は、決してできることではありません。

ただ、思いや気持ちを吐露できる「相手」に僕がなるだけでも、心を開いて接してくれるようになるのです。

話を聞いてほしい!

と、多くの人が僕とコンタクトを取るようになってきたことで、

だんだんと役に立てるようになったんだなぁ

と思うようにもなりました。

これこそが、まさに「聴く力/傾聴力」の賜物なのですね。

「聴く行為」は実はGIVEの感覚に近い。聴くことで、相手は心を開いて接してくれるようになる。

ただし自分軸を持つこと

なんだ、とりあえず聞いておけばいいってこと?

友人たちと話していた時に考えていたことですが、やはり「聞く側」にもしっかりとした「軸」が必要であると感じました。

「ただただ聞く」という行為は、「返答していればいいだけ」ということになりますから、相手に対して失礼なだけでなく、

  • 眠くなり、
  • 退屈になり、
  • かつ生産的ではない

という結果を招いてしまいます。

「聞く」という行為は、

  1. 自分の中で内容を反芻して整理し
  2. 相手と会話を作り上げていく行為のこと

だと思っています。

そこに結論や結果を求めたり、急ぎすぎたりする必要はありません。

  • 一対一だろうが
  • 対複数人だろうが

話の内容があちこちに行って収拾がつかなくなったとしても笑、その1つ1つに丁寧に対応していけば、それだけでお互い得るものがあります。

「丁寧に聞く」と言っても、「うんうんと頷いていればいい」というものでもありませんよね。

  • 聞いている自分はどう思っているのか
  • 相手の思っていることを自分は理解できているのか

など、「アクティブ・リスニング」と呼ばれるように、「積極的な処理」が必要になってきます。

その際に「自分なりの意見や考え」がしっかりしていないと、相手のこと受け入れるどころか、聞く態勢すらままならない状態のまま会話が始まってしまいます。

自分軸が100%固まっているということはあり得ないとしても、それなりに意見や主張を自分がしっかりと持っていなければ、相手の言葉に反応できないのです。

あぁ…なるほどぉ…ほぇ〜

と聞いていたら、話しているほうも、

なんだかなぁ…

と思ってしまいます。

とはいえ「聴く」という行為が完璧な人なんていませんから、これも経験を積んでゆくことが大切ですね。

相手の話をじっくり聴く中で、自分はどう思っているのかを伝えつつ、相手の言っていることを確認しつつ、「結論」に見えるような落とし所までもっていくこと。

この「積極的なやりとり」こそが、僕は「聴く行為」だと思っているのです。

聴く際は、ただただ聞いていればいいというわけではない。積極的に内容を考え、自分の意見を主張し過ぎず、相手との落とし所を見つけに行こう。

おわりに

「聴く」という行為にフォーカスを置いたことは、実は今まであまりありませんでした。

雑談をしていると楽しいなぁ

と思っていた僕は、てっきり自分のことを「しゃべりまくっている人」だと思っていました。

しかしよくよく考えてみれば、確かに相手の話にきっちりと対応していることが多いことに気づきました。

それは学校の先生として、生徒を相手にしていることが多いからだと思っています。

人の話に耳を傾けることは、簡単なようでいて経験を必要とします。

また、お互いで作り上げる「結論」へ自然と向かえるように、

  • 普段からアンテナを張っておいたり
  • 自分なりにインプットをしておいたり

することも大切です。

「聴く」ことはメリットが多いです。

今一度、親身になって人の話を聞いてみてはいかがでしょうか。

それではまた!

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