こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、たまたま浜崎洋介先生と柴山桂太先生の動画を見ていました。
最近こうした「歴史」を始めとして、
と思い、ちょっと勉強によった動画を見ています。
また、若者たちの台頭も著しく、以下のお二方もとても聡明であり、大変感銘を受けました。
彼らは僕からしたら『本物』なのです。
一方で僕自身、若い頃は、
と勘違いしていたものでした笑。
それでも、僕はいつまでも凡人なんですよね。
今日はそんな若き頃の自分と、今の自分の平凡さをお伝えしていきます。
何にでもなれると思っていた

若い頃の僕はリベラルと言いますか、
と上の立場の人に対して、息巻いていたものです笑。
常に抑圧してくるものには抗いつつも、矛盾するかのごとく「公務員」という公的な仕事につきました笑。
先日も友人から言われましたが、
と言われました。(おい笑)
僕は職場でもよく戦っていましたし(良くも悪くも)、気に入らない先生には楯突(たてつ)いていました笑。
特にもっと若かった学生の頃は、なまじ頭が良かったので、“小難しそうな” 書物を読んでは悦に入(い)っていたものです。
上の動画の三島由紀夫の言葉を借りれば、
- 虚構
- 空っぽ
の代名詞みたいなものでしたね笑。
それでも上の立場の人間や、既存の社会構造に対して抗っていたのは、
と信じていたからでしょう。
実際は僕にそんな力もなく、長いものに巻かれてしまっていたわけです。
いえ、ある程度「自分」は持っていましたけどね。
まぁ、「インテリぶってるちょいヤンキー」みたいな感じでした笑。
今思い返しても、
と思っています。
若い時とは、何が正しいのかもよくわかりませんし、目の前に “それっぽい” レールも敷かれていますからね。
いずれにせよ、何かになりたかった。
それでも、だんだんと現実を知り、
という点も、教員の現場ではチラホラと出てきました。
そうした不満や欺瞞(ぎまん)が爆発したのが、コロナ禍でしたね。
そうやって、教員を辞めたのでしたね。
現在のリアル

さて、現実はそうもうまくいきません。
と豪語していたせいじ青年でしたが、結局は先生という職に落ち着き、そこでモヤモヤしながらも9年間の公務を全うしました。
では「あれらが失敗だったか?」と言いますと、僕はそうだとは思っていません。
若い頃に描いていた「スーパーヒーロー」にはなれませんでしたが、
とも思っています。
「バズって有名人やインフルエンサーになる」
ということは、僕のキャラ的にも合いませんしね。
現実世界は厳しいものですが、だからこそ英語やビジネスにおいても、
と思うようになりました。
「初心忘れるべからず」とは、
その時々(年齢や段階)で経験する新しい挑戦・未熟さを忘れるな。つねに学び続けよ
という意味もあります。
30歳になったら30歳なりの、40歳になったら40歳なりの “初めて” があるということですね。
以前の未熟だった自分を思い出すことも大事ですが、どんなに年を食っても、初めて経験することはありますから。
以前のような「夢想家」ではないものの、
このようなマインドを持てるようになりましたね。
僕自身はどこまで行っても「凡人」であり、
- 好きなこと
- 続けられること
をやっていく中で、淡々と成長してゆくに限ります。
今の言語学習や歴史、政治の学習もさることながら、普段の筋トレや運動も、じわじわとその後の人生に影響を与えていきますからね。
三島由紀夫からすれば、
という考えなのかもしれません。
僕は彼のような天才ではありませんから、
と、実直に目の前のことをこなしていくのだと、そう決めていますね。
誰かのために命を使う

上の2つの動画では、ともに保守の話や、今の日本についての話題が議論されています。
と思い、
- 家族
- 国家
- 使命
などについて、思いを巡らせています。
教育者として、日々誰かに何かを伝えることはしていますが、側(はた)から見れば、
と言われても不思議ではありません。
でも僕は、こうした地道な活動にこそ、国家や共同体の本質があると思っています。
人間とはどこまで行っても社会的動物であり、「相互に補完し合いながら生きている」と思うからです。
だから僕にもできないことが必ず出てくるわけでして、裏を返せば「僕にしかできないこと」もあるということ。
これはみなさんにおいても、同様に言えることですし、
- お金を稼いだから
- 有名になったから
偉いわけでも、権力を恣(ほしいまま)にできるわけでもありません。
税金や投資については勉強をしてきましたが、
ということにも気づけました。
マネーゲームをしていても、人生は豊かにならないのです。
このブログのテーマともなりつつあるのですが、
ということが、僕は人生において最上の幸福なのだと思っています。
簡単に言えば「他者貢献」であり、独りよがりにならないことですね。
凡人であるものの、
と思うのです。
僕はこれだけでも、その額や影響力の大きさに関係なく、「とても幸せだ」と感じるんですよね。
もともと、幸せを求めて書き始めたブログですから。
上の動画に出てくるような「本を変えるような大きな人」に、僕はなることができません。
でもそれは同時に諦めではなく、希望でもあります。
人にはそれぞれ出番や役割がある。
- 男性にしかできないこともあれば、女性にしかできないこともある
- 若いからこそできることもあり、経験豊かだからこそできることもある
悲観的にならずに、むしろ今の自分の在り方をそのまま受け入れて、命が燃えつきるその時まで、走り続けていきたいですね。
おわりに
「凡人だ」という言葉に、人はどこかネガティブな印象を抱くものです。
若かりし頃の僕は、
と思っているかもしれません笑。
でもね。
ただそこにあり続け、もがき続けることもまた美しいんですよ。
むしろそれこそが僕の求めていた人生であり、今はどんどん「幸せ」に向かっていますから、安心してくださいね。
まだまだ伸び代はあります。
命尽きるその時まで、走り続けましょう。
それではまた!
