こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
最近は授業中でも生徒の前で雑談をするのですが、僕が「必要以上のものを買わない」という話をすることがあります。
おかげさまで「お金の話をする先生」として知られています笑。
こんなやりとりがあります。
生徒を諭(さと)したいわけではありませんが、毎授業で自分が人生で豊かになってきたことを伝えようとは思っています。
今日は、以前にも何度か書いている「足るを知る」ことで、人生が豊かになったことについて書いていきます。
必要以上を取りに行かない
「足るを知る」という言葉は、
「必要以上のものを欲しようとしない姿勢」
を表します。
- 衣服
- 食生活
- 嗜好品
などにおいて僕は、
- 新しいものを買ったり
- 必要以上のものを買ったり
することがなくなりました。
以前の僕は、
と思っていたものでした笑。
必要以上を取りに行かなくなったきっかけは、実は特にありません。
もともと物欲がないこともあり、服も最低限回せる程度で十分だと思っていたからです。
一方で食生活や飲み会では散財を繰り返し(大した額ではないが)、体もサイフも痛めつけていたものでした笑。
食生活においては「医者が教える食事術」を読んでから習慣が激変し、そこでもようやく「足るを知る」ようになりました。
- 体重も落ち
- 筋肉も増え
- 運動のパフォーマンスも上がり
肉体的にだけでなく、精神的にも満たされるようになりました。
僕がこの内容を話しますと、生徒たちは不思議で仕方ない顔をします笑。
資産を十二分に持つ人間が、「どうしてもっとお金を使わないのか」と思うようですね。
それは僕が、「人生において本当に大切なもの」にお金を使うようになったからです。
それ以上自分の欲を「必要以上に満たすため」にお金を使っても、
「すでにいっぱいのコップに、さらに水を注ぎ込むようなもの」
でしかなく、僕にとってはほとんど意味のない行為です。
そうしますと不思議なことに、逆に「満たされる時間」が多くなりました。
それは一体どうしてでしょうか。
あふれ出ると貧乏になる
「足るを知ること」についての記事は、以前からたくさん書いてきたのですが、
と考えてみました。
僕の感覚ですが、お腹いっぱいになると「もっと欲しい」と思い、ただ満たされなくなるだけでなく、
「あふれ出た部分のもの」=「自分の必要以上としているもの」
を、拾おうとしていたのではないかなと思っています。
コップからあふれ出てしまった水を「もったいない!」と思ってしまい、また拾おうとしてしまうという感覚です。
これが「貧困なマインド」を育ててしまうのだと思います。
あふれればあふれ出るほど、逆に追い求めてしまうのです。
だから「満たされない」のです。
以前の僕は、物欲こそなかったものの、食生活や他の部分で「そのマインド」を持っていました。
たまたま「モノ」においては欲がなかっただけであり、根本のマインドは「欠乏マインド」だったと思います。
それは恋愛や人間関係においても影響を与えます。
「人に好かれたい好かれたい」と思っていると余裕がなくなり、また欲してしまいます。
相手に求めてしまうのは、
- 足りなくて満たされていないからか、
- 必要以上に満たされた経験をもとに、さらに欲してしまうから。
ということに気づきました。
人間関係においても、僕は以前より求めることがなくなりました。
すると不思議なことに、なぜか以前よりも毎日が満たされるようになっただけでなく、多くの人が「せいじに会いたい」と言って下さるようになりました。
本当にありがたいことです。
常にほどよく満たされているような感覚を持っていますと、必要以上の、
- 愛
- お金
- モノ
などがあふれ出ることがなくなり、
と思うようになります。
大切なことは、自分の必要以上を求めずにあふれ出させないことです。
あふれ出てしまうと、その経験が逆に仇(あだ)となってしまうからです。
自分のキャパを知っておくことは、精神的な豊かを目指す上では大切なことなのです。
そして気づいた大切なもの
足るを知るようになってから、心が満たされたのはなぜでしょうか。
それは「自分の幸せの限界を知れたこと」が、一番の理由だと思っています。
と悟ることができたからです。
欲する必要がないということは、求める必要がないということですよね。
すると、
- 渇き
- 焦燥感
を感じることがなくなりました。
最低限のもので済ませ、本当に必要で大切なものに集中することができるようになりました。
そして本当に多くの「大切なもの」を得ることができました。
- 人に優しくなることができたり
- 満たされたことで人に与えられるようになったり
- 今という時間に集中して時間を大切にできるようになったり…
おおざっぱに言えば、「余裕ができた」のではないかと思います。
何かを欲している時は、その「欲している対象」に注意資源が割かれてしまいます。
一方で、その注意資源を確保することができた時、余裕ができて「他のもっと大切なこと」に集中できるのですね。
特に僕は、「人に与えること」に人生の豊かさを感じるようになりました。
与えるためには、自分が満たされていないといけませんからね。
すると、
- 満たされ
- 満たしたくなる
という好循環が回り始めます。
僕にとってこの好循環は、足るを知ることで得たものの中で一番のものでした。
大切なことは、
「自分が満たされるかどうか」
ではなく、
「相手のことを満たしたいかどうか」
ということ。
それは僕にとって、全くの新境地だったのです。
おわりに
人はいつでも変わることができます。
しかし、変わること自体はとても難しいです。
そのタイミングは人それぞれであり、僕はたまたまいろんなことが重なって変わることができました。
今は満たされている時間が多く、以前に比べてストレスが大幅に減りました。
人間の欲望とは、
「食欲や物欲、金銭欲 < 利他的な愛」
なのかもしれません。
僕だけでしょうかね笑。
この考え方で、人生が180°変わるくらいの革命が起きました笑。
みなさんも、何かの機会に「足る」を知り、ちょうどいい按配で止めてみてはいかがでしょうか。
それこそが満たされることであり、何か新しい考え方を獲得できるタイミングになるかもしれません。
それではまた!
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