こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
若い時とは、どうしても他人の目を気にしていたものでした。
これが面白いことに、大人になってきますとあまり気にならなくなってくるものです笑。
ただ、難しいのは、
- 共感性が高い
- どうしても他人が気になる
- 自分の弱みを使って被害者ぶる
など、大人になってもいろいろな問題が出てくること。
今日は周りを気にしなくなった僕の秘訣と、問題点なども含めて書いていきます。
周りはあなたのことを見ていない

以前にも、この手の記事は書いております。
何度も言っていますが、
というのが、僕の持論です。
逆の立場に立ったらすぐにわかります。
という話。
当然、職場や家族など、長く付き合ってくると「見られている」という意識は出てくるかもしれません。
単純に「接する時間」が長いですからね。
しかし仮にそうだとしても、一人間としてのプライベートまで、誰かに干渉されているというわけではありません。
「見られている」という認識にも、限界はあるのです。
現代ではよくあることですが、インフルエンサーと言ってもあまりにもジャンルが多岐に渡り過ぎていて、
となることは多いです。
多少は「見たことある」程度になるのでしょうが、その人のジャンルが好きだとか追っていない限りは、「まぁ見たことある」くらいに落ち着くでしょう。
ということは、一般人である僕のような人間なんて、誰も見ていないのです。
だからと言って「何を言ってもいい」とかそういうことではなくて、”そういうものだ” と思っておくレベルでいいということ。
今日見かけた人のことを、全員覚えていますか。
数ヶ月前に会った人のことを、覚えていますか。
みんな自分の「今」を生きるのに必死なのです。
だからもう一度言い聞かせましょう。
と。
気にしている=自意識過剰

だから僕が思うに、人の目を気にしている人は、基本的に「自意識過剰」だと思っています。
事情は様々あるかと思いますが、あえて言うなら、
と思うからです。
何度も言いますが、
- みんな自分のことで精一杯だし
- 見るとしてもかなり狭い人しか見ていない
のです。
あるいは、友人として付き合っているグループなどでは、気になる発言やマウントなどは「干渉」の部類に入ってくるでしょう。
そこはその人たちとの「関係値」も大事になってきますから、
という話とは違ってきます。
持論を一般化したいわけじゃなくて、
ということです。
これくらいの気概で生きていますと、本当に他人のことが気にならなくなってきます。
他人は他人、自分は自分、と。
小学校の頃に習ったような響きですが笑、僕は激しく同意しますね。
もちろん、こうは言ってもなかなか気にしてしまう人がいるでしょう。
だから僕は、その人たちに向けても、再び言っているようなものです笑。
と笑。
堂々巡りになってきてしまいますので、解決策を。
僕が思う大事なこととは、「自分を客観視する力」だと思っています。
と。
もしかしたら、今この瞬間に誰かに「思い出されている」かもしれませんし、僕が電車でカタカタとタイピングしているこの光景を、誰かが注意深く見ているかもしれません笑。
でも、どこまで行っても “その程度” なのです。
僕だって電車や道端で人のことは観察しますし、
と、ふと考えることもあります。
それはお互い様でしょうけれど、その後何時間も「その人」について考えることなんてありません。
みなさんだって、気がついたらNetflixやYouTubeを見ているでしょう笑。
それをウジウジと毎回気にしているとすれば、やはりそこには「主観/思い込み」があるのではないかなと。
そう思いますね。
被害者ぶらない

ここでの注意点とは、
という被害者ムーブをかましてくる人です笑。
先に言っておきますが、
と思っている人が大半ですから、安心してください笑。
この「被害者ムーブ」をしてくる人とは、自意識過剰とはまた違う観点での、一種の承認欲求みたいなものですね。
と思っている人がやりがちなパターンで、乱暴に言えば「かまちょ」ってやつです。
僕が思うに、
- 気にしすぎな人は「他人はあなたを見ていない」と思うべき
- 被害者ムーブする人は「他人はあなたにかまうつもりはない」と思うべき
特に後者は、「他人はあなたを見ていない」という考え方が行き過ぎた場合ですね。
そんな思想が生み出した「モンスター」です笑。
ゆえに、「人の目」を気にしてしまうということは、どちらの可能性も生み出すということです。
- 自意識過剰か
- 承認欲求のカタマリか
でしょう。
これらを是正していかなければなりません。
と。
ここのバランス感覚とは、なかなか難しいものです。
特に若ければ若いほど、
と勘違いする傾向にあります笑。
僕もそうでした。
でも、
- 年を重ね
- 経験を積むと
と悟るようになります。
心が解放されることで、いろんなことに挑戦したり、自分の人生を生きられるようになります。
だから「誰も見てくれない!」じゃないのです笑。
誰かに見てもらうために、僕らの人生があるわけではありません。
もちろん、YouTubeやSNS、僕のブログもそうですが、
とも捉えられます。
それは発信者本人の心の奥底にあるものですから、そこまで言及することはできません。
僕に関して言えば、本当に “数字” が欲しかったら、毎日こんなブログを2時間もかけて5年近くも書きません笑。
キレイごとみたく聞こえますが、僕はただただ自分の思いや気持ちを整理して、誰かの役に立つ記事を書いていたいだけですね。
本当のところはどうなんでしょうか。
それはみなさんの想像にお任せします。
おわりに
人間とは社会的な動物ですから、そりゃ何かと気になることはありますし、僕も「0」ではありません。
それでも、あまりにも行き過ぎますと、
- 自意識過剰になるか
- 承認欲求お化けになるか
という悲惨な末路をたどることになりかねません笑。
気をつけていきたいですね。
それではまた!
