一度、自分のことを客観的に見てみる【この命でできることとは?】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

以前、こんな記事を書きました。

僕が世界旅行に旅立ったのは、

まぁ、もう人生は一度きりしかないし、やれることをやっておきたいな

と思ったからです。

いわゆる「バケットリスト」ってやつですね。

「死ぬまでにやっておきたいことリスト」のことです。

必死でやってみろ
死ぬ気でやってみろ

こういう言葉はよく使われるものの、なかなかできないものですよね。

今日は、自分を客観視して見てゆくことについて書いていきます。

自分は地球上の無数にいる生物の一人でしかない。だからこそなんでもできるし、だからこそ大切な存在でもあるのだ。

自分はどんな存在かを確認する

僕がこのような「一度死んだようなもの」という捉え方をしたのは、自分を客観的に見たことがきっかけでした。

この地球上では、僕ら人間は理性や感情を持つ動物とはいえ、あくまで有機体であり、いつかこの命が終わることとなります。

例外はありません。

これは「誰もがわかっていること」でありながらも、なかなか認められない事実でもあります。

その点をグッと堪えて受け入れてみますと、

そうか。僕は数十年後にはもうこの世にいないのか

と、いい意味で自分の人生を「楽観的に」見ることができます。

僕はお肉を食べる時も、

この命も、ここまでだったのか…ありがとう。僕の血となり肉となってくれ

と思いながら、感謝して食べるようにしています。

僕がもし食用の動物だったら、こんな風に人間のように幸せに生きることはできたのだろうか

と。

そして僕もまた、いつかはこの意識がなくなって、次の世代へとバトンタッチをするのだろう

と。

ある意味、ちょっとドライな感覚になるのです。

そうしますと、いろんなことに挑戦できるようになります。

なぜか。

自分の「終わり」を見据えるようになるからです。

じゃあ明日死んだら?
じゃあ来年事故に巻き込まれたら?

そう考えれば考えるほど、いてもたってもいられなったのが、数年前のことでした。

よし。今しかない

そうやって世界一周の旅を始め、その後も個人事業主も始めることにしたのでしたね。

まずは「人生をどう見てみるか」がポイントだということ。

客観的に見られない場合、

俺がー!私がー!自分の人生がー!どうやったら自分だけ幸せになれるのだー?!

と、変な方向のベクトルへと向かってしまうのです。

そうやってあまりにも主観的になるのではなく、僕らはあくまで地球上の生物であり、たまたま人間として生まれたということを受け入れること。

100年くらい生きるかもしれないし、明日亡くなるかもしれない。

いずれにせよ、もうケツは決まっています。

やれることをやるためには、まずは自分を客観視することからですね。

自分は地球上でどういう存在なのか。それを考えてみると、今の生活でできることをしようとするものだ。

一度しかない人生をどう生きるか

これは僕のテーマでもありますが、

これからの人生をどう生きるか?

と、常にグルグル頭の中で考えながら、当時も日々を過ごしていました。

その結果が、

  • 世界一周だったり
  • 個人事業主への移行だったり

だったのかなと思っています。

一度、そうした「自由な発想」になってみますと、どんどんと挑戦できるようになってきます。

うだうだ言っていても何も始まりませんし、いずれは灰となる身です。

失敗してもいいし、恥をかいてもいい

自分が「これだ」「これしかない」というものに全力をかけて、やってみるのです。

僕は年度ごとに何か目標を立てるわけではありませんが、この個人事業主の3年目(2026年)にして、いろんなことがまた始まろうとしています。

  • ブログの改変
  • もう一つのブログの収益化
  • 自分の事業の新しい場所への進出

などなど。

また少し海外旅行についても考えていますし、できることをどんどんやっていこうと思っています。

当たり前のことですが、人生は一度きりしかありません。

その事実を受け入れた上で、

  • 今何が必要で
  • 今自分はどこにいて
  • 自分は何ができるのか

を考えてゆくことです。

もちろん、考えるだけではありません。

もう終わっちまうぞ!俺の人生!

と思いながら、ひたすら行動してゆくことですね。

大丈夫。

いずれ僕らはいなくなりますから、なりふり構っている必要はないのです。

一度しかない人生だから、とにかくやってみよう。今自分にできることは何か。考えてみるのだ。

適当に、かつ大切に

僕は自分の命の「終わり」を意識すると同時に、

そうか。だったらある程度、適当でいいじゃないか

と思ったのです。

これは別に、悲観的な考え方でもなく、投げやりな考え方でもありません。

ただただ、

今の人生においてできることを、もっとラフにやっていこう

と思ったのです。

たぶん多くの人が、“考えすぎてしまっている” のではないのかなと。

以前の僕のように、ね。

もちろん、時に保守的になり、先を見据えて行動することも大切なことです。

ただ、日本にいる以上は、

そこまで守りに入らなくて大丈夫

だと思っています。

世界情勢は日々変わりますし、確かに日本の行く末もまた不安です。

それでも、

  • 紛争の絶えない地域
  • 政権が安定せずに貧困なエリア
  • その日暮らしで生きているような国

などに比べれば、「日本に生まれただけで丸儲け」という考え方は、あながちウソでもないと思っています。

だったら、いい意味でもっと適当でもいいじゃない?

そう思ったわけですね。

それはある意味「箍(たが)を外す」ようなイメージであって、積極的な考え方なんですよね。

そうしますと、

  1. 挑戦することを厭(いと)わなくなり
  2. より自分の人生を大切に生きるようになる

ようになります。

とても面白い感覚ですが、”逆に” 一日を「より一所懸命生きよう」と思うようになるわけです。

だってもう僕は、数十年後にはこの世にいないのですから。

だから、ある程度 “適当でいい” し、どんどん挑戦していって毎日を必死に生きていい。

先述した通り、この気持ちになるためには、自分の中で自分の人生の方向性を俯瞰しておくことが必要です。

難しいことではなく、もっとリラックスして、

さーて、どうしたものかな?笑

という気概を持てるかどうかということ。

この気持ちがなかった若かりし頃は、それはそれでガムシャラでした。

それもまた、それでいい。

人にはそれぞれステージがありますから。

でもいろいろと考えた挙げ句の果てに、一度ふと立ち止まりたい方は、僕のブログにたどり着くのだと思っています笑。

なぜでしょうか。

僕自身も、悩みに悩み抜いてきた「一般人/凡人」だからではないでしょうか。

一つでも共感できることがあれば、嬉しいですね。

改めて自分の人生をどうしていきたいか。

ぜひ考えてみましょう。

人生とは、意外にも適当でいい。挑戦してゆけばいいのだ。それは裏を返せば、自分の心に従って、自分を大切にするということだからだ。

おわりに

一度自分を客観視してみますと、とても面白いです。

この生物が、こんなことをしているのだなぁ

と笑。

別に卑下する必要もありませんし、自暴自棄になることでもありません。

その与えられた「命」で、

じゃあ何ができるのだろうか?

と考えることですね。

今みなさんは、やりたいことができていますか。

それではまた!

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