30代男性がパンケーキを食べたっていい【スイーツ系男子の哲学】

幸せ

こんにちは。すずきです。(@seiz_suzuki

ストイックで知られている男、すずきにとってスイーツを求めることもストイックな仕事のうちの1つです。

しかしどのカフェに行きましても、

  • やれカップルだの
  • やれ女子会だの

僕にとって市民権があるようには思えません

これに関しては非常に遺憾でしかありませんでした。

考え抜いた結果、この場を借りて抗議させていただく運びとなりました。

僕が思う「スイーツ愛」や「あるべき姿」など、かなり哲学的な話が多くなってしまうため、みなさんは疲弊してしまうと思います。

しばしお付き合いください。

スイーツは誰に対しても平等である

「スイーツ系男子」とはある意味「偏見」と捉えられても仕方がありません。

そうです。

スイーツの下に人は平等であり、スイーツを目の前にして男だの女だのオカマだの、ええいしゃらくせぇ。人は心だろうが!

僕はこうしてゴリゴリの「ザ・男子代表」みたいな顔つきと体つきをしていますが、だからなんだというのでしょうか。

誰が食べても美味しいもの。

それがスイーツのあるべき姿であり、逆もまた然りで美味しいと食べるのは誰であってもよいのです。

そうやって「美味しい美味しい」と幸せの絶頂に達している姿を見て、スイーツの立場に立っても「スイーツ冥利に尽きる」というものです。

それに関しましては、僕には絶対の自信があります

スイーツを目の前にした時、

  1. まずパクつく前にじっくりとその姿を眺め奉り、
  2. ただただ感謝し、
  3. 今から味わう甘さの絶頂のその先へと妄想を膨らせます。

疲れ切った頭と体に、「血糖値のローラーコースター」を発進させてしまう、この背徳感。

しかしそれと同時にやってくる、えも言われぬ達成感と恍惚感。

「今日スイーツが食べられる…食べられるんだッ!」

と思うだけで1日の仕事が活力を帯び、目の前に立ちはだかるイラ立ちや嫉妬、憎悪や嫌悪などは一瞬にして無に帰すのです。

もちろんデメリットもあります。

スイーツにありつけるという前提のもとに最適化された行動をしていたはずなのに、思いもよらぬ障害やハプニングによってそれが阻まれてしまった際には、職場に僕のただならぬダークのオーラが蔓延してしまうのです。

僕にとってスイーツとは人生であり、かけがえのない存在なのです。

  • 視覚的にも満点。
  • 味も満点。
  • 幸福感については言わずもがな満点。

点数をつけること自体が愚かな行為でしょう。

幸せを求めていた30代でしたが、もうそんなことはどうでもいいということに気づきました。

スイーツさえあれば、ハッピーになれる

もう自己啓発とか筋トレとかは、所詮些末な話でしかないのです。

そんな小さな話ではなく、もっと大きなビジネスの話をするべきでした。

スイーツは誰のことも幸せにしてくれる素晴らしい発明だ。どんな人でも幸せになれるのだから、たまの休みや自分へのご褒美としてスイーツを買ってみよう。

スイーツ系男子の苦悩

日々、すずきが苦悩していることがあります。

それは1人でカフェに入り、パンケーキなどのスイーツを食すことへの抵抗です。

辻堂駅から歩いてすぐ近くのBRUNCHESでそれこそ「ブランチ」代わりにパンケーキを頼んだところ、バカでかいホイップのタワーとハチミツ、そして堂々と横たわったパンケーキ3枚が僕の目の前に立ちふさがりました。

撮影協力:すずき

見てください。この圧倒的な西海岸の風格を。

これだけのものを、30代男性が通りに面したテラス席で頬張っているのを見て、一体誰が得をするというのでしょうか。

「僕だけ」です。

つまり多くの人にとって、場合によっては「不愉快にもなり得る光景」だということです。(思い込み)

それを助長するのが、圧倒的なすずきの「非スイーツ感」です。

スイーツとは反対の海岸にでも位置するであろう僕の格好や風貌を、世の中のカップルや女子たちが許すはずもありません。

しかし「自分のやりたいようにやる」と決めてから、早一年。

その信念の旗のもとに、30代男性は倒れながらも立ち上がってはスイーツを食すのでした。

つまりいざ意気込んで入るカフェは、僕にとって周りからの非難を振り払うための「試練」でもあるということを、みなさんにはわかっていただきたいのです。

その試練を乗り越えられた男にだけ、「幸せの絶頂」の代名詞であるスイーツが報酬としていただける。これが真理なのです。

そんな「苦悩の中」で食べるスイーツもまた、絶品ではあります。

人生一度きりと思えば、「周りの視線」なんてものは取るに足らないものです。

目の前にあるスイーツを、男一人でも取りに行く。

このストイックさが、男を男たらしめる姿勢なのですね。

男1人でもスイーツのために全身でぶつかっていこう。その先にきっと確かな幸福感があるはずだ。

甘いものの誘惑に打ち勝つ気力と精神

「スイーツ好きって言うけど、お前さぁ、節制してなかったっけ?」

秋晴れの気持ち良いお昼に、意表を突くかのような残酷な現実が、同僚から僕に突きつけられました。

すずきのストイックな性格は、何もスイーツに対するベクトルだけにとどまりません

  1. カラダのことを気遣い、
  2. 糖質制限(っぽいこと)をし、
  3. やれ男のカッコよさだの、
  4. やれ食生活改善だの、

と豪語していた僕は、とんだ詐欺師になるところでした。

「スイーツこそ我が人生」を謳い文句に、人生の幸せを求め続けた男が挟まれてしまった、「節制とスイーツ」という名の矛盾の狭間。

ここで悩んだ時間は、一生忘れることができないものとなりました。

  • 毎日の帰りのスイーツのため
  • 毎晩のシメのアイスのため
  • 外食のシメのパフェのため
  • どこか遠い地で食べるパンケーキのため

に、なんとか苦行とも言える仕事に耐え抜いてきた自分。

スイーツという名のご褒美をエサに頑張ることができていた人生が、泣くも無惨に崩れかけていようとしていました。

散々悩み抜いた結果、すずきは悪魔と「ある契約」を結ぶこととなります。

  1. 勤務終わりにプロテインバーなら良し。
  2. 平日の食後は低糖質プリン。
  3. たまにレディーボーデンorジャージー牛乳プリンも許す。
  4. 土日の外食のみ、スイーツを許可する。

全すずきが歓喜した瞬間でした。

週末のためなら、平日5日間をゴミのように扱っても構わない。

むしろ平日にすら「低糖質プリン」という立派なスイーツが手に入るのだから。

そうです。「ストイック」とは何も節制するということだけではありません。

節制の中に、いかに「スイーツらしきもの」という曖昧模糊なものによって自分を騙し通し、スイーツを滑り込ませるというストイックなことができるのか。

これもまた立派な「ストイックな行為」と認定しても、あながち間違いではないでしょう。

休日にカフェを探して歩き回り、多くの非難の視線を浴びながらも、やっとの思いでたどり着いたスイーツは、神や仏よりも神々しい光を放っています。

「お金を使う力」を伸ばすために僕ができること。

それは全国を行脚してカフェを探し出し、カフェラテと一緒にチョコチップクッキーやパンケーキ、フィナンシェやガトーショコラを食べること以外に思いつかないのです。(サウナは?美術館は?)

普段の生活ではできる限りその欲望を抑え、土日祝日に押さえつけられたその欲望を解き放つというスタイルは、ストイック以外の何物にも言い表し難い、貴重で唯一無二の思考なのです。

結果、最上位の幸福にたどり着くことができるような、そんな週末を送ることができています。

I can’t live without sweets.

先人たちが残した名言を、大切に胸に刻んでいこうと思っています。

甘いものを食べてはいけないと決めた人も、もう一度考え直してみよう。自分でうまくルール化して、なんとかスイーツを滑り込ませる方法を模索するのだ。

おわりに

あまりにも哲学的かつ抽象度の高い記事となってしまったため、多くの方が狼狽したかと思います。

無理もありません。

スイーツ系男子は全国に少数派として生息しているものの、僕のような存在を認めることに抵抗のある方々は、見渡す限りまだまだいらっしゃいます。

僕が市民権を得るためには、こうしてブログでスイーツに関する熱量を発信し、票数を集めることだけが唯一の手法でしょう。

コーヒーやカフェラテとスイーツのコンボは、地球上でも数少ない1×1=100を表すことのできるコンビネーションです。

そこに、

  • 「そよ風」
  • 「陽光」
  • 「冬の空」
  • 「澄んだ匂い」

が重なれば、100からさらに指数関数的に数値が倍々と上がっていきます。

世の中で最も偉大な発明だと言われている「複利」も、実はこのスイーツに当てはまるという研究もあったりなかったりするくらいですからね。

男のスイーツ道、いや「甘道」は苦難の連続です。

そのイバラの道を、自ら開拓しようとしている僕にも、いつか報われる日がくると信じてやまない毎日です。

その日が来るまで、スイーツの、スイーツによる、スイーツのための人生を、模索していきたいと思います。

それではまた!

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