日本人の自信がなさすぎる問題をどう解決するか?【要らない完璧主義】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

英語講師として英語を教えていますと、

私の英語はまだまだで…

と言ってくる人がいます。

もちろん、僕自身の英語もまだまだだと思っていますし、努力が必要だなとは感じていますが、本気の本気で「自信がない」と言ってくる人もいて、

え?そんなにしゃべれてるのに?!

と思ってしまいます笑。

以前にも日本の英語力について書いたことがありました。

今日もまた、ちょっと違った観点から記事を書いていきます。

日本人は自分に自信がない。そこには様々な要因がある。

自己肯定感の高い低い

先日、イチロー選手が、

僕は自己肯定感は高くないですね。ずっと自分の能力を疑っています

と言っているインタビュー動画を見ました。

僕は部分的に賛成しつつも、やはり人間はどこか自分の力を信じていなければ、素晴らしいパフォーマンスはできないんじゃないのかなとも感じています。

英語に関しましても、いつまでも英語の能力を追い求めていくように、僕だって常に、

ここはできなかった
あそこで詰まってしまった

と思うようにしています。

「している」というより、そう感じてしまうことはあるということです。

ただし「ある程度英語はしゃべれる」という自負もまた、持っておく必要があります。

僕が英語の先生だからということもありますが、その気持ちがなければ、いわゆる「自信がなくてしゃべれない日本人」となってしまうからです。

自信を持つというよりも、

そんなことはいちいち気にしてられない

という気持ちのほうが強いですかね。

世界は英語だけではありませんし、南米に行った時も必死でスペイン語をしゃべっていましたから笑。

「英語がしゃべれない自分」を想像していても仕方なく、ただただ練習していくしかありません。

英語に限らずスポーツや芸術に関しても、いつまでもあくなき探究心を持つことは大事であり、同時に、

  • 大会に参加したり
  • 自己表現をしたり

していかなければ、本当の意味での経験は得られませんよね。

英語も一緒なのです。

自己肯定感を高くする必要はありませんが、一方で低いままであってはいつまで経っても「現場」で戦うことはできません。

自分の能力を気にすることなく、ガンガン戦っていく人のほうが、アナログのこの世の中ではよっぽど強くなれるのです。

自分の能力に疑いを持ちながらも、積極的に能力を使って現場で戦っていく必要がある。

完璧主義は捨てろ

日本人といえば「完璧主義」が多い印象がありますね。

かく言う僕も、

テストで100点を!

と思って勉強に励んでいた人間でしたからね。

一方で英会話ともなりますと、間違えてでもやっていかなければなりません。

僕らが日本語を間違えて使っているように、ネイティブだって彼ら自身の英語を間違えながらも「コミュニケーションツール」として使っています。

日本語を勉強している外国の方が、「broken Japanese」を使ってきたって、みなさん「すごい!」と思いますよね。

英語に限らず、「完璧主義」とは悪い習慣を生み出します。

  • 挑戦
  • 失敗

を阻害してしまう大きな要因となるからです。

僕が教えていた生徒の中には、

もう文法書を20回も読み込んだ

と言ってきた方がいました。

スピーキングにも問題はありませんし、

何をそこまで?

と思ったものです。

テストで100点を獲れることと、言語を話すことは格段に違います。

ある意味、話すには話すなりの「テクニック」が必要であり、大切なのはインプットしてすぐにアウトプットを繰り返していくことです。(要は口を使うこと)

日本にはそんな環境もなければ、失敗に対して寛容な社会であるというわけでもありません。

だからこそ、皆が皆「完璧主義」を求めてしまうのであり、負のスパイラルへと陥ってしまいます。

英語だけではありません。

完璧主義は捨てろ

僕はこう言いたいのです。

そもそも、何を持って「完璧」と言うのでしょうか。

ネイティブになることが完璧なのでしょうか。

失礼な言い方ですが、ネイティブでも話し方や知識には差があります。

日本でも個人差がありますよね。

もし仮に、日本語を学んでいる海外の人が、本当の本当に “ネイティブ” を目指すなら、

絶対に日本語の文法を間違えない日本人

を目指すしかありません笑。

みなさんはご自身が “そんな日本人である” と、自信を持って言えますか?

僕には無理です笑。

  • 間違えたり
  • 詰まったり

しながら、コミュニケーションを取っている自覚があるからです。

だったら、英語も一緒です。

「ネイティブ」を目指すことそれ自体は悪いことではありませんが、ある程度話せるのならば、もう自信を持ってガンガン話していっていい。

さらに向上させたければ、話したり聞いたりしていく中で単語や表現を覚えていけばいいのです。

僕らはいつまで経ったって全知全能ではないのですから。

完璧主義になるのはやめよう。自分の推進力を削いでしまうからだ。

自信なんてなくていい

自信を持って!
周りの目なんて気にしないで!

と、僕は言いますが、正直なところ「自信なんてなくていい」とも思っています。

もっと大切なことは、

英語をツールとして見なしているかどうか

という点だからです。

これができない限りは、「英語を習得しようとすること」に終始して勉強してしまうことでしょう。

本来はその先に、もっと意味のある目標がなければならないのです。

学習それ自体を目的にしている人は、いつまで経っても伸び悩んでしまいます。

僕は今、

  • 韓国語
  • スペイン語

を中心に学んでいますが、それはいつか、

これらの言語話者とコミュニケーションを取りたい

と思っているからです。

そのために結果的に、

  • 語彙
  • 文法
  • 表現

が必要なだけなのです。

ちょっとでも韓国語を知っている人がいれば、

少し韓国語をしゃべれます

と平気で「韓国語で」言います笑。

自信があるから言うのではなく、「相手の言語を知っている」という気持ちを伝えたいからなのです。

レベルが上がればいろんな話をすることができるかもしれませんが、僕にとってそれは「今考えるべきこと」ではなく、

とりあえず使ってみよう

といった短絡的な考えしかありません笑。

その根っこにあるのは、単純に「コミュニケーションを取りたい」という、その気持ち1つだけなのでした。

オンラインで台湾の方(生徒さん笑)と話す機会があれば、

よーし!今日は覚えた単語をぶつけるぞ!

と思って望んでいます笑。

逆の立場でも、シンプルに嬉しいですよね。

ちょっと日本語で話しかけられて、

でも実は2〜3つしかフレーズを知らないんだ💦

と相手から言われたって、別にだからどうということはありませんよね。

「英語がある程度話せる」ということは、

  1. 能力はまだまだかもしれなくても
  2. コミュニケーションとしては十分である

ということ。

この事実を認識しておく必要があります。

その上で「もっと頑張ろう」なら、それでいいのかなと。

自信があるかどうかにフォーカスを当てる必要なんてありません。

自分が何を求めて英語を勉強しているのかを知っていれば、それでいいのです。

自信なんてなくていい。英語はただのツールでしかないからだ。

おわりに

日本にはびこる「自信がない」問題。

誰かと比べてそんなことをいちいちアピールしなくてもいいですし、どんどん使って話していくことが大事ですよね。

僕の今の韓国語やスペイン語のレベルは、みなさんの英語でいうところの小6とか中1のレベルです笑。

でも全く気にしていませんし、音に出すことはとても楽しいです。

僕が求めているのは「完璧」ではなく「楽しいコミュニケーション」だからです。

英語を学習している方であれば、今一度その「目的」を考えるといいかと思います。

それだけで、楽しい英語学習を続けていけるでしょう。

僕も頑張りますね。

それではまた!

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