知らないということが恐怖を生むということ【知れば怖くなくなる】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日、漫画ワンピースを読み返していますと、魚人と人間との間で憎み合いがあることに対して、

知らないことが恐怖を生み出す

という趣旨が伝えられていました。

僕がこうして海外に出てきてからは、

外国とはこんなにも美しいのか…

と感動したものでした。

何ごとも知らないからこそ恐怖心が出てくるもの。

今日は「知ること」について書いていきます。

「知らない」からこそ何かと考え過ぎてしまうものだ。知ろうとすれば大丈夫。知ってしまえばもう怖いものなしだ。

知らないと怖くなる

このワンピースにおける「異種同士の憎み合い」とは、

  • 現代においても
  • 現実世界においても

大きな問題として根深く残っています。

細かなことで言えば、僕自身も海外に対する「偏見」の塊を持っており、それはそれは怖がっていたものでした。

「知らない」とは「=恐怖」と言い換えていいように、人間は予想不能なことにおいては怯えてしまうものです。

何が起こるんだろう?大丈夫かな?

と、身の危険を感じるのは、先に何が起こるかわからないからこそ。

現代は「VUCA」と言って、誰にも未来が予想できない世界となっていますよね。

「知らないこと」は恐怖を生み出すだけではなく、

  • 勝手な偏見
  • 思い込みや差別

を生み出します。

僕が「知らなかった」ことで、そこまで大きなことはなかったとしても、「決めつけ」に近しいような、そんな認識を持っていたことは事実でした。

当然のことですが、知らないからこそ、空想ばかりが頭を過(よぎ)ります。

海外に行ったら、常に人が荷物を盗もうとしているんだ

でも実際に行ってみれば、あまりにも強く意識していたのは僕だけのように思えました。

いえ、注意するに越したことはないのですが、

あれ?なんだか想像していた雰囲気と違う…

日本にいた時に聞いていたことや、自分で思い描いていた海外の空想は、全くと言っていいほど違って驚いたものでした。

  • 意識すること
  • 気をつけること

は、決して悪いことではありません。

ただ、

「知らない」というだけでここまで現実とのギャップがあるのか

と痛感はしました。

仮に僕が、

「たまたまそうした経験がなかっただけ」

だったとしても、知らないというだけでいろんなことを思い描いてしまうものだということはわかりました。

だから「知らない」は恐怖となりますし、それは時にネガティブな影響も生み出してしまうのです。

「知らない」ということは恐怖になり得る。それだけで人間、いろんなことを考えてしまうものなのだ。

知ってしまえばもうこちらのもの

海外に出て良かったことは、再三記事にしている通り、

いろんなことを知ることができたこと

でした。

あまりにもざっくりしていて申し訳ないのですが、

本当に自分は何も知らなかったのだ

と痛感したために、こうした表現しかできませんでした笑。

逆に言えば、知ってしまえば「恐怖」はなくなっていきます。

恐怖が完全になくなるわけではないですし、ちょっと知ったからといってイキっていてもよろしくありません笑。

ただ確実に言えることは、

0と1には大きな隔たりがある

ということ。

これだけは誰が何と言おうと真実であり、特に海外での「実地経験」は、あまり海外に行ったことのない人の妄想に比べれば僕の経験のほうが、

絶対に信頼性の高いものだ

と断言することができます。

決して偉ぶっているわけではなくて、「事実」を伝えているだけなのです。

もちろん、「僕がした」経験しかお伝えすることはできなくて残念なのですが、1つのケースとしてはカウントされてもいいとは思っています。

それだけ、「一度知ってしまうこと」はものすごい力を持っています。

すでに持っていた「恐怖や偏見」もなくなり、また違った視点を与えてくれましたからね。

僕は30代に入ってから、この「知らないこと」に対する恐怖心をなくすようにしていきました。

全ては、知らないからダメなんだ

と。

知ってしまうかどうか。

そのための行動なら、「必要だ」と判断してきました。

今まで自分のやったことのないことにどんどん挑戦していかないと、「本当の世界」を見ることはできないのだ

と思うようになりました。

「挑戦」とはある意味それ自体が恐怖でもありますが、仮に壁にぶつかって失敗してでも、得られる教訓とは信じられないほど大きなものばかりでした。

知ってしまえば恐怖心はなくなる(薄れる)のは事実だとしても、知るためのプロセスや挑戦には恐怖が伴うものです。

でもそのリスクを取ることで、

なんだ、意外と簡単じゃん

と思えるようになります。

あとは、そこに飛び込む勇気のみ。

その姿勢が一度培われますと、いろんなことに挑戦できるようになるのです。

知ってしまえばこちらのものだ。それまでのプロセスには恐怖が伴うが、常にアタックできるような姿勢を身につけると、広い視野を持てるようになる。

人と仲良くなる秘訣

異種間で憎み合いが起こってしまうように、日本人からしても、外国人との距離はまだまだ遠いものです。

僕は日本人同士ですら、それが起こっていると思っています。

初めて関西に行った時には、カルチャーショックを受けて、

二度と行くものか!

と思ったものでした笑。

しかしそこで同時に感じたことは、

自分が何も知らなかった

という、

  • 自分の弱さ
  • 自分の浅はかさ

でした。

僕が「知らない」からこそ、勝手にそうした偏見や妄想が生まれます。

これじゃあダメだ。相手を知ろうとしないとダメなんだ

考え方が変わってからというもの、積極的に相手を知ろうとするようになりました。

世界の旅でも、旅の後半となれば、

あ、そこ出身なの?僕、そこ行ったことあるよ!

と、ホステルのメンバーと容易に話ができるようになります。

すると相手も、距離を近づけてくれるようになります。

SNSで僕が旅の画像や動画をあげれば、今まで出会った旅の仲間たちが、

僕/私の母国に来てくれてありがとう!

というコメントを残してくれます。

このように、相手を知ろうとすること。

この姿勢を持つことは、人との距離を近づけるのに「一番手っ取り早い手法」なのです。

今までの僕は、

知らないから仕方がないじゃないか

と、どこかで「誰かのせい」にしていました。

そうすることで、自分がリスクを取ってまでも「知ろうとすること」を避けたがっていたのです。

一方で、「知ろう」と思ってリスクを取り始めてから、異様なほどに人(=特に外国の方々)との距離感を縮めやすくなりました。

バックがあったのです。

もちろん、それは1つの「手法」であって、国内にいる人がダメだと言っているわけではありません。

僕の中にあった「自分の弱さ」と向き合い、それを克服していく過程の中で、「知らない」が減っていきます。

すると人々との「壁」もどんどんと壊されていくのです。

この感覚を身につけることは、僕をより「親しみやすい人間」へと変えてくれました。

2020年頃までの「トガっていた僕」とは、もう違いますね笑。

さらに世の中(=世界)を少しでも知ったことで、また大幅に人間関係の構築ができるようになったのですね。

人間関係の構築には、相手を知ろうとすることが大切だ。知っていることが増えると、その距離はものすごく速く詰めやすくなる。

おわりに

だんだんと「知らない」が少なくなっていく人生。

「知識を詰めたもの勝ち」が、人生というゲームのルールではありません。

ただ、知ろうともせずに人のせいにしていた頃の僕は、やはりどこかイケすかないやつではありました笑。

今はまた、

だいぶ懐(ふところ)が広くなったのかなぁ

なんて思っています笑。

少しでも世界を知って、恐怖心をなくせたので、今後の人との関係の築き方に期待が持てそうですね。

これからも、いろんなことを知ろうと努力していこうと思います。

それではまた!

コメント

タイトルとURLをコピーしました