世界一周をしてみて変わったこととはなんだろう?【視野の広がり】

幸せ

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

世界を旅して回っていますと、

せいじの中で劇的に変わったこととかある?

と聞かれます。

具体的には答えづらいのですが、

  • 日本の豊かさ
  • 自分の視野の狭さ

などを知るようになったのが、大きな部分だと思っています。

世界ってこんなに広かったんだ…

と思うと同時に、

意外と狭いもんなんだなぁ

とも思う今日この頃。

今日は「自分の中で変わってきたこと」について書いていきます。

世界を歩いていく中で、日本の小ささを感じると同時に、自分の視野が広くなっていることを感じた。飛び出したことで、また新たな視点も手に入れられたのだ。

今までの自分

これまでの自分は、再三書いている通り、何も知らないただ一人の「日本人」でした。

僕らが日本において海外旅行者を見るように、

誰?あの人

となるのは当然のことです。(日本人同士ですらそうですよね)

それだけ世界は広いということ。

僕も各国に数日くらいしか滞在していませんから、その国のホステルの人からしても、

そんな旅人もいたなぁ

か、それ以下のレベルです。

自分はただ一人のモブキャラでしかない。

その感覚を最初に食らったのは、まさかのアジア圏である韓国でした。

自分が「部外者」であることを初めて食らったような、そんな感覚でした。

誰も助けてはくれませんし、現地の言語を操れなければ人権はありません笑。

旅を続けてきたからこそ今は大丈夫ですが、当時はここまでグッと胸が締め付けられるとは思ってもいませんでした。

つまりそれほど、僕は「安心/安全」の保証された場所にいたということなのです。

決して「日本にいること」が悪いことなのではありません。

これは結果論であり、飛び出したことで感じたことがあまりにも絶大だったため、

自分の視野ってこんなにも狭かったんだ

と思っただけです。

世界は広く、美しく、そして人々は温かいということに、実は気づいているようで気づいていなかった自分。

偏見をなくそう!
視野を広く持とう!

僕もこんな風に叫んでいたものです笑。

でも実際に他国を経験しなければ、偏見を拭うことや相互理解など「できっこない」と感じました。

それだけ、

  • 思っていた視野
  • 実際に見ている景色

は違ったのです。

以前の僕は「知っている」ような気になっていた。しかし実際の視野はとても狭く、何も知らないのと同値だったのだ。

日本のような国は稀(まれ)

幾度となく思って(書いて)きましたが、いろんな国を回っていく中で、

  1. 日本のような国もあれば
  2. それとは程遠い国や地域

もありました。

ただし「日本のような国」はほとんどなくて、広大な土地からインフラが整っていなかったり、道路も整備されてなくてゴミだらけだったりと、

ま、まだこんなところがあるの?

と思ったものです。

世界は少しずつ良くなってきており、誰もがスマホを片手に持ってはいるものの、やはり「発展途上」の国はたくさんあって、街やインフラはまだまだ日本のそれとは程遠いものでした。

  • 欧米諸国
  • シンガポール
  • オーストラリア

などは、なかなかに綺麗な場所が多かったものでしたが、それは本当に絞っていった場合のみであり、日本の衛生レベルの高さを思い知らされました。

  • 衛生
  • 安全性
  • モラル
  • エンタメ

など、どれをとっても申し分がないのは、

  1. 日本が豊かであり
  2. 教育が行き届いていて
  3. 国民全体に余裕がある

ということ。

資金面で困窮しているとか、デフレだとかそういう課題等も、他国の状況に比べれば大したことではありません。

もう十分豊かであり、他の国でも見られないほどのサービスを受けることができると感じています。

だからこそ、こぞって多くの国の人々が、

一度は日本を訪れてみたい

と言っているのです。

それくらい「稀(まれ)」な国であり、僕がこうして「日本に生まれ育ったこと」がいかに奇跡的だったかを、毎日のように思わされています。

世界に出て感じたことは、「外から見る日本」もそうでしたが、

外国に住んでいる人々から見た日本

も感じられるようになりました。

これは確かに、行きたくなる国だわな

と。

まだまだインフラの整備は不十分であり、多くの国は「日本から学ぶべきところ」があるのだと感じています。

日本が偉いわけではないですし、僕は本当にたまたま「日本に生まれた」というだけで、威張っていいものでもありません。

先人たちのおかげですしね。

ただ、それだけ日本という国は稀(まれ)であるということ。

奇跡の上に生かされていたことに、恥ずかしながら34歳にしてやっとわかったのでした。

細かいことは毎日書いている通りですが、乱暴にいってしまえば、

この旅で人生観が変わった

とすら思っていますね。

日本という国がいかに奇跡的な国であるかを実感する毎日だ。視野が広がったこともそうだが、改めて日本という国が特異で恵まれた国なのかを感じたのだ。

いつでも世界を感じるようになる

海外に飛び出した序盤で思ったことは、

え?!ちゃんと日本以外の国でも人が暮らしているの?!

という、まるで「おバカさん」のような感想でした笑。

日本各地でも人が暮らしているように、国が変わったって人は暮らしています。

その事実に気づいたのは、数カ国回ってからやっとのことでした。

しかし逆に、どんどんと「日本の暮らし」が他人ごとになってくるという現象が起こりました笑。

世界に身を置いてみて、まさに「今」いる自分の時間こそが現実であり、僕の人生の一部だからです。

人間とは面白いもので、そんなに視野を広く持ち続けることはできません。

仕事があれば仕事に熱中しますし、何かイベントがあればそのイベントにしか頭は働きません。

日本に長くいたからこそ、

「世界の目線」が持てるのは、今しかない

そう思いながら旅を続けるようになりました。

僕にとっては「」が大切なのだ、と。

日本に帰って数日、数ヶ月もすれば、もう海外のことなんて「そんなこともあったな」レベルになるのは目に見えています笑。

だったら、今の今、見えている景色を目に焼き付けて、いろんな人と言語の壁を超えながら交流して…

と、その時間を精一杯楽しもうと思ったのです。

旅に少し慣れ始めた時から、「今」に集中できるようになりました。

それまでは、母国のことが懐かしくて仕方なかったものです笑。

でも今は、こちらがスタンダードとなったことで、日本以外の世界を身近に感じられるようになりました。

世界を回ってみて劇的に変わったこと。

それはざっくり言えば「視野の広がり」でしたが、一言では表せないくらい、本当に多くの経験を積むことができました。

「自分探しの旅」なんていう表現は、僕は好きではありませんが、

あながち間違ってないのかもな

とも思いましたね笑。

  • 日本での自分
  • 世界での自分

はまるで違ったからです。

今では、日本(あるいは世界)にいる、世界を知っている人々の仲間入りができました。

それが一番の収穫だったのかもしれませんね。(嬉しい)

今はもう、日本だけではない世界を知ることができるようになって、とても感慨深いですね。

世界に出て変わったこと。それは自分の立っている位置だった。日本から外れた場所にいる自分を見てみること。それが何よりの収穫だったのだ。

おわりに

「変わったこと」はたくさんありました。

「視野」それ自体もそうですし、世界への慣れもそうです。

どの国のどの土地にも、愛すべき人たちが住んでいて、僕もその一部になることで、「新たな自分」を見つけることができました。

やったことは簡単で、ただ「行ってみた」というシンプルなものです。

それだけで多くのことを学ぶことのできたこの旅。

もう少しだけ続きますので、さらに視野を広げていきたいと思います。

それではまた!

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