こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
日本に帰ってきてから、
ということを記事にしました。
あいも変わらず、日本女子が可愛いらしくて仕方ないのですが、
と思うようになりました。
今日は僕が「どんな女性に対してもすべきこと」を書いていきます。
良い男でいるためにできること
僕は昔から「陰キャ」であり、女の子とうまくしゃべれた経験がありませんでした。
ダンスサークルに入ったことで、女の子と一緒になる機会が増え始めて、
と、下心ありきで女子と接していたものでした。(おい)
僕なんかを相手に選んでくれた人も現れ、パートナーとなってくれたこともありましたが、その当時は僕の未熟さゆえに、うまく行かないまま破局となりました。
今となってはもう、
という領域にまで達しています。(悟り)
学校で教えていたこともあって、
- 生徒は生徒
- 女性も一人の人
として見ることが多くなり、そこにリスペクトや「笑っていてもらいたい」という気持ちが芽生えるようになりました。
年下の男子たちが頑張る姿も好きですが、女の子だともっと応援したくなりますね。
よく彼女や奥さんを「特別扱いすること」がいいことだと言われていますが、僕はいろんな人を「平等に好きでいたい」と思うようになっていました。
もっとシンプルに、
そのためには僕がいつも元気でいて、何かをGIVEできないかと考えておく必要があります。
あえて「男として」頑張れることといえば、自分を磨くことなのかなと。
もちろん、コミュニケーションを通して女の子たちを喜ばせることも大切なことですが、
といつも思っています。
- 相手を笑わせる技術
- 話していて楽しいなと思わせる話し方
- 触りたいなと思わせられるような筋肉(ん?)
などなど、もっと鍛えられることはたくさんあるのではないかと思うのです。
「良い男の条件」とは、女性のみなさんにとってはいろんな意見があるかと思いますが、僕個人としては女の子を楽しませられるように、
- 紳士で
- 優しくて
- 爽やかで
といった、基本的なことなのかなと思っています。(僕に爽やかさはないが)
まだまだ修行中。
もっともっと、魅力的な男(漢)になるのです。
いつも「相手」そのものを見ること
「女性」と一括りにするのは難しい時代となってきましたが、世界を周遊してきた中で、
「相手を一人の人間として見ること」
は当たり前のように思えてきて、それこそが今まで僕ができていなかったことだったのだと気づきました。
若かりし頃の僕は男だろうと女性だろうと、
と思っています。
対話の量が圧倒的に足りなかっただけでなく、僕自身のインプット量も死ぬほど足りていませんでした。
だんだん話すのに慣れてきたというわけではなくて、たくさん対話を重ねていくことで、
と思うようになったのです。
「女性をうまく口説くテクニック」なんて小手先のものであって、その男の本性なんてすぐにバレてしまいます。
常にオープンなマインドセットを持っていろんな人と関わっていくことで、そんなテクニックなんて不要などころか、その人の魅力はどんどん深まり、また相手のこともフラットに見られるようになります。
僕が以前より女の子たちとしっかりと向き合って話せるようになったのは、「単なる異性」という感覚をなくして、「その人そのもの」を見るようになったからだと思っています。
僕にも欲や下心はありますから笑、キレイごとを言うつもりなんてサラサラありませんが、まず最初に対話があって、相手に興味を持って接することが、僕には必要だったことは間違いありませんでした。
そうしていつでもフラットに人と接することができるようになりますと、人との付き合い方もとても楽しくなってきます。
ここ最近では、あまり誰かのことを特別視することはなくなってきました。
美人さんやイケメンと話すこともありますが、「だからどう」ということはなくなり、
と考えることのほうが、僕にとって大切なことになってきました。
ジェンダーとかセックスとか、そういう次元でものを考えていた昔の僕は、明らかに視野が狭かったのです。
僕自身が成長し、広い視野を持っておくこと。
それだけでもっと僕は魅力的になれますし、相手のことも「まっすぐ」見られるようになるのです。
みんな可愛いからもっと自信を持っていい
ここで話を女性に戻しますと、帰国してからずっと言い続けているように、
ということです。
道行く人々や生徒たちを見ていても、それぞれが一所懸命努力をしているのに、
と言い始めます。
「頑張っている自分」を褒めてあげなくてどうするんですか。
男どもにも「好み」はありますから、そこに合致しない時もあります。
それはお互い様なのですから、そんなことでめげなくていいのです。
女の子たちは生きているだけで(存在しているだけで)、男どもからしたら感謝の対象なのです。
これが男どもの本音ですからね笑。
それぞれには「それぞれの可愛さ」があります。
僕は世界を回ってみて、各国には「自分を出している女の子」ともたくさん出会いました。
自信に満ち溢れており、一緒にいてたくさんエネルギーをもらうことができました。
僕自身にも言えることですが、僕の自己肯定感がどん底であったら、このブログも読みたくなくなりますよね笑。
自信とは過信と違いますし、そこに裏付けされた努力や経験が必ず潜んでいます。
「謙遜と卑下」も大きく違います。
日本では謙遜が行きすぎて、自分を卑下する人も多く見かけます。
そんなこと、しなくていいのです。
僕ら男どもから見れば、みんな一所懸命生きていて、可愛くてカッコいいのですから。
僕らにできることは、そんな「女性たちの頑張り」をまっすぐに見ること。
漢の修行はまだまだ続きます。
おわりに
帰国してから感じる、女性たちの輝き。
僕ら男たちは、その存在だけで元気が出てくるものです。
でもそんな女性たちが自分自身のことを好きになれていないのであれば、それは男たちにも原因があります。(理不尽)
そこには、女性たち自身の努力が確かに必要かもしれません。
ただ、きっとそんな人ほど努力をしているのですから、もっともっと自分を愛していいと思います。
そうすれば、きっともっと現代の女性たちの魅力が湧き出てくるのでしょうね。
それではまた!
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