こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
以前に書きました、「エフォートレス思考」についての記事ですが、その中で僕が「やめたこと」について書きました。
人生は有限ですから、その中で「やらないことを決めること」はとても大切です。
僕もそこに差異はないのかと思っていましたが、世の中に「消去法」というものがあるように、やらないことを決めてしまうことはとても清々しく、人生をシンプルにしてくれます。
今日は、僕が「やらなくなったこと」について書いていきます。
僕がやらなくなったこと
やらないことを決める。
これは有名な「生き方」であり、多くの著名な方々が「やらないこと」について言及しています。
僕は以前、それはまぁ怠惰な生活を送っていたものでした笑。
- テレビ
- ネット
- スマホ
- 飲み会
など、自分の身の回りのガジェット類を余すことなく使い倒し、
- 仕事から帰ったら夜更かしをして、
- 次の日は朝礼のギリギリに出勤する。
というていたらくっぷりでした笑。
コロナや離婚をきっかけに、僕の生活が変わり始めたのは2020年でした。
まず僕がやらなくなったことは、「お金を貯めること」でした。
お金を貯めること
最初にお金の勉強をし始めて、気づいたことがありました。
先に言っておきますが、僕はもともと「倹約家」であり、散財する人間ではありません。
良い子の散財しがちなみなさんは、決して真似しないでくださいね笑。
そんなこともあってか、僕は「お金の使い方」をいまいちわかっていなかったのです。
と思い込んでいたのもつかの間、増えても増えても募っていく不安…
それは典型的な「欠乏マインド/貧困マインド」を持っていたからでした。
そうですね。
結局は「言い方」の問題ですが、あきらかに「お金を貯め込もうとすること」はやめるようになりました。
使うようになった、ということです。
そのおかげで、多くの不安から解放されました。
もともと倹約家でしたので、これ以上見えない相手と「お金貯め合戦」をしても埒(らち)が明かないと思ったのです。
もう「お金を貯めよう」というマインドは消えました。
おかげさまで「何に使うか」をより大切にするようになったのでした。
ネガティブな情報に触れること
世の中のテレビやニュース、またネットニュースに関しましても、1ミリも触れないようになりました。
言い過ぎだろといわれますが、自分でも驚くほどニュースを見なくなり、
- 見かけてもスルーする。
- できる限り頭の中から追い出す。
こうした習慣が身につきました。
自分の人生に、それこそ1ミリも関係がないからです。
経済のニュースや、自分に関係しそうな情報はネガティブな情報ではありませんから、たまに取りにいく。
軸はブレていませんよね。
むしろちょっと危ないのは、自分の身の回りの人のグチや噂(うわさ)話です。
それらもネガティブと言いますか、あまり意味のないものです。
自分自身も下手をすると「発信する側」になりかねません。
グチってはいけないということを言っているのではなく、そうした「ダークな心」になってしまうこと自体が問題なのです。
- テレビを売ってから
- ネットニュースを見なくなってから
自分の人生をやり直しているような、そんな感覚になりました。
「普段からネガティブなものに触れている人」は、オーラもなぜだかネガティブです。
そうならないように、僕は「ネガティブな情報」に触れること(発信すること)は、やめたのです。
無理な人付き合い
日本の慣習ともいうべき「飲み会」。
先に言っておきますが、全部を否定しているわけではありませんし、「お疲れさま会」なども行かないようにしているわけではありません。
自分なりに按配は決めていますが、
- 行きたくもない飲み会
- ただのグチのこぼし合い
であれば、価値はないと考えています。
またお金もバカになりませんし、時間のムダ使いにもなってしまいます。
先ほどの、
- 貯めること
- ネガティブな情報
ともリンクしてきます。
どんなに貯蓄していても不安だったのは、飲み会でバカスカお金を使っていたからに他なりません。
「自分の満足度の低いところに、多額のお金を突っ込んでしまう」
こんなに愚かなことはありません。
お金は少しばかり貯まっていたのに、なんだかやりきれなかったのはそのためだったのです。
また「思考停止状態」で参加していたことも。精神的ダメージとして知らない間に累積していたのでした。
という固定観念もありましたしね。
だから「窮屈な人付き合い」もやめました。
自分にとって「何かイヤな感じがする人」とは、できる限り距離を置くようになりました。
- マウントを取ってくる
- 酒に酔って制御できなくなる
- 自分の思い通りにしようとしてくる
みなさんにも経験があると思います。
変な忖度(そんたく)や、上っ面の付き合いはやめましょう。
すると、
- 自分の好きな人
- 自分が尊敬できる人
- 自分を愛してくれる人
と出会えるようになるのです。
ムダな時間を過ごすこと
人生は一度きりしかないと思って走り始めた僕ですが、そこから劇的に変わったのが「時間の使い方」です。
いろんな生き方があってよく、ダラダラしたりリラックスすることを否定しているわけではありません。
ご家族がいたりと、それぞれ状況も違いますのでね。
とにかく「やらない」と決めたことは、
- 家でのテレビ
- 移動中のYouTube
- (先ほどの)無理な人付き合い
です。
これらがなくなったことで、本来あるべき自分の時間を取り戻すことができました。
まるで「高尚な生き方」のように聞こえますが、別に偉いだとか正解だとか言っているわけではありません。
人間とは「とにかく楽をしたい生き物」であり、そのおかげもあって文明も発展してきましたからね。
しかし振り返ってみれば、僕に取っては「楽な時間/リラックスしている時間」だと思われていた時間は、本当にムダな時間でしかありませんでした。
今思うと恐ろしく、
そう感じています。
仕事から帰ってきてご飯と惣菜(揚げ物)、スナック菓子とチョコレートを頬張りながらテレビをつける。
パソコンとスマホを遊泳し、ネガティブニュースからエンタメまで見尽くして、友達と遊ぶ予定を立てる。
そんな生き方も悪くない…
果たしてそうでしょうか?
僕は今のほうがよっぽど「生きている」と感じています。
好きな人と交流したり会ったりして、ポジティブな空気をあげて/もらって、自己研鑽(けんさん)をする。
本を読んでブログを書いてアウトプットして、ランニング/ダンス/筋トレをする。
「自分にとって満足度の高いもの」とは、ダラダラするようないわゆる「怠惰な生活」ではなかったのです。
先が見えない生活ほど、僕の心をむしばんでいたということに気づいたのでした。
ただ、今の生活も、
「一切のムダ無し!」
とは言い切れません。
それでも満足度の高い、有意義な時間を獲得できるようになりました。
暴飲暴食
先ほどの例にも直結しますが、僕は2021年の夏にロカボダイエットをスタートしました。
そこまで太っていたわけではありませんが、自分の食生活を見直すいい機会に恵まれたのでした。
おかげさまで、
- お酒
- 炭水化物
- スナック菓子
を激減させるにいたりました。
結論から言えば、
- 足るを知ることができ
- 生活にメリハリが出てきて
- 以前よりも幸せを感じられる
ようになり、パフォーマンスも上がりました。
今までいかにムダなものを摂取していたのか、「暴飲暴食」をしていたのかがわかりました。
これらをやめたことで、食べ物にも感謝するようになりましたし、運動する時も動きづらいということがなくなりました。
生活リズムも整い、毎日夜更かしすることもなくなり、遅くにお菓子を食べることもなくなりました。
どうやら「テレビ」と「スナック菓子」の相性はバツグンだったようで、どちらも断つことで人生が本当に豊かになりました。
また性格の面におきましても、
という自己中心的な考え方がなくなりました。
スナック菓子1つ、食生活1つだけでも、こんなに変わるものなのですね。
体つきもシマりましたし、以前よりも洗練されたようです。
【2022年2月】
【2022年8月】
いい体つきになれば、自己肯定感も上がりますし、何より運動のパフォーマンスが上がるので、僕にとっては万々歳ですね。
おわりに
何か新しいことを始めるために、僕はどんどん不要なものや不要な時間を捨てていきました。
「悪習慣」とは面白いくらいに互換性があり、どれか1つだけということはないようで、お互いにつながっています。
逆にどこかチェーンの1つを切ってしまえば、他の悪習慣も連鎖的に消えてゆくことが期待できます。
まずは「やらないこと」を決めること。
そこから徐々に、
- 自分のやりたかったこと
- やらなければならないこと
- やると人生が豊かになること
を入れて、幸せに向かっていきましょう。
それではまた!
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