カナダに滞在してみて感じたこととは?【人の優しさに触れる】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

先日まで長い間カナダに滞在していましたが(と言っても2週間程度)、ほとんどは友人の家に泊めてもらい、その温かさに触れました。

どの人も優しく、わざわざ会いに来てくれる人もいたりと、日本にいた時とは比べものにならないような体験をすることができました。

今日はカナダに対する率直な意見を書いていこうと思います。

カナダは温かかった。その気持ちを忘れないで日本に持って帰ろう。

基本的に温かい

カナダに来て一番に感じたことといえば、「誰もが温かい」ということでした。

日本と比べるわけではありませんが、日本人のホスピタリティはどこか「表面的」なような気もします。

「シャイ」と言えばそれまでですが、あまり感情を表出するような文化ではありませんよね。

探りを入れながら親しくなっていくようなイメージがあり、すぐに距離を詰めるようなことはなかなかありません。

そう言った点においては、関西(特に大阪)はお互いの距離が近いように感じますけどね笑。

僕が接したのは日本人だけではありませんでしたから、カナダ全体を通して見てみても、

なんだかおおらかな人が多いな

という印象でした。

うちに泊まっていきなよ

と言ってくれる感じも自然ですし、気を遣っているこちらのほうが申し訳なくなってしまいます笑。

本当の意味で「温かい」とは、こういうことを言うのだなと思いました。

  • 裏表のない
  • 屈託のない

そんな笑顔で接客してくれますので、こちらも気持ちよくなります。

日本人も本当はそのような優しさや温かさを持っているはずなのに、どこか警戒している感じがあって、なかなかお互いの距離が縮まることがないんですよね。

海外にいる日本の方々は、もうちょっとカナダらしいと言いますか笑、海外に染まっています。

というよりも、もともとそんな気質があったからこそ、海外が合うのかもしれませんね。

僕もこちらにいるほうが、ありのままの自分でいられるような気がしました。

温かくいることは実はそんなに難しいことではなく、

それを出すか出さないか

だけだと思っています。

みんなしっかりと、胸の内に温かさを持っているはずだからです。

素直になってその姿勢を出せれば、日本人同士ももっともっと簡単に親密になれるのではないかなと思っています。

海外に来るとどこか温かい国民性を感じる。特にカナダでは、おおらかで自然体な態度に心地よさを覚えた。

適当だけどそれもまたいい

日本の方々が行なう仕事は、全てがズバ抜けていて、しかもきちっとしています。

僕自身もそうした性格でしたから、人ができていないといちいち気になることが多かったものです。

悪く言えば、お互いがお互いを監視するような、日本ってそんな社会のイメージ

そう思うようになったのは、海外に来てからでした。

あれ?日本社会ってなんでこんなにせかせかしてて、周りが見えてないんだろう?

と。

カナダでは(いやカナダに限らず)店員さんが適当な時もあります笑。

もちろん、しっかりと接客されている方もいますから、一概に「カナダがそんな感じ」とは言い切れません。

ただ日本と比べてしまいますと、「日本の基本レベル」が段違いに高いことがわかります。

しかし実はそれがまた「悪」でして、その基準まで達していない人がいますと、その人を批判したくなってしまうのです。

海外に来て僕も、よくそのような記事を書くようになりましたが、こればかりは海外に来てみないとわからないことでした。

よく言われる「外から見た日本」ですね。

日本にいますと、それが当たり前となっていて、視野が広いと思っていた僕ですら、

何も知らなかったのだな

と思い知らされました。

「だから日本も適当でいい」と言うわけではありませんが、ある程度余白を残してもいいんじゃないかと思うくらい、

「ほどよく適当に生きること」

はとても大切なことだとわかりました。

人間、失敗したっていいじゃない

そう思っているからこそ、人に優しくなることができますよね。

そのまま発展しようとしないこともまた海外の「悪」ですから笑、うまくいいところをとって働いていきたいですよね。

仕事には真剣でも、少し適当になれるような、そんな「いい按配」を探っていくのが良いでしょう。

適当さが出るのは海外では当然のこと。それを寛大だと捉えることができれば、日本ももっとギスギスしなくなるだろう。

優しく生きよう

モンゴル800の「あなたに」という曲の中で、

人に優しくされた時

自分の小ささを知りました

という歌詞があります。

僕もこの旅で、改めて自分の小ささを感じさせられたものでした。

それくらい「人の優しさ」に触れられたのです。

え?いいよいいよここは奢らせてよ

と、平気でみんな優しくしてくれます。

お金に関してだけではなく、その態度そのものが、僕の求めていた理想のあり方でした。

去年くらいから僕も、だいぶ「優しく」生きられるようになってきましたが、それは日本というキチッとした文化の中での優しさでした。

日本人はちゃんと反省する人が多いですし、お互いにある程度は話のわかる文化だと思っています。

海外にいますと、

自分のせいではない

という顔を、平気でしてきます笑。

もちろん、「怒らないこと」が心の広さを表しているとは限りません。

時に意見を伝えたり、できていないことをハッキリと指摘しなければならない時もあります。

ただ「言い方」やこちら側の「態度」も大切な要素であり、その点において日本人は「優しさ」があまりないように感じるのです。

表面上はとても丁寧な対応に見えますが、やはり心のどこかで、

もっとちゃんとやれよ

と思っている人は多いです。

つまり本当の意味で優しくはないのですね。

その点においては、適当さも相まって笑、カナダの人々はとても優しかったものでした。

人に優しくされたことで、感じた自分の小ささ

人に優しくなることさえできれば、自分の器も大きくなっていきます。

僕ももっと人に優しくできるよう、自分を磨いていきたいですね。

人に優しくされたら考えてみよう。いかに自分が小さいのかを。逆に人に優しく生きることができれば、大きな器を持つことができるようになる。

おわりに

カナダの人たちは温かく、適当で笑、優しい人たちが多かったです。

各文化に優劣はありませんが、感じたことを活かすかどうかは自分次第です。

明らかに日本と違った優しさ。

それをどう取り入れていくことができるのか。

これからの僕に期待ですね笑。

それではまた!

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