30代が人間関係に疲れた時に考えること【摩擦は必ず起こるもの】

人間関係

こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki

僕は人とコミュニケーションをとるのが好きな一方で、その頻度が多いものですから、

  1. イヤな思い
  2. ツラい思い

もたくさんしてきました。

しかし「嫌われる勇気」を読んでからと言うものの、そういった「ネガティブな感情」はなくなりつつあります。

これは、

自分のことを嫌うのは、相手の課題であり、あなたにとってはどうしようもないことだ

という考え方です。

ここ最近でも、人と関わるのが楽しい一方で、少し疲れてしまったこともありました。

そんな時、僕はどうやって対処しているのでしょうか。

「嫌われる勇気」にある「課題の分離」とはまた別に、僕が考える独特のコミュニケーション論について書いていきます。

人との関係とは、ぶつかり合う星のようなものだ。摩擦を経験して、また成長していこう。

「人=星」理論

大学生時代も、人と関わるのが楽しい一方で、その「摩擦」に悩んだものでした。

人間同士関わっていれば、

自分の発言で相手を傷つけたかな?
議論の場だったけど、強気な発言で変に思われたかな?

と、こんなことは日常茶飯事ですよね。

僕の周りにも、摩擦があふれていたものでした。

実を言いますと、僕は大学生時代に「自分なりのコミュニケーション論」を、すでに考え出していました笑。

それは、

コミュニケーションにおいて、摩擦は必ず起こるものだ

というものです。

当時「mixi」というSNSで日記を書いていたのですが、その中で、

人と人との関係は、惑星に似ている

と喩えて書いていました。

人と人とは星同士がぶつかり合うようなもので、衝突は避けられず、それは幾度となく繰り返される。

しかしその衝突の都度、人という星は、大きくなってゆくものなのだ。

学生時代は若いということもあって、もっとトガっていましたし、多くの衝突を経験したものでした。

当時は、人との関わり方に悩んでいた時期でもありましたからね。

僕に限らず、人それぞれ、

  • 思考
  • 意見
  • こだわり

などを、必ず持って生きています。

それは当然のことであるはずなのに、

それらを侵されまい。嫌われたくない

と、ぶつかることを恐れていましたら、「自分という星」はずっと小さいままです。

また他人(=他の星)とぶつかったはいいものの、そのまま砕け散ってしまえば、小さいままであるどころか、「もっと小さな星」に成り下がってしまいます。

例えば、他人との衝突の後に、

  • 感情的になっている時間
  • 自分が正しいと疑わない時間
  • 再び衝突することを避けている時間

などですね。

僕は、他人という「星」にぶつかった後、2つが一つとなって一回り大きな惑星となるためには、

相手のことを受け入れる必要がある

と思っています。

ぶつかって、はい終わり

ではなく、相手のこと(=星)を自分の中に取り入れ、自分という星を大きくしてゆくのです。

これは、「器が大きい」という言葉に置き換えられるのかもしれません。

器の大きい人(=大きな星の人)ほど、

  • 小さな星を潰しにかからない
  • 小さな星を取り込んでゆける度量を持っている

と思っています。

他人とぶつかることを前提として、その後いかに「大きな星」になることができるか。

もし他人との衝突を避けられなかった時は、他人とぶつかった後の対処法のほうが大切なのです。

僕もより大きな星となれるよう、日々他人(=星)とぶつかり、大きくなっていきたいと思っています。

人とぶつかることは仕方のないことだ。ぶつかったことを成長の糧にできれば、あなたの器はどんどん大きくなる。

摩擦があるから大きくなれる

星同士がぶつかり合うように、どれだけ広い宇宙であっても、人と人とがぶつかることもは避けられません。

  1. ぶつかってこそ得られる経験があり
  2. ぶつかってこそ大きくなることができる

と、僕は思っています。

「自分という星を、壊しにかかってくる攻撃的な衝突

は、避けるに越したことはありません。

僕らが一番悩むものは、そうした攻撃的なものではなく、「悪くもない関係の人」との衝突です。

そこそこ仲の良い人や、知り合って間もない人との間で、

  • ぶつかり合ったり
  • 納得できないことがあったり

する時ほど、悩むことはありません。

しかしそれは、

相手と自分との器(星)の大きさが、ほぼ等しい

ことを意味しています。

  1. 相手のほうが大きければ包み込んでもらい
  2. 自分のほうが大きければ包み込んであげられる

からです。

コミュニケーションにおいて衝突が起きる時とは、すなわち「自分自身の成長の時」です。

僕が大学時代に衝突を繰り返していたのは、

  1. それだけ自分が未熟で幼く
  2. 相手を受け入れる度量がなかった

からです。

しかし、僕はこれらの衝突を「経験していてよかったな」と思いました。

そのおかげで、ある程度 “大きな星” になることができたからです。

今でもまだまだ「摩擦や衝突」はありますが、経験して考えを洗練し、さらに自分の器を大きくしようとしています。

人との衝突は起こるべくして起こるものですし、同じ大きさの星同士であれば、激しい衝突もあります。

自分や相手の度量によっては、

  1. 相手の星(器)の大きさに感動することもあれば
  2. 相手を包み込むほど自分に余裕がある時もある

様々な衝突の経験をして、自分の星(器)を大きくしていくことが、コミュニケーションの目的の一つなのかもしれません。

衝突を極端にイヤがらず、自分の成長だと思っていれば、悩むことも少なくなってくることでしょう。

人と人とのコミュニケーションでは、思いっきりぶつかることも必要だ。そうしなければ、いつまで経っても小さい器のままだからだ。

大きな摩擦は減ってゆく

人間同士、摩擦は生まれるものだ

とは言うものの、摩擦や衝突でお互いが削れるように、エネルギーを消耗してしまうことのほうが多いですよね。

ただ、経験を積んで自分という「星」が大きくなってきますと、自然と衝突を避けることができるようになってきます。

若い時は、

  • ぶつかっては砕け
  • 固まっては大きくなる

を繰り返せばよいのですが、年齢が上がるにつれて自分という「星」が、大きくなってきます。

すると、

  1. 摩擦の数も少なくなってきて
  2. 摩擦それ自体も小さくなってくる

のです。

すでに自分という「星」が大きくなっていますので、

  • あえて「小さな星」と衝突して相手を潰したり
  • エネルギーを大きく削るようなやりとりをしたり

することが、減ってくるのです。

「不要な摩擦や衝突」はできるのであれば、ないほうが良いですからね。

成長の過程でぶつかり合うことは必須ですが、いつまでもぶつかり合ってしまうようであれば、

  • 自分を見つめ直したり
  • 誰かに相談してみたり

することが、まだ必要な段階なのかもしれません。

  1. ぶつかり合うこと
  2. 衝突を避けること

の、どちらかに振れるのはよくありませんが、「衝突を避けるほう」に移ってゆくことが望ましいでしょう。

自分という「星」が、大きくなっていることを意味しているからです。

  • ぶつかり合うときは生産的に
  • 攻撃的な衝突はできる限り回避する
  • 相手がまだ小さいのであれば、取り込んでともに大きくなる

ツラいししんどいけれど、難しいからこそ人と関わることは面白い。

もし人間関係にしんどくなったら、一度離れましょう。

そうして自分の思考や感情を、整理する時間も大切ですから。

自分の器が大きくなってきたら、人との関わり方において摩擦も減ってくる。自分が今どの段階にいるのか、確認して行動してみよう。

おわりに

  1. 摩擦や衝突は起こるもの
  2. 摩擦や衝突を経て器は大きくなる
  3. だんだんと摩擦が減るようにすること

人を「星」に例えていたのも、今思えば面白いものですが笑、なかなか本質をついているような気もします。

人間は社会的動物ですから、人との摩擦は避けられないものです。

  1. どう受け止め
  2. どう乗り切っていくのか

は、昔も今も変わらない課題なのです。

確かに言えることとは、衝突した後に必ず成長できるということ。

いつまでも衝突することを怖がらずに、

ぶつかり合ってなんぼだ

と、割り切ってしまうほういいです。

ともに悩み、ともに乗り越えていきましょう。

それではまた!

タイトルとURLをコピーしました