こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
街を歩いていますと、
- 幸せそうな家族
- 楽しそうな学生の団体
- イチャついているカップル
など笑、様々な人たちが溢れいていることに気が付きます。
この人たちの共通点は「幸せそう」ということです。
以前から僕が「若者」に対して贔屓(ひいき)しているように笑、

と自問自答しています。
今日は、そんな人たちを見て僕が何を感じているのか。
書いていきます。
人の幸せが許せなかった時代
僕は以前、人が楽しそうにしているのが本当にイヤでした。
とドン引きされそうですが笑、本当なのだから仕方ありません。
実は他人の成功も妬(ねた)んでいたものでして、

と人のせいにしては、自分を卑下し、責めたこともありました。
それはひとえに、「自分が成功していなかったから」でした。
裏を返せば、

とすら思っていました。
そこには、
- 地位を得たい
- 尊敬されたい
といったような承認欲求があったため、典型的な「他人の人生を生きる人」でしたね。
少しずつ自分の人生に集中し始め、「人を褒めること」を覚えた僕は、それから少しずつ「褒められること」も増えてきました。
誰だって応援されたら、それは嬉しいに決まっています。
と、相互作用が始まったのです。
僕はたぶん、「奪われること」が怖かったのだと思います。

と。
そういった強迫観念が常に頭を過(よぎ)っていたからこそ、僕は人に優しくなれなかったのでしょうね。
自分が幸せな時は「讃(たた)えてくれ!」と言う割に、人の幸せには素直になれない。
これはもう最悪の性格でした笑。
当時は余裕もなかったですし、若いなりに必死にもがいていましたしね。
だからこその性格でもありましたが、徐々に「人の幸せを受け入れること」ができるようになっていったのでした。
小さな幸せを見つけること
僕が最近行なってきたことは、「小さな幸せを見つけること」でした。
街を歩いていれば、この不況の日本とはいえ、みなさん必死に勉強して働いて「今」を過ごしています。
そんな家族や子ども、店員さんやお客さんたちを見ますと、

と思うことができます。
以前の僕と違って、「余裕ができたから」でもありますね。
余裕がありませんと、人は人にキツく当たったり、イライラしたりしてしまいます。
人の成功を妬(ねた)んでしまうのは、そうした心境が原因であることが多いです。
余裕が出てきますと、「好循環」に入ることができるようになります。
そのためには、まずは「自分が頑張ること」が大前提になってきます。
- 自分が頑張り
- まず余裕を作るようにする
- 人の幸せに目がいくようになり
- 自分自身もそこからエネルギーをもらう
という良い循環に入ることができます。
ここで大事なのは、「自分が頑張る」という点。
ここができもしないのに、

というのは理不尽すぎます笑。
余裕を作るためにも、まずは自分が必死に頑張ってみることですね。
様々な環境や状況はあると思いますから、頑張りすぎも禁物ですけれど。
ただ、なんとか余裕さえ作ることができれば、今度は自然と他人のほうに目が行くようになります。
余裕が出てきている証拠ですね。
すると毎日、

と、『小さな幸せ』を見つけようとするようになります。
こうなりますと、毎日が「幸せ」で満ちるようになってきます。
以前の僕とは大違いです笑。
他人が笑っているところを見れば、

と思えるということ。
逆に言えば、そう思えない人というのは、どこか心に余裕がないのかもしれません。
あるいは多忙すぎて、道端の「幸せ」に気づいていないのかも。
そうならないように、
- 頑張りつつも
- 追い込まない
そんないい按配を保った生活をしていきたいですね。
自分が幸せになるために
僕にとって「他人の幸せを喜べること」とは、画期的なことでした。
余裕のなかった時代では、考えられなかったことだからです。
ある意味、

と思うようになったからこそ(自分軸)、素直に「すごいじゃん!」と言えるようになったのかもしれませんね。
僕は「幸せ」を見つけるためにこのブログを始め、様々なことに着手してきました。
大したことなんてしていませんけれど、ずっと読んでくださっている方々からすれば、
と思ってくださることでしょう。
僕は「事業」だけでなく「人との付き合い方」についても、今までたくさん言及してきました。
ある意味自分への「当てつけ」でもあり、

と、自分に言い聞かせているフシもあります笑。
少しずつ「人の頑張り」を認められるようになったのは、やはり「自分が頑張ったから」でもありました。
どんどん上に行けば行くほど、余裕が出てくるからです。
難しい試験に挑戦したり、新しいこと(投資や世界一周、確定申告など)に挑戦したりすることで、

と思えるようになり、自信がついたというわけですね。
成長したと言いますか、30代に入ってから徐々に落ち着いてきた感(挑戦はし続けていますけれど)は出てきたと思っています。
人の幸せをダイレクトに感じられるということは、僕自身のステージが上がったと考えてもいいでしょう。
- 人を羨み批判する心から
- 人の幸せを喜びともに豊かになる
という劇的な変化。
他人の幸せのおかげで、ここまで頑張れたとまでは言えませんが、やはり、
「自分が変わろうとしたこと = 幸せになるにはどうしたらいいかと考えたこと」
は大きかったと思っています。
自分の授業のおかげで人が幸せになるのを見ることも嬉しいですし、街中で幸せに歩いている家族を見るのも幸せです。
この「正」の循環を回すために、自分自身が人一倍努力することですよね。
余裕がなくなってしまわないように、また頑張っていこうと思っています。
おわりに
みなさんも道端で、
- 笑っている人
- 幸せそうな人
を見ては、一緒に笑ってみてはいかがでしょうか。
僕はそうできるようになってから、より幸せを感じるようになりました。
他人の幸せも自分の幸せってことですかね。
それではまた!
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