こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
先日、生徒さんといつも通り授業をしていましたら、
と聞かれましたので、
と伝えました。(そんなことはない)
当然のことながら、みなさんが思い描いている「FIRE(=経済的自立&早期退職)」ではなくて、僕なりの「かなり個人的な見解」です笑。
いわゆる一般的なFIREの定義として、完全に配当金や増やした資産で生きていくのならば、8000万〜1億円ほどが必要だと言われています。
単純に4%をかけますと、年間320万〜400万円受け取れますから、十分と言えるでしょう。
当然のことながら、僕にそれだけの資産はありません笑。
ではなぜ、僕は自分なりに「FIREした感じ」と言えるのでしょうか。
改めて僕の生活観について書いていきます。
僕の生活水準は圧倒的に低い
何度かFIREについては記事にしたことがありますが、僕の生活は圧倒的に「質素倹約」です笑。
最近も家計を気にしてか、ちょっと遠出したりするのをやめた結果、来月はかなり余裕のある生活となることがわかりました。
要は、「倹約すること」に基本的に抵抗がないのです。
それをしても別に生活は変わりませんし、ちょっと贅沢をすると言っても、
- 遠出
- サウナ
- 外食(会食)
くらいですから、「それを毎日続けられるかどうか」と聞かれているくらいですので、どうせ、
となると思います。
確かにもうちょっと余裕があったらいいのでしょうけれど、
- 基本的に誘われたら会食に行く
- 疲れたと思ったらサウナや外食をする
ということをしていますので、あまりにも切羽詰まっているというわけではありません。
これをLean Fireといい、いろんな定義はありますが、僕が意図せずして到達してしまった結果です。
- 質素倹約
- ミニマリスト
- 自分の価値観と向き合っている
ここら辺の要素がありますと、「Lean FIRE」の定義となります。
一方で、僕は仕事をしていますので、実際のところはFIREという定義に含まれることはありません。
とはいえ、とにかく生活水準が低いため、
という自覚はあります。
- お金をあまり使わずに
- 普通に働いて稼いでいる
という状態は、実は『最強』です笑。
なにせ将来的に「お金が貯まる」未来しかないからです。
これが公務員時代に起きた出来事。
今はそれほど稼げていないのにも関わらず、支出が少ないのですから、
と思ってしまうのですね。
満足度が高い
「Lean FIRE」を調べますと、そこにデメリットも存在します。
- 倹約生活が続く
- 資産が足りなくなる
- 人的資本が成長しない
などです。
僕はどれに関しても無理をしているわけではなく、むしろ「開業したて」ですので、
と信じています。
それだけ、
「普段から(我慢していないけどそもそも)使わない」
という状態が強いということです。
何回か書いている通り、これが起こりうるのは「自分の幸せ」について追求してきたからだと思っています。
そしてよく言われていることは、誰しもが「働き方」について不満があることが多いということ。
僕もそのうちの一人でしたが、個人事業主( ≒ フリーランス)となったことで、
- 仕事の柔軟さが生まれ
- 何か案件があれば簡単に受注できる
という状態になりました。
今でもいろんな友人たちと会いますが、その時も、
と言われ、
- 英語を教えてほしいとか
- この仕事を頼みたいとか
言われることがあります。
「働き方」を変えただけで、生活の幸福度が上がる人は世の中にたくさんいると思いますが、僕はまさにそうなった人間でした。
とはいえ僕自身も、
と思っていたものでした。
しかし学校の先生をしていたことや、あまりにも教育に対してマニアックな人間だったからなのか笑、
- 信頼
- 経験
- 情熱
- 安心感
など、実はすでに「事業を始めやすい状態」だったのでした。
- 何かに情熱を持っていて
- すでにある程度のスキルがあって
- 今の働き方に満足いっていないのだとしたら
環境を変えるのも、1つの手段ですね。
僕は今、
- 自由に働きつつ
- 自分の好きな仕事をして
- 時に友人に会い行って仕事ももらう
という、個人的には “FIRE” をした状態なのではないかと、そう思っています。
大切なのは仕事と仲間
僕にとって今とても大事なのは、
- 仕事
- 仲間
です。
仲間の定義は広くて、
- 生徒
- 友人
- 仕事仲間
など、いろんな要素が入っています。
この2つ(人的資本&社会資本)さえ僕の周りにあり続けてさえくれれば、僕はもう幸せなのです。
しかしこれらを維持していくには、当然のことながら僕にも必要なことがあります。
- 信頼
- 成長
- 挑戦
- ポジティブさ
など、本当に多くの要素が必要になってきます。
でもこれらに関しては、当然のことながら、
と思ったことはありませんでした。
いい関係を築きたいからこそ、僕は一所懸命頑張りますし、そうすることでみなさんに還元することもできます。
一方で、学校の先生をやっている時は、「ありのままの自分」でいようと努力はしましたが、
とは思いました。
- 遅刻して怒られないようにするとか
- よく見られるようにスーツを着たりとか
- 和を乱さないように意見を控えたりとか
自分が「無理をして」やっていたことも多々ありました。
そう言う人もいるでしょう。
でも本当に信頼に足る人とは、「ありのままの自分」を愛すことができて、そんな自分を好いてくれる人が周りにいるような、そんな人のはずなのです。
組織の悪い面は「一蓮托生/連帯責任」みたいな部分があるため、だからこそ代わりに自由度がないのです。
その分保証されているため、みなさんも「働き方」を天秤にかけてしまうのですけれどね。
どちらがいいとか優劣をつけるのではなくて、僕は合うほうを選んだ、それだけのことです。
むしろ教員時代よりも思いっきり(自由に)働けていますし、やりがいも感じています。
また違った形での「教育事業」となりましたが、とても楽しいですね。
これからも変化をしつつ、もっとお金を貯めながら、常に「何が幸せなのか」について探っていきたいと思います。
おわりに
定義はいろいろありますが、
なんて思っています。
もちろん「これからの伸び代(しろ)」を考えれば、FIREどころか「もっと先の何か」に向かうことができそうです。
教育と勉強と成長と仲間と。
清貧さと質素倹約、貯蓄と投資も交えて、最高の人生にしていきます。
みなさんも一緒に「FIREの先」を目指していきましょう。
それではまた!
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