こんにちは。せいじです。(@seiz_suzuki)
朝活やら授業やらでいろんな方々とお話をしていますと、自分の心境がいかに大きく変わったかを最近になってより感じます。
特に「人との関係」ではずいぶん悩まされていたものでしたが、今となっては平和な時間が毎日流れています。
会社やチームなどの共同体も、僕はキラいではありませんでした。
しかしどうしても、「人と何かを作り上げる」という際には意見のすり合わせが必要です。
すると、どんなに良い関係性であっても、なかなかどうしてストレスが溜まってしまうものです。
今日は再び「人間関係」について書いていきます。
距離を取ることは悪いことではない

僕は以前から、人間関係については記事を書いてきました。
みなさんの悩みの中でも確実にランクインしてくるのが、人との関係性ですよね。
僕もだいぶ悩んでいたほうでしたが、他人のことを気にしなくなってから、徐々に自分らしく生きられるようになりました。
ある意味、図々しいと言いますか笑、
と言えるくらい、「ビシッ!」と自分なりの軸を持つことが何よりの「スタートライン」でしたね。
日本人はどうしても「優しい人」が多いですから、
となりがちです。
それが日本人の良さでもあるのですが、これが行き過ぎてしまいますと、自分を殺すことになってしまいかねません。
と思ったら、“会わなければいい” のです。
とてもシンプルで、それさえできれば人生はとても豊かになります。
と言ってくる人は、めちゃくちゃ自己中心でかつ、自分が距離を置かれていることに気づけていません。
そういう人とは、サッと縁を切りましょう。
一度しかない人生で、そんな人と一緒の時間を過ごしていたら、ムダに時間が過ぎていってしまいます。
- 無視する
- 距離を置く
- ブロックする
やり方は常識の範囲内で。
時に相手を傷つけてしまうこともあるかもしれません。
できるのであれば、ハッキリと「会いたくない」と言ってもいいのです。
それがお互いのためですからね。
本音で話してみる

そして何より大事なことは、人と本音で話してみることです。
忖度は要りません。
これも日本人の悪いクセですが、
と思って、妙に相手の気持ちを汲み取ろうとしてしまう傾向があります。
これぞまさに日本の「ハイコンテクストな文化」なので、それはそれで僕は好きなのですが笑、あまりにも気を使い過ぎてしまいますと、今度は気疲れしてしまいます。
僕は昔から適当人間でしたが結構、人の顔色をうかがって生きてきた人間でもありました。
めっちゃ「ビビり」だったのです。
もちろん、正論が正義ではありませんから、
とは言いません。
空気を読める文化だからこそ、そこはいい按配でコミュニケーションを取ってゆくべきですよね。
ただそれでもやはり、「腹を割って話せる人」は少ないような気がします。
僕はかなりオープンな性格ですし、自分のプライベートも出すことが多いです。(内容によっては相手を選びますが)
返報性の原理(法則)とはよく言ったものでして、やはり「こちらから出す」ということができませんと、なかなか相手も心を開いてくれないものです。
なんでもかんでも、ベラベラとしゃべればいいということではありませんが。
僕はオンラインコミュニティに入ったり、いろんな人と出会い始めたりした頃にも、特に忖度もなくハッキリと「自分らしさ」を出すようにしていました。
そのほうが、周りに人が集まるようになりましたし、自分も生きやすくなりましたね。
いえ。
僕はもともと、ビビリです。
これは、心が強いか弱いかの問題ではない。
むしろ、
と、自分の見え方ばかりを気にしている人ほど、忖度しようとするのです。
それは相手のためではなく、自分のため。
僕もそうでしたからね。
忖度をやめますと、相手側からしても、
と思ってくれて、距離を詰めてくれるのですね。
自分に合う人を選んでゆく

僕が特に大事にしていることは、しっかりと会う人を選ぶことです。
あまり経験はありませんが、やたらめったらとみなさんに「会いたい」と言ってくる人はいないでしょうか。
それはみなさんが魅力的であるがゆえなのですが、嬉しい反面、鬱陶しいと思うこともありますよね。
相手がとてもいい人柄であれば、
となるものの、こう「すがってくる」と言いますか、なんとかみなさんに “乗じて” くる人とは一定数存在します。
そんな人とはもう決別しましょう。
彼らはみなさんのことが好きで会いにきているわけではなく、自分の利益になることしか考えていないからです。
先述した通り、人生とは限られた時間しかありません。
その時間を、”会いたくもないような人” に使ってはいけないのです。
忖度をし始めますと、
- ムダに会う
- ストレスが溜まる
- イヤな時間とお金を使う
といった負の遺産しか残りませんからね。
主に僕がやっていたことは、飲み会でした。
全てを否定するわけではありませんが、あまり生産的な時間だったとは思えませんでした。
義務的に行く飲み会や会食とは、逆にストレスになります。
一方で、好きな人と「急にでも」行くカフェタイムは、最高なのではないでしょうかね。
これは別に差別ではありませんし、みなさんが普段から「自然と」行なっていることです。
ハッキリと言ってしまえば、
というだけのこと。
変な感情が介入しているのであれば、その関係性は断(た)ったほうがいいです。
- 本音で話せて
- お互い気を遣わなくて
- 互いを強制しない関係性
これこそが健全な繋がりであって、僕らはここを目指してゆくべきです。
むしろダラダラとイヤな関係を続けている場合は、本人にも問題があると思います。
「泣いて馬謖を斬る」とは少し違うかもしれませんが、どんなに仲が良くても「あるボーダー」を超えてきたら、
と言うべきです。
会ってゆく人を選ぶということは、何も悪いことではありませんから。
おわりに
人との関係を断つこととは、一見すると「ドライ」に見えることでも、僕はそうしたほうがいいと思っています。
そうしないと、
と自分にウソをついて人と会おうとするからです。
それでは人生がもったいないし、相手にも自分にも失礼。
一生のうちで、全世界の人と会えるわけでもないのですからね。
だったら、「会う人」あるいは「会わない人」を決めてゆくべきです。
そうしますと、人生は豊かになっていきますよ。
それではまた!
